本編-0056 我が迷宮の名は 【第一章完】
【脳:司令室】の"円卓”は磨き上げられた岩石で構成されている。
それだけでなく、ソルファイドの【息吹】を贅沢に使って「焼き」を入れて火成岩的な感じで固め、奴隷蟲達の凝固液で整形した自信作である。
うむ、これなら高級家具屋でも開けるかもしれないな。【人界】での金策手段として一考してみよう。
そんな大理石(仮)でできた円卓の周りには、同じく岩石から削りだした椅子が等間隔に12台、ボアファントの毛皮から作成したクッションを敷いている。
うち最奥の椅子に腰掛け、俺は卓上に並べられた目玉の盛り合わせを睥睨した。
無論、断じて悪趣味なオードブルでもなんでもないぞ?
【風斬りツバメ】のシータに率いられた30羽の【誘拐小鳥】による「目玉狩り」では、入念な誘引作戦によって一網打尽にしてやった、その成果である。
テルミト伯め。
噛ませ犬リッケルと共に洞窟内にまで入りこんだ目玉どもは、まとめて煮殺されたことだろう。俺の迷宮の構造だとか、眷属の性質だとかそういう情報を多く得たかったろうから……もっと見たいだろう?
ふらふらと海上から、あるいは砂浜から、隙あらば俺のエイリアン達を「視」ようとしていた目玉どもの位置はおおよそ把握済みだ。
ちらちら、ちらちらとテルミト伯が見たことの無いであろう新種エイリアンの姿をチラ見させることで興味を引き、駆け引きの末に少しずつ目玉どもを招き入れる。
そして頃合いを見て、控えさせていた小鳥達に一網打尽に捕らえさせたというわけである。
ふむ……。
俺はまるでもぎたてのリンゴみたいに並べられた"目玉"に【情報閲覧】をかける。
案の定、【盗視る瞳】の時と同じようにろくな情報が表示されないが――名前は【飛来する目玉】で、実際にリンゴ並のサイズがある、青い血管がやや血走った目玉である。
後方に向かって伸びる視神経をまるでオタマジャクシの尻尾か何かみたいにびちびち動かしているのが、どうしようもなく気持ち悪くて腹が立つ。
「うまく捕らえたものだな、主殿」
「ぐるぐるー」
俺の背後には【螺旋獣】のアルファと【城壁獣】のガンマが護衛として屹立し、左右の椅子には魔人ル・ベリと竜人ソルファイド、そしてル・ベリの隣には両腕を人間モードにして椅子に座る……というよりは絡みついている魔人樹幼児グウィース。
捕らえた目玉は総数40近くにも登るが、今ここに持ってきた以外は早速【抽出臓】に放り込んだ。無論、布で覆って余計なものを見られないようにしたがな。それはここに運ばれてきた5つも同じだが――あえて布を外して、【司令室】を見回させているのさ。
さぁてテルミト伯よ、何が見えているかな? そして何に注目するのかな?
――ところで、魔人ル・ベリだが、結論から言えば第二次改造では彼の因子を【伸縮筋】【擬装】【隠形】で固めることとした。
まぁ、伯爵殿に気付かれるかどうかは賭けではあるが、それまでの時間つぶしだ、ちょっと解説しよう。
【基本情報】
名称:ル・ベリ
種族:魔人(半異系統)
職業:奴隷監督
位階:24〈技能点:残り0点〉
HP:275/275
MP:255/255
とりあえずHPとMPの伸びを見るに、ソルファイドの時のような「半減期」は来ていないな。
種族によって違うんだろうとは推察されるが、まぁ良い。
【擬装】因子と【隠形】因子を両方突っ込んだからか、それともどちらか片方だけで良かったかは判然としないが――予想通り種族技能のところで【擬装術:異形】とかいうピンポイントな技能が生えていた。早速リッケル子爵戦で溜まった技能点を全振りしてから、ル・ベリに"試させ"ている。
見てくれ。
ル・ベリの【異形:四肢触手】は今……その伸縮性を生かして彼の身体に巻きつき、まるで両腕と両足を覆うプロテクターみたいな、まぁとりあえず「鎧」と言い張れそうな見た目には変化しているのである。
本人曰く、螺旋獣達を参考にしたとのこと。
確かにまぁ、背中から元気な「触手」が四本自由にびゅおんびゅおん蠢いているイソギンチャク人間状態よりは、ずっとコンパクトに収まっているんじゃなかろうか。妙なところで芸が細かいのは、ル・ベリの肌の色に合わせて触手もカメレオンみたいに色を合わせてやがるところ。
