本編－0004 外の探索①
奴隷蟲の進化……いや【胞化】は、まさに「エイリアン」という種族名に相応しいものだった。
カメのように肢もハサミも甲殻の中に引っ込めて、体表が徐々に硬く変化していく。次に、まるで植物が根から根毛を伸ばすみたいに、細かな触手が無数に伸びて、血管みたいに地面に這い伸びてくる――この時点で動物の範疇から外れている気もするわけだが。
その「肉根」は、よく見りゃ魔素・命素の淡光の方に向かって伸びていた。
んで、やがて体表が完全に変質してしまったのか、ゴムみたいに分厚い膜に覆われた肉塊のような状態になっていたというわけである。
ゴム膜から中身が透けて見えた。
いや、なんか赤く発光してるんですけどね。
スレイブを二回りほど小さくさせたトカゲみたいな黒影が、赤光の中に浮き上がっていた。
あぁ、甲殻の中身なのかねあれは。
で、心臓みたいな鼓動に合わせて、その"中身"がどくんどくんと蠢いている……と。
昔、爬虫類を漬けた酒みたいなものを見たことがあるが、それに近いか？
入れ物は酒瓶よりもずいぶん……生物学的でバイオホラー的だが。
その剥き出しの「臓器」ぽさは、あるいは培養槽を連想させた。
【基本情報】
名称：スレイブ・スポア
種族：エイリアン
位階：５
ＨＰ：１２５／１２５
ＭＰ：３７／３７
【コスト】
・生成魔素：２４０
・生成命素：１８０
（開花まであと３０時間）
開花ってなんだよ、開花って。
【迷宮核】さんのトンデモ効果によって、この世界の様々な表現が俺の知識――この世界へ転移してくる前の平和な島国――に合うように翻訳されているとはいえ、なんてセンスだ。
そんで……よし、こいつは放置だ。
３０時間とか付き合ってられん。
俺が手動で魔素・命素操作しても、１時間で魔素・命素が１０ずつ回復することを計算に入れると、１４時間は集中し続けないといけなくなる。
もう半日こんな作業しながら過ごすのは怖い。さすがに餓えてしまいそうだ。
ちょっと勘弁。気分転換だ気分転換。
うーん、もう、並行してランナーを先に作ってしまうかなぁ。
冒涜的な苗床から背を向ける。
今ある卵を手動で孵化させる前に、俺は１０分かけて卵をもう一つ作った。
ちょっと思いついたことがあったので、卵を２つ並べてみたのだ。
最初に卵からの孵化に失敗したのは、俺の魔素・命素注入速度が、卵１個あたりの必要ペースを超えていたからだと言える。
そんなら２つ同時はどうだ？
当然１個の時より作業は複雑になるが、うまく行けば生産ペースを上げられるかもしれない。
どれどれっと。
並べた卵２個に右手と左手をかざし、俺は魔素と命素を練り始めた。
コツはもう掴めていたから、最適な塩梅を見つけるまで数分もかからなかった。
卵のステータスを確認すると……はて、残り時間はそれぞれ１時間半と２時間になっていた。
うーむ？
最初の孵化では１時間かかった。
２個同時で１時間にタイム削減できなかったってことは、これ以上のペースアップは無理ってことか。
おのれ、うまく行かないもんだなぁ。
＊＊＊
それから２時間はあっという間に経過した。
俺は誕生したラルヴァ達に即【進化：走狗蟲】を命じる。
進化完了までのコスト関係は「生成命素８０、残り５時間」だ。
ふうむ。
コストはスレイブよりも重いが、生産は早い。
ラルヴァと同じペースと考えるならば、ええと、魔素・命素の収支を考えると――３時間で１体作れることになる、か。
２体同時なら……６時間ぐらいかな。
だめじゃん。中途半端に手動で進化促進しようとして、適当な計算とはいえ遅くなるとか、アホじゃん。
そんなら素直に５時間かけて２体とも進化完了するのを待てば良い。
俺は寝ることにした。
＊＊＊
４時間ほど仮眠を取って、残りの１時間はスレイブ・スポアのバイオハザードな感じの蠕動を無心に観察していた。
ちょーっと宇宙の哲学について思考が飛躍しそうになったが、なんとか我に返ることができた。
そういえば、洞窟の中だから昼も夜も分からないが、この世界に迷い込んでから１日が経っていたことに【体内時計】で気づいた。
ほんと便利な体だな。
ちょっと１日飲まず食わずでも「ちょっと小腹が空いた」程度にしか感じない。
知識によると迷宮領主にとって食事は趣味程度のものとなる、とあるが、然もありなん。
さてさて、気を取り直そう。
ランナーのご尊顔を拝見してやりましょうかね。
肉がみちみちぃと裂けるような音を立て、中身の羊水かなんかみたいな赤い液体を撒き散らしながら、２匹の新しいエイリアンが這い出してきた。
【基本情報】
名称：走狗蟲
種族：エイリアン
位階：３
ＨＰ：４５／４５
ＭＰ：１１／１１
【コスト】
・生成魔素：４０
・生成命素：１２０
【スキル】
・咬撃：壱
・爪撃：壱
・蹴撃：壱
・因子適応：壱
見た目は、そうだな。
