本編-0033 ゴブリン9氏族陥落作戦
【32日目】
ソルファイドから因子を搾り取り終わった。
また、ゴブリンの文化からすれば革命とも言える発想で最果て島ゴブリン11氏族を統べようとしていた、老ゴブィザードのブエ・セジャルから因子を搾り終わった――ついでに命と情報も。
称号【合従の形成者】ねぇ。
【魔人】なんていう天敵がいなければ、ゴブリン史に残る偉業を成し遂げたかもしれないことを考えると、定命の身の無常さを感じるねぇ。
ともあれ、ル・ベリのゴブリンに対する拷問はますますツボを押さえたものとなり、ブエは2日と経たずに洗いざらい知ってることを吐いたとも。
他のゴブリン氏族に派遣している弟子の数や地位に素性。
それぞれのゴブリン氏族の状況や有力者、氏族長家の様子。
さらには氏族間の外交・抗争の状態や力関係などなど。
それらは元々、ブエが『ゴブリン氏族連合』を作り上げるために、弟子達を通して調べ上げていた事柄でもあった。
竜神の祭司として、宗教的にこの最果て島をまとめ上げようとした手腕はなかなかのもの。人間であればさぞ優秀な外交家となれたろうに――その終生にわたる努力の成果は、そっくり俺がいただこうじゃないか。
残るゴブリン9氏族の陥落。
先のダンジョン防衛戦で、島内の大半の氏族の精鋭戦士達に加え、「魔法」を使うことのできる貴重なゴブィザード達を一網打尽にすることができた。
これは単純に、各氏族を弱体化させただけでなく、ブエが弟子達のネットワークを通して形成しつつあった、宗教的連帯の萌芽すらも破壊した。ゴブリン達の更なる組織的な抵抗の可能性を摘んだのだ。
ならば、立ち直る時間を与えずに一挙に攻め滅ぼすのが、勢いに乗る術だ――文字通り「一挙」に、だ。
9氏族全てを、同時に陥落させる。
ではそのための仕込みについて披露しよう。
ブエ・セジャルを利用してゴブリン氏族連合を撃破する片手間に、現在も進行形で奴隷蟲達の大半を何の作業に従事させているかを、今明かしてくれよう――。
なに、簡単なことだ。
地下道を掘らせているのだ。
残り9氏族のゴブリンそれぞれの集落の真下に、直通する坑道を延々と、な。
それも、魔界側出入口から『第一の広間』を経由した先の、いくつもの枝分かれした小部屋と小道で構成される『環状迷路』に繋がるような形で。
スレイブの掘削性能は非常に高い。それはただ単に頑丈な顎と爪で土を掘る、というだけではなくて、技能【凝固液】を利用すれば、たとえ土質が柔らかくてもなんとかなるのである……まぁ、欲を出して何回か落盤事故を起こしかけたのだが。
ただ、どうしてもスレイブの力では掘り進められない硬い地盤やら岩やらがあった場合は、戦線獣の出番だ。物理的にぶん殴って破壊させるか、運搬させる。
それでもダメな時はどうするかって?
噴酸ウジの強酸で溶かすしかないだろうね。
ゴブリン氏族連合を撃退してからは、走狗蟲達をも土砂の運搬に回すという強行軍だ――計算では、もう2週間ほどで「準備」が完了する。
まぁ、言葉にするととんでもない大工事に聞こえるかもしれないが、各集落に通じる坑道については、走狗蟲が潜れる広さであれば十分だし、「陥落」させるのも各氏族の本拠となる"集落"である。
プライバシーの観念が発達してるわけでもなし、十数体のゴブリンが詰まった住処が、集落あたりいくつかあるという密集具合のため――掘り抜く面積は、各氏族の縄張りの広さに比べればずっと少なく、コンパクトに済む。
さて。
ここまで言えば、何をしようとしているのか、分かってきたんじゃなかろうか。
「悪辣だな。だが、こちらの兵力を消耗せずに敵の中枢を崩壊させる、良い手だ」
「生き残りどももろくな抵抗はできますまい、さすがは御方様の策――この島の覇者となるのも、もうすぐというわけですね」
それぞれの感想を述べる配下2人。
その通り、俺は9氏族を「陥落」させるとも――文字通りの意味で、な。