ちょっと筋肉の突き方がエグいんじゃないかな―? と思わせ得る以外は、少なくとも「触手」が限界まで伸縮して巻き付いているだなんて、最初から知ってなきゃ意外と無理そうだ。
で、思わぬ副産物として、ル・ベリが「その状態」でソルファイドと手合わせする中で、妙な体術を会得しちゃったんだよね。
名付けて【触手流魔人拳】――四肢に巻きつけた触手を、まるでパワーアシストスーツみたいな感じで筋力とか運動の補助に使うことで、通常以上の足捌きや拳術が可能になったのだ。
しかも隠さなくて良い場面では、突如触手を開放することで不意打ちすることができるし、この辺りはひょっとしたら【隠形】の効果が現れているのかもしれない。
……なんか選択可能な職業に【格闘家】とか増えていたし。
【奴隷監督】の技能としては【鞭術】だけ伸ばしていて、後はもっと面白い職業が手に入るまでの繋ぎとして考えているから、可能なかぎりはゼロスキルで頑張らせるつもりだが――【格闘家】は無いな。
いや、上位職業のこととか考えたら意外と有りか……?
まぁ、次技能点がまとまった数入ったらスキルテーブル覗いてみようかいな、ちょっとだけ、ちょっと覗くだけだからね。
それから、ル・ベリの「伸縮」能力だが、因子が減ったという影響は特に無さそうである。そうすると第一回目の改造の時は、もっと別の因子を組み合わせていれば無駄が少なかったかもしれないか。
となれば、次回の改造では、1個残した「伸縮」因子も抜いてしまって大丈夫かどうかの確認もすべきかね。
あとは、そうだな。
リッケル子爵戦の途中でル・ベリが自力で「発芽」させた【魔眼】は【弔いの魔眼】というのだが……。
俺の予想とちょっと違って、【魔眼の芽】の段階でも能力としては発動するのな。ということは【魔眼結実】に向けて、徐々に能力が強化されるか追加されていくというイメージだろうか。
で、その効果は実に拷問向けな内容。死体の一部を媒介にすることでその"死の記憶"を、対象に追体験させるというものだ。
【魔眼】というシステムについては、個人的にはかなり気になるものがある。
ル・ベリの場合、右眼が血錆色に染まって、何やら文字のような記号のような文様が虹彩に浮かび上がるんだよね。
迷宮核さんの知識によって、それが「古代語」の一種であるとの推測まではできたが――気になるのはここからだが、【魔眼】それ自体に関する知識をさらに得ようと、その「古代語」の知識を漁ろうとすると、システム音と共に頭痛が走って中断させられたんだよ。
『――閲覧に失敗。『爵位』条件を満たしていません――』
てな。
迷宮核さんの知識をこんな風に弾かれるのは、初めてのことである。
気になるね。
とっても気になるじゃあないか。
そして見れるようになるための方法は、実に分かりやすい。
当たり前のように【魔人】達の基本的能力として存在する【魔眼】には、一体どんな秘密が隠されていることやら。そしてそれを知る「上級貴族」達は、どこからが該当するのか。『伯爵』か? それとも『公爵』か? 【魔王】限定の可能性だってあるが、まぁ成り上がっていく上でのオマケとしては知的好奇心を煽ってくれるものだろうよ。
「とまった!」
などと考察がル・ベリから離れていってしまったが――グウィースの声で俺は我に返った。
「……御方様、やはり」
「あぁ。まずは入口――ル・ベリ、ソルファイド、ちゃんと打ち合わせ通りにしろよ?」
目玉の向こう側で見ている伯爵様へ、改めてご挨拶といこう。
俺はル・ベリに目で合図し、現在じっとグウィースに注目している全ての【飛来する目玉】達に見せつけるように、魔人樹幼児を連れてこさせる。円卓の上をまるでぬいぐるみのように触手で掴んで運ばれてきたグウィースが、頬をふくらませながら目玉達と相対している。にらめっこかよ。
グウィースをさらに近くまで招き寄せてから、俺は口の端を歪めで片眉をひょいと釣り上げるような、思いっきり挑発的なドヤ顔を見せてやった。
あと軽く歯も見せるようにな。キラリと少女漫画のイケメン風に歯が光ってたらもっと効果があったんだろうが。
いえーい、テルミト伯さん、見てるーぅ? 的な感じで。
どうだ?
