本編-0052 ビルド考察~魔人樹
『膵臓:研究室』にて。
【進化臓】の下までル・ベリを連れてきたが、魔人樹のグウィースもついてきている(ル・ベリの頭部に根っこでできた下半身を絡みつかせている)。
さすがに【進化臓】の中にまで二人同時には放り込めないため、木の実やら何やら、『研究室』に置きっぱなしにしていた島の各産物・鉱石やらを適当に放ったところ、黒曜石に気を引かれたようである。
「きらきらー」とか言いながら追いかけていった。犬か。
だが……ふむ。両腕は自らの意思に応じて「人間の腕」モードと「枝と根の束」モードに切り替えられるのに対して、下半身だいたいへそから下の方は「枝と根の束」のままであり、「人間の下半身」モードに切り替えられるのかは不明である。
ちょうどガジュマルだか、あるいは火星の宇宙人とか、ドク◯ラゲの下半身が木の根と枝でできていると思ってくれ。まさに半人半樹といったイメージなわけだが、ちょうど【進化臓】あるし、先にこいつの因子構成だけ見てみようか? ……いや、せっかくル・ベリから引き離したんだから、先にそっちを済まそうかね。
「ル・ベリ。仇敵も打倒して、お前の母も――まぁ、なんだ、意外な形で戻ってきたみたいなもんだな」
「……お心遣い、痛み入ります、御方様」
「グウィースの教育はお前に任せる。そうだな、お前から見りゃ兄弟であり、養子であるようなもんか」
押し黙るも、否定の意は示さないル・ベリ。
まぁ、悩めば良いや。家族の情というものは非常に複雑なもの、それはたった一人の母とたった一人の子供であったル・ベリの幼少期にも言えるだろう。
……だが、俺が経験上理解しているところは、立場が変わることで見えてくるものもあるだろう、というところだ。育てられる立場しか経験していなかったル・ベリが、育てる立場に立った時、どうなるかなというところだ。
彼の母リーデロットは、多少テルミト伯に身体を弄くられていたにせよ、俺と同じ「魔人」だったのだ。劣等種であるゴブリンなんかに孕まされてゴブリンの仔を産まされた時はどんな気持ちであったろうか?
それを思えば、ル・ベリが今グウィースにどんな感情を抱いているのか、そしてそれがどうなっていくのかは非常に興味があるところではある。
会話しながらル・ベリを【進化臓】の方へ行かせ、"嚢"へ入らせてから「設定画面」を開く。
どれどれ。
設定できる因子は増えているな――それから、んむ、まだ俺自身は【種族因子】に干渉できる条件は満たしていなさそう……仕方ない、当初の予定通りにル・ベリを改造してしまうか。
・操作因子1:<伸縮筋>
・操作因子2:<擬装>
・操作対象:<【魔人(半異系統)】(ル・ベリ)>
・因子割合:<伸縮筋><伸縮筋><伸縮筋><魔人><魔人><魔人>
・推定進化時間:35時間
一つ目の入れ替え因子は【擬装】である。
目的は、【人界】へ場合によってはル・ベリを連れていくこともある、というかその可能性は高いことが挙げられる。
エイリアンを使って侵略するというのも悪徳なロマンがあるにはあるが、それを選択するかどうかも含めて、パラサイト達を寄生させたゴブリンやら野生動物やらによる地理探索の後は――俺自らが出て、人里を探訪する必要もあると考えている。
瓦礫の上に帝国を築く気は無いので、武力であり暴力である「エイリアン」は積極的に隠すつもりだ。
その意味で言うと、今従者として連れていくことができるのは、人間種ではある竜人ソルファイドぐらいしかいない――ル・ベリも連れて行くには、奴の背中の「人外」要素を可能な限り削る必要がある。
その意味で【因子:擬装】は渡りに船であったのである。
……後はそうだな、グウィースも工夫すればいけなくはない。女児ってことにしてスカートはかせるとか。
設定が終わったところで、ル・ベリを飲み込んだ"嚢"が、微かに青と白に明滅し始める。
側には奴隷蟲達に適当に山積みさせておいた魔石と命石が散らばっており、立派に【進化臓】のお弁当の役を果たしているようである。
だが……35時間か。
まぁ、1日半なら他の作業をやっていればあっと言う間だろう。
今回、ル・ベリに通算2回目の「改造」をするに当たって検証したいことがいくつかある。
第一に、因子を入れ替えたことによって、能力や特性が失われるということはあるのか。ル・ベリは今【伸縮筋】を3つも入れてしまっているが、例えばこれが3つ揃うことで今の戦闘能力……つまり伸縮具合になっているならば、それが減ったら少し伸縮しにくくなるのだろうか?