それぞれの集落の真下に円形の大空洞を掘り抜き、スレイブの凝固液で固めた不安定な支柱で一時的に支えておいて、時を合わせ、9氏族同時に集落を地盤ごと崩落させる。
俺自身の迷宮をスレイブ達に拡張させる際に、何度も落盤事故を起こしかけたため、ある意味この島の土壌や地盤の硬さをスレイブ達は「学習」している。労働階級と馬鹿にするなかれ、こいつらも【群体本能】によって驚異の連携を見せるエイリアンであることに変わりはない。
――そして、一時支柱の破壊という大任を担わせるに相応しい、新たな「第3世代」エイリアンを紹介しよう……え? 1種類目がまだちゃんと紹介してないだろうって? まぁ待て。デルタの晴れ舞台だから、また後でちゃんとやるとも。
【爆酸マイマイ】 ◆因子:強酸 ◆進化元:噴酸ウジ
"名付き"ではなく、一般モブの噴酸ウジから5体ほど進化させた。
「第3世代」としては維持魔素・維持命素が少なく、進化にかかる時間もわずか数日と、リーズナブル……その分、見た目も体格もコンパクトになったものだ。
噴酸ウジがみるみる硬化してスポア化し、やがて出てきたのは奴隷蟲並に小さな昆虫みたいなエイリアンだった――言うまでもなく口はいつもの十字割れ。
しかし、全体の体長・体高は噴酸ウジと同等以上に大きい。
その名の通り【爆酸マイマイ】は――背中に見事なアンモナイト状の"殻"を生やしているのである。その大きさ、実に本体の数十倍である。
噴酸ウジと違って、小さな身体なれどパワフルなのか、あまり重さを感じさせないようにのっそり這って移動する。
「それで、この"えいりあん"の能力は何なのだ?」
「トカゲめ! 御方様に敬語を使わねばならない、何度言ったら覚えるのだ!」
良い質問だソルファイド君。
この"殻"だが、トカゲの尻尾だか、あるいは蜂の針のようにブチィィッッと分離が可能である。
そして、もう名前から予想がついているかもしれないが、この"殻"は爆発する。
しかも中に詰まっているのは、さすがは【強酸】因子の2枚重ねと言うべきか、進化前の噴酸ウジのそれを遥かに上回るほどの威力を秘めた『酸』である。
爆発する時に、噴酸ウジの『酸爆弾』2~3溜め分もの量を周囲に激しくばらまき、少なくともタンパク質でできた生物は骨まで溶かしてしまうのである。
しかもこの"酸殻"は、マイマイ自身の意思によってある程度指向性を与えて炸裂することが可能なようで、これを利用することで、自分自身を巻き込まずしかも炸裂の際の衝撃を反動にすることで、小さな胴体を反対側へ遠くふっ飛ばして難を逃れることができる。
つまりなんと、こいつは再利用が可能なのだ! 無事に逃げ延びたマイマイは、その後もそもそと魔石や命石を消費しながら、ゆっくりと「殻」を成長させていき1~2日ほどでリロード完了と相成るわけである。
ありがちな「自爆モンスター」なんぞとは一線を画した存在であり、瞬間火力という意味では凄まじいものがある――移動が致命的に遅いため、奇襲に使うには工夫が必要だが。実質的に罠みたいに運用するか、戦線獣に砲丸投げみたいに投げさせるとかだろうか? ……事故って手元で破裂した時が怖いな、大惨事確定だ。
ただ、まぁスキルで【転輪移動】とかいう面白いものがあるため、これに振っていったらかなり運用が変わりそうではあるが――。
さて。
話を9氏族陥落作戦に戻せば……集落の直下に掘り抜いた地下空洞の支柱を"爆酸"させる大任を、こいつらに任せたい。
噴酸ウジでは、自分も崩落に巻き込まれる可能性があるからな。
あらかじめ爆酸マイマイに"酸殻"を作らせ、もぎ取って保管しておいて、決行時には牽引役の走狗蟲達に坑道の離れたところから、こうゴロゴロゴローっと。
――ゴブリン氏族連合を迎え撃った『環状迷路』の"隠し通路"と同じ原理だ。
面白いことに奴隷蟲の【凝固液】で固めた土や岩、地盤などは、頑丈な割に【強酸】因子であっさり溶かされる。それは爆酸マイマイでも同じであり、本作戦の根幹をなすというわけである。
