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本編-0005 外の探索②

洞窟外まで出る道中では、上り坂になるタイミングが多かった。

一人の力では登れない崖も何箇所かあり、水っ気でぬかるんでいて、地味に危険な箇所もあったもんだ。


だが、そんな場面では、ベータが跳躍と前脚の爪を器用に使って先に登り、尻尾を俺に垂らす。

アルファは俺を下から押し上げ、ベータと協力して登らせてくれる。

思った通り、筋肉の密度が奴隷蟲(スレイブ)なんかとは段違いなのか、大型犬程度の大きさの割りにかなり力強く頼りになる。


君らコンビネーションばっちりだな。

某栄養ドリンクのCMに出てみないか? ファイト一発的に。

……とまぁ、眷属2匹の有能さをアピールする一幕が何度かあったわけだ。


   ***


現在、俺は洞窟の外に出ていた。

なんと言えばいいかな。

森の中に熊のねぐら的な感じで――とかを予想していたら、全く外れていた。

結論から言うと、俺がいた洞窟は、地上に開いた大穴から地下へ地下へ広がる地下空洞だった。

そしてその"大穴"のある場所は、小高い丘になっている。

地面は洞窟の岩壁と同じっぽい種類の岩石で、あたりには大小の礫がまばらに転がっている。


ただ、洞窟内のような青白い明滅は無かった。つまり魔素と命素の濃度もそれほど高くないことが推察される。

でまぁ、水は低きに流れるもの。雨なんか降れば空洞に流れ込んでくるだろう? 洞窟の湿度が高く、それと最初目覚めた時にも濡れていた理由は、そんなところだったわけだ。


アルファとベータを左右に伴い、空洞の周囲をざっと巡る。

入り口は大人二人が並んで通れるぐらいの幅、出入りはさほど難しくない。

ただ内部には急な高低差もあるので、足を滑らせたりしたらそれだけで怪我をするだろう。

天然の罠として活用できるかもしれない。

まぁ、スレイブに【掘削】技能がある。迷宮としてのレイアウトはまたおいおい考えていくかね。


2体を伴い、俺は丘の端の方まで歩く。

そこから下の方を見晴らすと――一面の"森"が広がっていた。


樹冠の密度が高すぎて地面までは見えないが、5メートルほど飛び降りれば、繁茂するかの如き葉っぱのクッションに受け止められそうではあるな。


うーん、"丘"かと思ったが、むしろ岩山といったところかもしれない。

樹冠の密度が、何度も言うがまるで緑の絨毯のようにぎっちぎちで、地面が見通せないんだよね。

それほどまでに茂っている木々であることを考えると、この"丘"は高さ数十メートルか、下手したら百メートルほどの可能性だってある……「前いた世界」の巨大樹だってそれぐらいの高さだったかな? 確かセコイア系の連中。


すげぇな、どんな生態だ?

というか【魔界】に"森"ねぇ……それもそれで意外ではあるが。


次に俺は、森から視線を徐々に遠方へ向けていく。

すると、遙か先に広がるは大海原であった。

ただし、血の如く真っ赤な海だがな。わぁお、レッドホライズン。


うん。


視線をさらに上へ、今度は空へ向けていく。

すると、そこに広がりたるは雲一つない無限の大空。

ただし、薄い紫色。わぁお、スカイパープル。


トドメとばかりに空の真上には、金輪をまとう"漆黒"の太陽? が優しく俺を照らしていた。

――いや、マジで黒い太陽なんだよ。


直視しても大丈夫なぐらい眩しさが感じられないのに、あたりはまるで地球での昼間のように明るくくて、少なくとも歩き回ったり見回ったりするのに全然問題無いんだよ……物理学者達をまとめて狂死させれそうな風景のくせに、日差しがとても清々しく感じられるのだから、始末に終えない。だが――あぁ、そうか、俺が種族【魔人】になっているから身体が適応しているって線もあるのかな?


……うん。


「OK、確かにこっちが魔界側の出口ってことで、間違いないな!」


うっかり運悪く(運良く)【人界】側への"裂け目"をくぐってしまった、ということは無さそうだ。

とはいえ、心の準備なんぞできちゃいない。そりゃ地球ではあり得ない光景だし、秘境的に考えれば男心にワクワクもするが、いきなり慣れるもんでもないわ。


光の三原色だかレイリー散乱だかはどうなってるんだかねぇ。

自然法則も物理法則も違うから、なんだろうけれど――文系私立の大学を出た身の上であったことはアンラッキー……いや、余計なショックを受けない分理系でなかったことはむしろラッキー?