もしそうでない場合、つまり【因子:伸縮筋】が1つで十分だったならば――あと2つ別の【因子】を組み合わせることができるのである。その場合、ル・ベリの戦力強化に繋がるや否や、それが第二に確認したいこと。
例えばだが、【魔人】の種族技能である【異形】系統のうち【第二の異形】に、その時の【因子】の組み合わせでまた影響を与えることができるのではないだろうか。そして、もっと位階を上げて技能点を得てからの話になるが――【異形の習合】なんかを試したらどうなる?
【人界】へ出るに当たって、護衛の強化は可能な限りやっておいて損は無い。
実際にやるかどうかはともかくとして、「そう」しようと思えばできる、つまり選択肢を増やすことは基本的にデメリットは少ないと俺は考えている。まぁ、悩む時間が増えるにせよ、今の俺には【高速思考】と【並列思考】、それでも足りなければ副脳蟲達を動員すれば良いからなぁ。
それから、俺自身の「鍛錬」も2日前あたりから本格化させていて、いろいろ発見があるのだが……その前に、人間だか樹だか判然としないグウィースのチェックをしておこう。
***
「すっぱい!」
ポラゴの実を大口開けて全力で頬張ろうとしているグウィース。
いや、噛じれよ、とも思ったが歯が生えかけ――ふむ、やっぱり胴体と頭部はちゃんと肉と骨と脂肪でできているっぽいな。ポラゴの実は幼児には大きすぎるのか、両腕を「根枝」モードに切り替えてしっかり掴んでいるが。
ステータスはさっき見たからいいや。
じっくり見ておきたいのはスキルテーブルである。それにしても『半魔半樹』とかではなく【魔人樹】ねぇ……ちょっと待て、さっきはステータスだけ見たからスキル以降の欄を読み飛ばしていたんだが、しれっと【称号】があるじゃねーか。
【称号】
『新種の始祖』
……。
リッケルめ、奴は称号に『狂科学者助教授』とかがあったに違いない。
ええい、ビルド考察だビルド考察、とにかく考察だ!
『きゅぴ!』
また湧きやがった、こいつら。
しゃあない、お前らもちゃんと頭使うんだぞ?
【興隆の宿命】ねぇ。
ざっと技能の概要を見てみると、まぁこの世界に出現したての"新種の始祖"に対して、マイナスの意味は持たず、割りと強めのボーナスを与えるものである。
それにしても、この世界に転移して3ヶ月足らずで、新生物を発見する栄誉に預かれるとはねぇ、不思◯ハンターだって目じゃないな。
それじゃビルd……もとい、この人樹幼児の育成方針を決めようか。
え? 教育はル・ベリに任せたんじゃなかったのかって? 心構えとかこの世界の常識とか、ダンジョンの一員としての必要知識などは任せるさ。
で、種族【魔人樹】だが、頭部と胴体の見た目は緑色に着色した「魔人」であるだけで、種族技能面でも大きく変貌している。
リッケル子爵側の「遺伝子」だか「因子」の影響だろう【偽人】のスキルテーブルを見たわけではないから、どの程度元の種族から継承されているのかはわからないが――ル・ベリが【半ゴブリン/半魔人】から【魔人~半異系統】に変化した時のスキルテーブルの変化を思い出すならば、これはもう、完全に【魔人樹】という新種用のスキルテーブルが新しく生まれたのだと考えるべきだろう。
ざっと見たところ種族技能としてはかなり『植物』の方に拠っている気がするが、【魔人】の要素が無いわけじゃない。【魔素適応】からの【魔力浸透】系の技能だな。他にも【魔人】で言う【魔闘術】に対応した【人樹格闘術】系統の、特殊効果付きの枝葉を利用した戦闘スタイル、と。
そうすると……そうか、【○○の友】系統といい、植物的な再生能力が予想される【成長再生】や、【日光適応】など、どちらかというと【魔人】の高い魔法適正を利用して、植物部分の「動きにくさ」を軽減したり改善したりするような技能が多い印象を受ける。
その辺りをバランス良く伸ばして、属性盾を兼ねた防御寄りのアタッカーにするのは一つかな。動きはそこまで機敏にはならなそうだし。
あと、【魔人】で言う【異形】が【果実】に変わっているのが、結構興味深い。
あれか、何か特殊な効果のある【果実】を今後最大で三種まで生み出すことができるようになるとか、そういうわけか? 既存の果物か……それとも全くオリジナルな果物を生み出すのか……おいおい、限定的ながらも迷宮領主じみた能力なんじゃないのか、これ。
それともトレントみたいな植物系魔物達は皆同じような能力を持っている場合もあるのかな。少なくとも【宿木トレント】には果物を生むみたいな技能は無かったが、どうだろう。
こっちの【花咲かせ】系統の技能を先に伸ばすパターンを取るならば、未知数ではあるが、サポートタイプのビルドになるんだろうよ。
んで。
ある意味、一番の【魔人】要素である【後援神】系統の技能だが――なんか、最初から【腐れ根の隠者】とかいうのに注目されてるじゃねーか……。
迷宮核の知識を再確認するが、【後援神】に注目されるのって、そんな頻繁なことでも無かったはずなんだが――まぁあれか、植物っぽい名前の眷属神だし、『新種の始祖』なんてのが誕生しているわけだから、他に抜け駆けて勝手に付いちゃったってことなんかね。
……いかんな、早めに点振りしないと勝手なことをされかねない。パワーレベリングしてもう少し技能点溜めてからまとめて振ろうと思っていたんだが。
それに、本気で【後援神】系統を伸ばさない方向で行くならば、実質【選定】のための10点がまるまる浮いたと考えれば、お得か?