「島の掃除が終わったら、今度こそお前の出番だぞ、ル・ベリ。【農務卿】としての仕事、本格稼働してもらうからな」
「御意。葉隠れ狼達の捕獲と間引きも、御方様の眷属達の協力の下、順調に進んでおります……"古樹地帯"も一週間のうちには、制圧できるでしょう」
ゴブリン達の間で行われる、縄張り争いという名の大いなる"資源の無駄"。
これを、火を消すのに上からマグマをぶっかけるかの如き強硬手段で鎮圧した後には――いよいよ、最果て島の地上部を『農場』と『牧場』に作り変える作業が待っている。
その作業では、奴隷蟲達も活用はするが……メインはル・ベリの新職業【奴隷監督】によるゴブリン酷使である。
ひとまず、スキルテーブルを示しておこう。
この中でも、特徴的な技能系統は二つ。
まず【奴隷の刻印】系統だが、これは心の弱い(弱めた)知性有る生物の職業を、強制的に【奴隷】に変えてしまうものだ――そして、職業が【奴隷】である者達に対して、【奴隷監督】は様々な行為を"強制"することにボーナスを持つ。
例えば【強制の言葉】や【奴隷支配】によって、使役者の命令に逆らえなくさせる。ル・ベリの場合、そこに【殺戮衝動:ゴブリン】によってゴブリンを恐怖させる効果と、【嘲笑と調教の女王】による本能操作がボーナスとして乗るため、もはや意のままに操れることは、ダンジョン防衛で確認済みだ。
んで、次が【監督術】と【酷使者の心得】系統の組み合わせのえげつなさ。
すごく簡単に言うと、ゴブリンの生命力を限界まで労働力として搾り取ることができる。
普通、働き過ぎると疲れて、疲れると休むだろう? ――それを無効化する、と言えばどれだけ恐ろしいか、社会人ほど分かることだろう……ククク。
異世界ブラック牧場物語、ここに爆誕である。
無論、ここにも【嘲笑と調教の女王】によるボーナスの効果が乗る……繁殖分もちゃんと残しておけよ? 品種改良も仕事だってこと、忘れんなよ?
「ふむ……主殿、俺は何をすれば良い?」
「ふん。好きなだけ鹿でも食ってろ、トカゲめ」
「嫌に辛く当たるな? 触手の魔人よ」
「――はいはい、喧嘩しない。ソルファイドは、腕が治るまでは適当にしていてくれ。闘いなんぞ考えず、今はゆっくりと休むことだな。お前に必要なのは考える時間だとも」
「……ふむ、主殿がそう言うならば」
まぁ、本当は俺に"稽古"をつけてほしいところではあるのだが――。
先にやるべきことがある。
今、俺は我が迷宮の『研究室』まで来ていた。
目の前には、見る者が見ればグロさおぞましさよりも「あんなことやこんなこと」を先に連想しそうな、蠢くモンブランとイソギンチャクの中間的触手塊型ファンガル種エイリアン。
ル・ベリが苦虫顔で俺の顔色をうかがう。む、これは心配している表情だな?
「御方様。どうか、お気をつけ下さいませ」
「迷宮の眷属は、主を傷つけることはない。心配のしすぎだぞ、触手魔人」
「黙れ狼藉トカゲ! 【農務卿】であるこの俺に口を挟むな、舌を斬り落とした後に『青酸モモ』の煮汁を飲ませてやろうか?」
「はいはい、はいはい。俺が取り込み中……いや、取り込まれ中の間、喧嘩するんじゃないぞ? お前ら」
結論から言うと、俺は自ら【抽出臓】に入る覚悟を決めたのだ。
というのも――海の方、ヒュドラの方で非常に気がかりな動きが起きていた。
ここ数日だが、ほぼ毎日のように『流刑船』が送り込まれてきているのである。
無論、ソルファイドやル・ベリの母の時と同じように、島に辿り着く前には速攻でヒュドラに沈められているのだが……。
ソルファイドの元の雇用主テルミト伯の政敵である『リッケル子爵』。
此奴が【樹木使い】であるらしいことが、非常に非常に引っかかる。
戦場で何度となくリッケル子爵の軍勢と戦ったソルファイドが言うには、【人界】で言えば木人やら木獣のような魔物が、その中心であったという。
例えばだが、そいつらが流刑船に「化けて」いたりしないよな?