などと自分でも訳の分からないことを考えながら、改めて「森」に目をやる。


崖下の木々は、目に優しい緑色の葉を揺らしている。


「葉緑素は、普通なのな?」


もうどうでもいいかな。

俺は風景鑑賞を切り上げ、そのまま岩山の縁沿いに一周した。

それでわかったことだが――どうやらここは小島のようだ。

360度どこを向いても視界の最奥には赤い水平線がある。


で、俺のいた地下洞窟は島の真ん中、この岩山に大穴として入り口があった。

地形は横から見ればまさに凸の字型で、でっぱりの部分に俺の洞窟があると思えば良い。

つまりエアーズロックだ。

周囲には木々が生い茂り森を成している。

地図にすると……こんな感じだな。


挿絵(By みてみん)


魔界の気候なんざよくわからないが、熱帯とかかな? 今の季節もよくわからないが、少なくとも寒くはないし暑すぎるというほどでもない。

足元の森の樹冠が密すぎて地面が見えないのはさっきも述べたとおり。


そんな絶海の孤島。

知識(・・)によれば、いかに魔人族が『魔界に適応した元人族(・・・)』を祖としているとはいえ【異形:翼】を獲得するものは稀少とのこと。


よって、仮に魔王の部下が万に一つ空を飛べたとしても……。


太陽の位置的に南側の方向。

赤海までの距離が比較的短く、海岸が目視できる、その彼方。

プテラノドンみたいな生物が、薄紫色の空から海岸へ降り立とうとしていた。

目測に自信があるわけじゃないが、この距離であれぐらいの大きさに見えるのだから、実物はかなりでかいんじゃないかな。


と、次の瞬間、あほみたいな飛沫が巨山のように屹立するとともに、海から大蛇が何匹も飛び出した。

……いや、大蛇ではない。よく見れば計九本もの首が根元で同じ胴体につながっている。

多頭竜(ヒュドラ)(仮)は一瞬にしてプテラノドンの身体中に喰らい付く。

哀れプテラノドンは海中に引きずりこまれ、肉裂血飛沫と化したのであった。


俺はアルファを見た。

あ、目をそらしやがったこいつ。

次にベータを見るが……こいつ、立ったまま寝てやがるだと!? エイリアンのくせに器用なことをしやがって。


――とまぁ、ご立派な「海の主」殿がいたわけだ。

だから、魔王の部下よ、来れるものなら来てみろというわけだな。

実際、魔王の部下があれ(・・)をものともせずに辿り着くほど豪の者だったならば、悪あがきしても無駄だろう。さっさと五体投地の土下座をかまして、命乞いでもした方がマシだろうよ。


ある意味、予想よりはずっと希望が持てる状況。

少なくとも検証やら準備やらをする猶予は、与えられているようだ。


警戒を一段階引き下げて、俺は島内の探索へ意識を向ける。

せっかく外へ出てきたのだ。

岩の下の森を探索して、可能ならば海岸への道も探しておこう。

いや、食料の確保と生物の調査が先か?

原住民みたいな魔物だか魔族だかがいないとも限らないしな。


おっと、その前に。


「情報閲覧:対象俺」


ちょっと確認したいことがあったので、崖下へ降りる前にステータスを開く。

洞窟を出るまでに、つまり迷宮核のあった部屋から離れて2時間経ったのだ。


出かける前に【魔素操作】と【命素操作】で保有分を空撃ちできることに気づいた俺は、両方を半分の50に減らしてきていたのだ。

迷宮核部屋では1時間で10回復していたわけだが――出発してから1時間後、俺の保有魔素・命素は58になっていた。


予想通り回復速度が落ちている。

ならば洞窟外まで出たらどうだ?

激減すると予想はしているが、実際にどれだけ減るのか把握してるのとしてないのとでは、いざという時に差が出ようて。


さて。出口の直前で測った時は魔素・命素ともに63だったが。

出口から出て魔界の風景を楽しむこと、かれこれ1時間経った。

さて、どうなる?


【基本情報】

(中略)

保有魔素:65/100

保有命素:64/100


ほほう?

これはこれは。


てっきり回復量ゼロも覚悟していたが、ごくわずかは得られるのか。

魔素と命素で差があるのが気になるが、【魔素吸収】のせいかもしれないので、後日の検証リスト入り。


よし、次だ。


「情報閲覧:対象アルファ、ベータ」


2匹のHPは「44/45」になっていた。

洞窟内では問題なかったことは確認済み。つまり洞窟外へ出て、30分でHPが1減った。

本日二度目の「ほほう、これはこれは」。


俺の自動回復量がゼロではない以上、魔素・命素は確実にあるはずだが、ランナーはそれを吸収できていないのだ。


――なるほどね。

つまり、たとえるならば蛇口のようなものなのだ。


魔素・命素それ自体は、場所を選ばず膨大な量があって無尽だ。

しかし、だからといって誰でもどこでも吸収できるってわけじゃない。

空気中に目には見えない、魔素と命素を引き出す蛇口みたいなものがあるのを想像してみてくれ。

それは、しかし場所だとか、種族だとか持ってる技能によって、大きさや回しやすさが異なっているのである。


地下洞窟内部では蛇口が太く、ここでは細い。

俺の迷宮核は蛇口を強くひねって魔素・命素を多く引き出せる。

反対に、そういう力が弱い(いや、"無い"と言うべきか)ランナー達は、洞窟外では魔素・命素を補給することができない――少ないとは言え、魔素と命素自体は確かにそこにあっても、だ。

だから、体力が少しずつ減っているのだ。


そういう認識で2匹を見てみると、心なしか動きが鈍くなってるような気もする。

先入観かもしれないけど。

まぁ1時間でHP2減るペースだってんなら、軽く無理をさせるにしても、迷宮外では半日活動させられれば関の山ってところか。

ちょっとシビアかなぁ?