しばらくじっと動かない目玉達だったが――変化が現れたのは、たっぷり30秒は睨み合った後のこと。
5つある目玉のうち、3つが痙攣し始めたかと思うや、破裂してぶしゃあと血を撒き散らしたのである。
なんだ自殺か? とも思ったが、よく観察していると目玉の中から赤い血塗れの肉塊が這い出しており――徐々に一定の形を象っていく。
そして出来上がったのは、1対の『耳』と『唇』だった。
……ほほう。
即座に【情報閲覧】しようとするが、【目玉】と違いステータス全てが「?」で塗り潰されていた。
ふむ。
【情報操作】までしてくるということは、よほど知られたくない「奥の手」ということか?
『聞かれたくないからこっちで話す。ソルファイド、テルミト伯は「目玉」を使いまくる盗撮狂で合ってたよな?』
『主殿はゴブリンでも無いのに、よくもそこまで流れるような罵倒ができるものだな……そうだ、そしてさすがに俺でも察する。これは見たことがない』
ほぼ確定かな。
「変化」した耳と唇が目玉と比べてバランス悪いほどに小さすぎることを考えれば、戦闘系の眷属には変化できないのかもしれないが、「目玉」以外にもこれは可能だと考えておいた方が良い。
テルミト伯は馬鹿ではないはずだから、当然これは「奥の手」なのだろう。
となれば――。
***
【七原色の瞳】達によって垂れ幕へ映し出される、異装の新人迷宮領主。
まるで見せつけるように左右に魔人と竜人の部下を置き、自身の眷属の中でも単純な暴力に優れた2体を背後に佇ませて不敵な笑みを浮かべ――人とも樹とも知れない奇怪な生命体を手元で撫でている。
不愉快だ、とテルミト伯は内心で歯ぎしりをした。
だが、それをおくびにも顔には出さない。
別にテルミト伯側と違い、相手からは伯達が見えているわけではないのだが、これは「交渉」する時の伯の習慣のようなものだった。
『まずは初めまして、と言うべきかな? テルミト伯サマ』
失礼なガキめ、と毒づくが、相手の物言いに苛立ったというよりは――【自壊変異】によって無理矢理作り出した【這いよる片耳(劣化)】の音質があまりにも酷いものだったことに対する、八つ当たりのような感情である。
「これはこれは、ご丁寧に。いかにも私はハルラーシの南沿岸一帯を任される『伯爵』たる、テルミトという者。見どころある若者に名を知ってもらえているとは、喜ばしいですねぇ」
『なるほど、教育的指導としてリッケルとかいう狂犬……いや、"狂樹"を送りこんだわけか。こいつは手厳しいなぁ、ところで、あんたの元部下リッケルがどうなったか知りたいかい?』
テルミト伯は内心ですうっと目を細める。
もちろん、実際の表情ではそうしないように努めて同じ柔和な表情のままだが、彼は未だ新人迷宮領主よりは、得体の知れない「人樹」とも言うべき幼児に残った「目玉」達を注視させ続けていた。
まさか、という思いがあったからだ。
『唇』とのリンクを一旦切り、吐き出すように呟く。
「狂人め……まさか、成功させたというのか……? あんな破綻者が、この私よりも先に……?」
独り言。
伯の背後で黙って佇むエネムとゼイレが、目だけ動かして互いを見やった。
『見ての通り、こいつはリッケルだ。すごいよな、元の肉体を捨てて【新種】に自らなってしまうなんてなぁ』
追い打つような挑発に、テルミト伯は会話へ意識を戻す。
新人が言うことが真実ならば――リッケルは彼の軍門にでも下ったということか。
何を、どこまで話したか、それを探る必要がある。
「不肖の部下でしたが、優秀な男ではありましたよ、殺してやりたいほどにね。それがどうですか、なんとまぁ、そんな愛くるしい姿になってしまって。飼い心地はいかがです? ええっと……そうそう、貴方の名は?」
『オーマだ。見ての通り幼児で、言い難いがオツムが退化してしまったみたいでな、ははは――まぁ、面白いことは聞き出せたよ。例えば伯爵サマが、俺と似たような「命令」を受けていたんじゃないかってこととかな?』
テルミト伯の眉がぴくりと動いた。
これは内心のものではなく、彼自身にも止められなかった。
核心をいきなり、それも自分よりも先に突かれたからだ。
「――覚えておきましょう、オーマ男爵、ね」
十中八九、リッケルから何かを聴きだしたというのは嘘だ。
となれば、リッケルが生み出したと思わしき「人樹」の幼体にリッケルの精神が入っているというのも、自分を揺さぶるための狂言である可能性が高まった。
だが、そんなことはもはやどうでも良い。