そう思って、ヒュドラのいない隙を突いて入江へ行き、流れ着いた板切れだとかを軽く調べてはみたんだが――特にリッケル子爵の眷属が化けていた、という気配も無し。【情報閲覧】に反応は無かった。
……こういった事情もまた、今回ゴブリン9氏族を一挙に制圧してしまおうと考えた背景である。
【魔界】は"戦国時代"であると、迷宮核さんは「翻訳」した。
そうした言葉選びのセンスが――俺の知識を元にしているならば、これがわざわざ「戦国」であるとした理由が必ずある。
少なくとも俺の解釈では「戦国時代」は単なる「群雄割拠」ではない。小難しい話をするならば、それまでの秩序や権威が崩れて、下克上という言葉に表わされるような――裏切り・合従連行・騙し討ちなどなど、良くも悪くも"何でもあり"であったのが「戦国」である。
敵かと思えば味方となり、味方だった者を明日には敵として討ち滅ぼす。
なるほど、【魔界】の現状がそうであるならば、だ。
「盗撮伯爵と、元部下の子爵殿が電撃的に和解するってのだって、あり得ないことじゃあない――その逆もだ」
称号【狂科学者見習い】を持っているからではないが――なんとなく、なんとなーくだが、毎日のように『流刑船』をヒュドラにぶつけ襲わせているテルミト伯だかリッケル子爵だかの行動が、何かの"実験"をしているようにも見えるのだ。
少しずつ条件を変えて、何か"最適"のものを探っているかのような……。
「何にせよ、ここらで迷宮を一気に強化するのは、絶対的に必要なんだよ」
「御方様が、そこまでおっしゃるならば、もはや何も言いません。ご無礼をいたしました」
「ソルファイド、雪辱の機会は案外近いかもしれないぞ? 俺にとっては非常に面倒なことだがな」
「なるほど。ならば俺の仇でもあるテルミト伯と、奴の敵のリッケル子爵、この二人の首を主殿に差し出せば良いのだな?」
「貴様、この食い意地の張ったトカゲめ! 我が母の仇リッケルは俺の獲物、奴を討つのはこの俺だ!」
はいはい、仲良くなぁれ、素直になぁれ。
電撃棒が手元にあったら戦線獣達に持たせてこの二人を囲んで叩かせたいところだが、まぁ、一回殴り合いしとけば打ち解けるかな? 事が終わったら検討してみるか……。
さて。
それじゃ、行きますかね?
……別にドMに目覚めて、新たなる感触の世界に足を踏み入れようというわけでもない。
戦力拡充の「賭け」として【副脳蟲】を試すのである。
上手く行けば、大幅に俺の迷宮の「管理能力」が上がることだろう――そしてそのタイミングに合わせて、ゴブリン9氏族陥落によって得られた技能点を【高速思考】や【並列思考】に振っていこう。
領域を島全体に広げていくことが目前に近づいた今、俺の迷宮の迷宮経済を、さらに効率の良いものにするために、管理能力の強化は必須だろう。
それが結局は、伯爵だか子爵だか、ちょっかいを出そうとしてきている輩への正面からの対処にもなるのだから。
さて、鬼が出るやら蛇が出るやら――。
気合を入れ直し、俺は無数の触手が蠢く【抽出臓】に触れた。
***
【44日目】
「人間種」のような発達した知能を持たないゴブリン達だが、もし長い時間をかけて「歴史」という概念を生み出すほど文明を発達させられていたならば――その日を『終末』の日として記したことだろう。
何が起きたか。
一人の【客人】が【魔界】の「最果ての島」へ到達してから44日目のこと。
この日は、島に現住するゴブリン達にとって、文字通り悪夢の日とも地獄の日ともなった。
想像してみてほしい。
ある日、集落の広場が地響きとともに十字に割れ、突如として陥没する様を。
運悪くその場にいた数体のゴブリンが地割れに飲み込まれ、入れ違うようにして――この世のものとは思えない、少なくとも島で見たことのある鳥獣とは根本から異なる醜悪な魔獣達が、雨後のタケノコの如くわらわらと何十体も這い出してくるところを。
老ゴブィザードのブエ・セジャルの動員に応えた各氏族では、戦うことのできる雄の大半を失っており、わずかばかりの抵抗も虚しい。集落が地割れによって崩落するなどという前代未聞の大災害に、動ける者はほとんど残らず。
オーマの眷属たるエイリアンの最下級歩兵たる走狗蟲達の攻撃は、もはや奇襲ですらなく、与えられた指示通りの「選別」――すなわち"虐殺"であった。
老個体、虚弱個体などはその場でランナーの爪に引き裂かれ、殺され、連合に参加したうちの6氏族は「第一次作戦」で早々に制圧されることとなる。
続いて行われた「第二次作戦」では、比較的まとまった戦力を残していた3氏族に対して、隠身蛇や葉隠れ狼による執拗な狩りの妨害が行われ、実質的な兵糧攻めの後に「陥没」による襲撃で殲滅された。
先の6氏族と異なり、連合不参加であるため、まとまった数のゴブリン戦士がいることを警戒したオーマによって、ソルファイドとル・ベリ、さらには【螺旋獣】となったアルファ、デルタが各氏族に投入され――【選別】するまでもなく、文字通り3氏族は抹殺される。
斯くして、オーマは電撃的に【最果て島】の抵抗勢力を排除。
島全体を「迷宮」の支配領域に取り込むことに成功したのであった。
そして、自ら【抽出臓】に入り【因子:肥大脳】の解析率が100%となるに至って、少々げっそりした様子で迷宮領主オーマが這い出してきたのは、その数日後のことである。