ともあれ、イリテ=エリリテがどんな効果をもたらすかがわからない限りは、ここはちょっと慎重に見極める方向で行こう。
『きゅぴ。それで、どう育てるの?』
『そうだな、基本的にはル・ベリとセットで動かすことを考えれば良いと思う。そうすると、奴は俺の迷宮の【農務卿】として、戦闘だけじゃなくて内政もやってもらわないといけないからな……補助タイプでビルドしていくのが良いんじゃないかとは思う』
『え~? アルファさんみたいに筋肉マッチョに育てたいきゅぴ!』
『……お前の意見を聞こうとした俺が馬鹿だった』
とはいえ、いきなり【果実】へ行くのも芸が無い。
最低限の自衛能力も身につけさせたいから、【魔人】の特質と【人樹】としての特質を兼ね合わせている【人樹格闘術】と【魔力浸透:◯】に寄り道しつつ、かな。
とりあえず【根枝一体】に最初の5点は振っちまうか。
「ぐうぃーす! なんか、からだがかるい!」
おう。
枝と根を切り替えたり、入れ替えたり、ちょっと時間をかけて変換できるようになったみたいだな。
……だがこうして観察していると、結構目的や場面によって「枝」と「根」を使い分けていることが分かる。どちらかというと「枝」は硬くて柔軟さに欠け、一方で「根」は曲がりやすく柔軟であるが、枝ほど頑丈ではない。
グウィース自身、元々ある「枝」と「根」を器用に使い分けて這ったり登ったり、物を掴んだりしているわけだが、【根枝一体】によって両者を命素で組換できるようになったことから、さらに動きが柔軟になった感じがする。
「よしよし、たくさん食ってたくさん大きくなるんだぞ~」
動物の肉塊……ありゃ確か鹿肉だったかな。
そこに直接下半身の根をずぶりと突き刺して、ちゅーちゅー吸っているグウィースを生暖かい目で見ながら、俺は「肉食かよ」と内心よくわからないツッコミを入れていた。
と思うと、左腕を「人間」モードに変えて、ポラゴの実に「ふん!」と穴を開けている。んで、酸味の効いた果汁でベタベタになった左手を舐めてから、ポラゴの実に口をつけてちゅーちゅー……お前口からも普通に食えるんかい!
――まぁ、あれか。「胃」で消化できないものに対しては、「根」で直接養分を吸い取るってわけか。
……そうなるとこの生命体、排泄とかはどうなってるんだろうか。もしかしてすごくエコな生命体だったりするんかな?
そう思っていると、ゲップをしたグウィースがおもむろに両腕を生い茂る樹冠みたいな「根枝」モードに切り替え、「ふぬぬぬ!」とか唸りだして……おぉ、葉がにょきにょきと生えてきたぞ!?
その状態で下半身の根を地面に張って、ほんわかした表情でカカシみたいにその場で屹立した。
「……何してんだ?」
「うん! しーしーだよ?」
ん?
魔素や命素の流れには大した変化は無いが……んん? そう言えば心なしか、なんだか空気が綺麗になってきているような……マイナスイオンなプラシーボ的な何かが感じられる。
――あぁ、わかった。
グウィースの両腕(根枝)からびっしり生えた小さな芽みたいな葉々達が、微かに揺れている。
つまり「蒸散」してんのかよ、こいつ。
で「しーしー」って、え? マジ? 【人樹】状態での"排泄"ってそういう風になんのかよ……。
いや、マイナスイオン的で身体に良さそうで実際気持ちが落ち着くような気分だから、気にはしないんだけどさぁ。
これも【強靭なる精神】によるポジティブ思考の賜物だろうか。
あぁ、そうだ。
話は変わるが【進化臓】を通して確認したところ、【魔人樹】は種族技能で枠7個だった。
文句のつけよう無しに「新種」だぁな。『半ゴブリン』とは違って、種族因子として一体のものになっているわけだから、改造はできそうにないねぇ。