小型の肉食恐竜というのが一番近いが、それほど綺麗な造形ではない。
さながらデコボコのラプトル系恐竜をベースにした「エイリアン」って感じか。
筋肉がところどころ歪に発達していて、どちらかというとずんぐりしている。
発達した後ろ足に、尻尾をピンと伸ばした前傾姿勢は、少し横に伸ばしたＴ字型に見える。
体格自体はスレイブよりは一回り小さく、爬虫類と昆虫を混ぜたような頭部。
ずらりと並んだ牙の間から荒く息を吐き出し、血色と肌色が入り混じった皮膚。
うわぁ。
獰猛そうなのが出てきたな。
ちょっと口の形、というか牙の形が複雑ですねぇ……。
上顎下顎だけでなく、頬のあたりからクワガタみたいな２本牙が生えていて、四方から咬みつくような、独特な形状だった。
こいつはどれぐらいの強さだろうかな？
レベルとかＨＰとかは「種族」が「エイリアン」で共通しているようだから、別進化仲間の奴隷蟲と同じようだが――スキルの差もあるな。
何より、スレイブよりは確かに小型であるものの筋肉の発達が目に見えて分かる。
不老疑惑もある某格闘技研究者によれば、野生動物の筋密度は素晴らしいものがあり、たとえ相手が家猫であっても"本気"で死合うならば人間は刀で武装しなければ対等にはなれないとかなんとか……。
その理論に別に従わなくても、子羊だったら余裕で喉笛に食らいついて生きたまま貪りそうな獰猛さを隠そうともしない、おそらく危険な戦闘系のエイリアンである走狗蟲。その名の通り走るのに向いた太く発達した二本足と、その両足からディノニクスのように生えた鋭く丈夫そうな"爪"。
とりあえず、見た目のオーラ的な戦闘力と危険度合いでは完全に土佐犬級だわ、これ。それかマスティフって感じ。
さすがに創造主たる俺に敵対心は見せていないようだが、仮に１対１で本気で闘おうと思ったら、武器無しの現状では腕の１本も犠牲にする覚悟じゃないとダメかもわからん。
しかも２体だし。
恐竜時代然り哺乳類時代然り、この手の「やや小型だが獰猛」ってタイプの肉食生物に限って、複数の個体で連携して狩りするってのは定番だしなぁ。
複数戦闘では１対１以上に厄介かもしれないぞ、こいつら。
「とりあえず、狼程度だったらお前余裕で撃退できそうだなぁ」
この世界の狼が俺の知ってる「前の世界」の狼と、どれだけ同じか知らんけど。
狼のようで狼でない生物を"狼"だって迷宮核さんが翻訳してるってだけの可能性もあるが……まぁそこは考えても仕方がないか。
ランナー２体はフガフガと息を吐きながら、俺の方を見ていた。
指示でも待っているんだろうか。ラルヴァみたいに好き勝手に動くということはしないようだ。
黄色い眼に縦に切れる黒い瞳孔は爬虫類を思わせる。
そして、一心に俺を見つめる瞳は意外につぶらだった。
まぁ主には忠実そうだな。
スキルもざっと見たところ、近接戦闘が得意そうだ。
そして気になるのが【因子適応】なる技能、と。
予想に反して進化スキルが無く、その代わりにあったのがこれだ。
予想に反して進化スキルが無いんだよ奥さん……大事なことなので二回言わせてもらった。
「因子ねぇ」
俺自身のステータスを表示して、もう一回固有技能を見てみる。
俺の固有技能【因子の解析】【因子の注入】と、どう考えても対応関係があるんだろうなぁ。
特に【因子の注入】あたり。
ラルヴァと同じく進化先がいくつか表示されて選ぶパターンを想定していたのだが、またもや予想が裏切られた……もう少し込み入った仕組みなのかもしれない、面妖な。
こうなると【産卵臓】の開花時間を利用して"因子"関連を先に検証したくなる。
だが、せっかく作り出した戦力を遊ばせておく必要も無いだろう。
「良し。お前はアルファ、そっちはベータと名付ける。２匹とも、俺は今から外へ行くから、ちょっと供をしてくれ」
生み出した順に呼び名を決め、俺は外への探索に繰り出すことに決めた。
さて――鬼が出るか蛇が出るか。
＊＊＊
外への出口は簡単に見つかった。
試しにランナーに指示を出してみたのだ。
「ベータ、先行して出口までの道を探してくれ。アルファは俺の後ろを警戒」
「グギャアォ！」
「フゴフガ！」
２匹はきびきびと動き出す。
先行するベータは時折鼻をひくひくさせながら分かれ道を的確に選択していく。
アルファの方も終始油断なく周囲に気を配っていた。
こいつら見た目以上に頭が良かったんだよ。
俺の歩くペースに完璧に合わせて移動するから、ストレスフリーで移動できたし。
道のくぼみに足をとられて転びそうになった時も、アルファがすぐに俺の下に回りこんで支えてくれた。
あれ？
見た目エイリアンだから正直ちょっと引いてたけど、こうして見るとなんか頼りになる犬みたいな？
眷属達の意外な気配り上手に驚きつつ、ついに俺と２匹は洞窟の出口までたどり着いたのだった。