ふむ。

俺は【命素操作】によって、俺自身の保有命素から1ほどアルファに注いでみた。

するとアルファは元気を取り戻したように見え、1分ほどで体力も元通りになっていた。


「やっぱりな」


まぁ1の命素で何分持つかはわからないから、気休めだろうけど。

外へ連れ出す眷属の量が今後増えていったら、絶対に足りなくなるだろうしなぁ。

俺自身がレベルアップして保有命素が増えていけば多少はマシにはなるだろうが、やはり食料の確保は必要だろう。


……そういや俺も腹が減ってきたぞ? いや、ほんの小腹に入れておきたいレベルではあるんだけどさ。


まぁ、方針は決まったな。


   ***


太陽(漆黒)はまだ高いが、森は欝蒼と薄暗い。

主には、この魔界独特の木々どものせいだ。

こいつら何がエキセントリックかって、とにかく枝の伸ばし方が広範囲で自重の欠片も無いのだ。


一本一本が長大かつ凝った盆栽みたいに曲がりくねり、そこからまた同じような小枝が生え乱れ、その上に青々とした葉々が生い茂る。

枝は隣り合う木を越えて絡み合い、上へ上へ、横へ横へ横へ張り出している。

こうして生み出される巨大な樹冠のせいで、陽光が差し込む隙間がほとんど無いためだろう、雑草やら低木やらは意外なほど少なかったな。

まぁ、そんなおかげで岩の丘から森へ降りるのに、上海雑技団の真似事なんかするハメになったけどな……こう、捻くれた太い枝を両腕でつかんでスススーと云十メートルほど。


それにしても不思議なもんだ。

幹は確かに太いが――それに対してであっても、よくこんな常識はずれの長さの枝を、これだけ大量に支えていられるな? 支点力点作用点的に、枝の付け根からばっきり折れてもおかしくない重量がかかっているはずなんだが……あるいは、その特徴的な"樹冠"が示しているように、木同士がお互いに枝でも根でも絡み合って支え合っているのかもしれない。

素人目にも、不思議な生態系ってもんだ。


俺はアルファとベータを伴い、そんな森を歩いていく。

2匹は時に俺の左右へ、時に前後へ上下へ陣取って、全方位をくまなく警戒する。

雑草や低木こそ少ないものの、道はけして平坦ではなく、起伏に富んでいる。樹の枝がとんでもない方向に曲がっているせいでまっすぐ進む邪魔をされることもしばしばだ。

枝だけじゃない。

太い根もまた触手みたいに地面から盛り上がるように這い出して天然のハードルとなり、正直なところ悪路の連続である。


だが、この魔人族の体、なかなか疲れを感じない。これは……種族的には完全に「人間」の上位互換なんじゃないかねぇ、技能【疲れ得ぬ肉体】以外にも【魔法適性】とかあるし。


アルファとベータに支えてもらったりと楽もしているが、それでも自分の身長分の段差程度は、さしたる苦もなくよじ登れた。

そうして森の奥をまっすぐ進んでいくが、想像以上に周囲には生命の気配にあふれていた。

時折得体のしれない生物の鳴き声が聞こえたり、鳥か何かがバサバサと飛び立つ音がする。積み重なった落ち葉が腐った土くれとなっており、その間を這いまわるような小さな虫のような生き物にも何度か出くわした。


幸か不幸か大型の獣や魔物には未だ出くわしていないが、時折小枝だかを踏み折った足跡が見つかる。

なんとなく足跡を追いかけるうちに、獣道のようなところも通った。

アルファとベータには食い物のにおいを探すように指示を出してある。

道中で微量ずつ回復する命素を2匹へ少しずつ与えているため、探索を短く切り上げずに済んでいるのも大きい。


木々の種類が少し変わってきた気がして、俺はダメ元で周囲の動植物に【情報閲覧】を試した。

だが表示されるのは、やはり名前のみのステータス画面ばかりだった。

森へ入ってからもう何度も試したのだが、やはりこの技能は迷宮領主としての職業技能である以上、迷宮に属さない存在へは効果が薄いようだった。


あるいは使いまくってスキルが成長すれば、もう少しマシな情報を引き出せるのかもしれないから、ほどほどに使っていくけどな。


獣道を歩き、なんかの足跡を追いながら、食料の気配を追って数時間。

俺と2匹は泉(赤色)とそれを囲むように林立する"果樹"を発見した。

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