【飛来する目玉】達を全て「オーマ」と名乗った新人に注目させ、テルミト伯は言葉を続ける。
「さてはて、それにしても『命令』とは、心当たりがありませんねぇ――何か私に聞きたいことでもあるのですか?」
わかりやすく、しらばっくれて見せる。
オーマがさらに言葉を続けるよう促す。仮にこれがカマかけだったとしたら、どこかで破綻するだろう。
『隠さなくて良いんだよ伯爵サマ。本当は見当が付いてるんだろう? 俺が、どうやってここ【最果て島】まで来たのか。そしてそもそも、ここのことをどうして知っていたのか』
(ふん、そう来ますか。それなりの教養と頭は持ち合わせているようですね)
百歩譲ってオーマが仄めかす通り、彼が神をも恐れず【魔界】の掟を破って――【人界】経由で最果て島まで辿り着いたのだとしよう。
それが――"同じ命令"、つまり【魔王】の「命令」によるものだという根拠は?
【最果て島】に限ったことではないが、迷宮核の誕生を知る方法は非常に限定されている。テルミト伯が逆にオーマの立場だった場合、ヒュドラを抑えようとしてまで攻めてくる「敵」がいた場合、その背後に迷宮核の存在を教えた【魔王】がいると考えるのは、少なくとも"知識"ある迷宮領主としては難しくない発想である。
(だが、そうすると"リーデロットの息子"のことといい、どこかの『侯爵』……いや、『公爵』から送り込まれた手駒という可能性もありますか――あの"目無し"の竜人が、こちらを『視て』いるのも、それが原因ならば――忌々しい)
「目玉」を通して【四肢触手】の異形を隠そうともせず見せつける魔人の若者を、次に【盗視る瞳】を己の目玉ごと抉り出して盲となったはずの竜人を見やるテルミト伯。
だが、その興味はすぐにオーマに戻る。
彼の出自は――"人界"から迷い込んできた、偶然に助けられた一般人であると考えるよりは、やはり何者かの手駒である方が、ずっと現実味がある。
格上ではあったはずのリッケル子爵の全力の侵攻を撃破した手腕にせよ、油断のならない実力はあるということだ。
「それはそれは……運が良かったのですねぇ。実に数奇なことだ、リッケルのような不運な男と違って、貴方みたいな者は抜け駆けてでも配下に欲しいものです。どうですか? 私の配下となれば、貴方ほどの実力があれば、すぐにでも子爵――ゆくゆくは伯爵も難しくはない」
この勧誘は半分は本音でもある。
少なくともリッケルと異なり、理性的なこの男は損得と打算を天秤にかけて、今すぐに自分と敵対する道はまず選ばないだろうとテルミト伯は見ていた。
裏切ったリッケルを粛清し、代わりの者を後任として【最果て島】を治めさせているのだ、とすればリッケル子爵領を攻め落としたことについてグエスベェレ大公の追求をはぐらかすことができる。
リッケルにせよ新人にせよ、勝者と結ぶことは彼にとって既定路線だった。
そして――「獅子身中の虫」として、その者をグエスベェレ大公の懐に潜りこませることも。
オーマをゆくゆくは『伯爵』にしてやると告げたことも、大風呂敷ではない。
リッケルとの10年もの抗争の中で、彼に放置されていた領内では流刑船の港町を始め、発展の兆しが現れていた。迷宮領主にとって自身の「迷宮経済」以外は軽視されがちではあるが、迷宮以外の村や街を育成して領民たる魔人族を涵養することは、回り道であるとはいえ『昇爵』の一要素となる。
そのことを重視するのが『新興派』と呼ばれる、テルミト伯を含めた【魔界】貴族達の勢力の一つであるが――。
テルミト伯は『上級伯』への昇爵が限りなく目の前まで近づいていたのである。
盗られたならば盗られたで、いつか必ず報復して【最果て島】の迷宮核は奪い返すが、それを急ぐ必要は無くなっていたのである。
「なぁ、伯爵サマ。あんたは、たかが『侯爵』だか『公爵』だかで一生を満足して終えるつもりかい?」
返答は目的のよく分からない煽り。
訝しみながらも、テルミト伯は黙って続きを促す。
「俺が本当に、ただ運が良かっただけだと思っているなら、あんたの頭はお花畑だ――本当にそう思っているのか? 考えてみろ。俺が、本当に、偶然ここに辿り着いたって考えられるか?」
詰められて、テルミト伯は応答に窮した。
その「設定」をここまで強情に引きずるとは思わなかったというのもあるが……まさか、本当に、いずれかの上級爵ではなく【魔王】その人が自分以外の者に最果て島の迷宮核奪取を二重で命じていた、とでも言いたいのだろうか?
それも【人界】を経由するなどという、例え【魔王】であっても「神の報い」を免れ得ない、掟破りを以って。
いや、まさか、「神の報い」をも免れるということの意味は……。
「オーマ男爵……貴方は、【人界】で何をしたのですか?」
「創ったんだよ、俺の勢力をな」
***
さて。
回り道のあげく冷やりとした場面もあったが、なんとかこの形に持ってこれた。
テルミト伯の食いつきは上々。
『唇』から聞こえてくる声が震えてんぜ?
『……どういう意味ですか?』
「なぁ、伯爵サマ。あんただから腹を割って話すが、【人界】を征服する上手い方法ってなんだと思う?」
『何を言い出すかと思えば……500年前の失敗の話ですか。夢見がちな若者なのですね、意外なことですねぇ』
本気でそう思うなら、その食いつき気味で前のめりな早口はやめるべきだな。
「馬鹿正直に攻めこんでも撃退されるのが落ちさ。そうじゃない――そうじゃないんだよ。俺の構想を話しても良いが、代わりにあんたには俺の"支援者"になってもらう」
『ほう? 驚いた……この私の後ろ盾を得たい、などとは?』
「つまらない腹の探り合いはお互い諦めようぜ、伯爵サマ。俺は、あんたが警戒しているような奴の手駒じゃあない――むしろ売り込んでいるのさ、この俺自身を、あんたにな!」
『……リッケルか、さもなくばそこの"目無し"か。尋問がお得意なようですね? 貴方とは、気が合うかもしれませんねぇ。まぁ、聞いてさし上げましょうか、お話くださいよ。その"構想"とやらを』
良し、食いついた。
では、披露してやるとしますかね。
俺は以下のことを語って聞かせた。
【人界】において迷宮に挑むゴロツキや食い詰め者どもの類を組織して、いくつかの迷宮を実際に「攻略」してしまう――そこを治める迷宮領主との"談合"か"八百長"みたいなものだが。とにかく「攻略された迷宮」という実績を重ねて、『冒険者』という身分を成立させ、その社会的影響力を【人界】に浸透させ――例えば【迷宮都市】のような形で、独立勢力化させるのである。
そしてゆくゆくは各地に【迷宮都市】を成立させながら、それらと、冒険者達を取りまとめる――【冒険者ギルド】的な超国家的組織に運営させ、各地の迷宮探査に励むのだ。
ソルファイドに聞いたところ、例のごとく「田舎者だから確かとは言えないが」という枕詞はあるにせよ、そのような組織は【人界】では聞いたことが無いようで。まぁ、仮にあるならあるで乗っ取ってしまえば良いだけのこと。
で、だ。
この【人界】で「迷宮」を専門的に取り扱う準軍事的集団たる【迷宮都市連合】と【冒険者ギルド】を、俺が一手に握った場合、それが【魔界】にとってどのような意味を持つか、わかるだろうか。
――察しがついたのか、しばらく黙ってたテルミト伯が突然嗤い出した。
『くくく……! オーマ男爵、貴方は途方も無い大馬鹿者か、さもなくば天才的なロマンチストのどちらかですね!』
俺が【人界】で一定の勢力を築いているという、ハッタリは成功したようだ。
【人界】の事情は俺だって詳しく知らないが、引きこもって戦国時代に没頭している他の迷宮領主達だって同じようなものだ。
「伯爵サマ、あんたが俺を"支援"してくれないなら、あんたの敵対者の――あんた以外の敵を『攻略』してしまうことだってできるんだぜ?」
『逆に、私の迷宮へ「エサ」として「似姿」どもをご馳走してくれることも貴方の胸先三寸で可能――なるほど、なるほど。【人界】を一度経由して私の迷宮核を奪ったに飽き足らず、【蒼き涙】型の迷宮核の特性を悪用して同じことを繰り返そうなどとは、神をも恐れぬ不届き者ですね貴方は、オーマ男爵!』
興奮を抑えきれないようにテルミト伯の声が高らかになる。
『ところで、私の迷宮をその勢力とやらで攻め落とすことは考えないのですか?』
「大陸の政争に自分から首突っ込むほど馬鹿じゃねぇよ。それに、お前だって俺が【人界】行きで不在の間に襲撃してくるつもりだろ?」
『くっくっく……!』
「あっはっは!」
よろしい。
認識はちゃんと共有できているな。
……要は、これは独ソ不可侵条約みたいなものだ。
お互い、相手がどこかで必ず裏切ることなんざ承知の上での化かし合いだ。
が、それは逆に言えば、「その時」までの間は互いに利用し合う協力関係でいることを認め合うという意味でもある。
――ふう、疲れた。
そろそろ仕上げかな、と思っていたらテルミト伯がさらに口を開いてきた。
『とても素敵な提案ですが、条件をいくつかつけさせてもらいますよ』
うむ。
簡単には行かないな。
「どうぞ?」
『その「超国家的組織」ですが、20年以内に成立させなさい』
おや、思ったよりも猶予をくれるんだな。
『それから3年以内にヒュドラを殺すこと』
へぇ?
まぁ、テルミト伯からしたら俺が簡単に裏切れないように喉元に刃を突きつけるために、侵攻の際に邪魔となるヒュドラを除かせるのは当然の要求だろう。
だが、逆に3年間の安全は確約された、と捉えることもできる。
『最後にですが、対外的には私の軍門に下ってもらいます――ちょうど「子爵」位が一つ、空いていますからね?』
「そいつは……願ってもないな。エサで釣るのが上手いな? 伯爵サマは」
リッケル子爵がテルミト伯の元部下であることを考えれば、あと【魔王】が爵位の最上位に位置する存在でありながら全然【魔界】を統制できていない戦国時代であると考えれば、仮に俺が「従属」したとしても、テルミト伯が俺の行動を縛ることなどできはしないだろう。
彼は彼で、せめて俺の存在を自身の対周辺地域の戦略に組み込みたい、といったところか。ソルファイドには悪いが……といってもテルミト伯への復讐心は燃え尽きてしまっているし、ル・ベリとの賭けにも負けた以上、あまり関係ないかもしれないが、まぁ、遠くない将来には首を獲らせてやるさ。
【人界】で「超国家的組織」を創るというのは嘘でない本気の考えだが、それをどう活用するかについては、テルミト伯が好みそうな適当なことを言っただけに過ぎないからな。
『気が合いますねぇ……では、オーマ男爵。略式ではありますが、貴方に「子爵」位を授与しましょう……貴方の「迷宮」の名は? 無いなら今決めることです』
良かろう。
テルミト伯を通して、俺は【魔界】で名乗りを上げることになるだろう、彼の外交戦の中で。
固唾を呑んで、俺と伯の「化かし合い」を見守っていたル・ベリとソルファイドを順に見やり、頷く。ウーヌス達でさえも、空気を読んだのか、静かに聞いている気配が脳内に伝わってきていた。
アルファ以下"名付き"の幹部エイリアン達も、高揚しているのが【眷属心話】を通してエイリアン語で伝わってくる。
では、【魔人貴族】の流儀に則って宣言しよう。
「伯爵に応えよう。我が迷宮の名は――【報いを揺藍する異星窟】」
(第一章完)
・エイリアン図鑑 ~第一章終了時点
http://book1.adouzi.eu.org/n8208dg/1/
・登場キャラクター名鑑 ~第一章終了時点
http://book1.adouzi.eu.org/n8208dg/2/
第一章の読了後を前提としているため、未読了の場合はネタバレ注意。




