本編-0025 迷宮制作①
迷宮領主とは、【人界】への道となる"異界の裂け目"からの侵入者を防ぐ存在である。そのための権能として、主に2つの特別な力を【黒き神】から与えられた。
1つは「迷宮の眷属」と呼ばれる特殊な魔物達を生み出す力。
俺で言えば【エイリアン使い】がこれに相当するな。
この魔物達の最大の特徴は、他の生物と異なり"魔素"と"命素"を直接吸収することで維持されるところだ。食事をさせることもできるが、魔素と命素が枯渇すると、直接にHPとMPが減少していき、死に至るのである。
となれば、迷宮領主にとって重要な2つ目の権能が想像できるな?
例えば、同じ場所に2人の迷宮領主がいたらどうなるんだよ、ということだ。
それは、一定の範囲を『領域』と呼ばれる自らの支配圏と化し、優先的に魔素と命素の供給を受け取ることのできる空間を生み出す権能――まさに、これこそが【迷宮】と呼ばれるものの正体だ。
職業技能にある【領域定義】に始まる『領域干渉』型の諸技能は、全てこちらの権能に属すものである。
そしてこの【領域定義】はゼロスキルでも効果を持ち――"爵位"などに応じて、領域として定義できる面積の広さが決定されるという仕組みになっている。
そして大事なことは、最初の遠征の時に確認できたように、迷宮の眷属が魔素と命素を自動で補給できるのは、この『領域』内に限られる、ということである。
あの時はまだこれについて十分に理解していなかったから、アルファとベータのHPが減少したのは、魔素と命素の量が少なかったからとか思っていたが――情報を更新するならば、仮にそこも『領域』として定義したならば、維持に必要な命素と魔素はしっかり吸収されるようになっていた。
つまり、いつもの「蛇口」で喩えれば、俺の眷属達だけ専用の蛇口に取り替えられるということである。
さて――この2つの権能を合わせて考えると。
迷宮領主とは、魔素と命素を確保するために『領域』を囲い込んで己の迷宮と成し、そこから生み出されるリソースを「迷宮の眷属」の生産や維持に充てて軍備を整え、砦としての役割を果たすことを期待された存在である、というわけだ。
それは、融合型の迷宮領主である俺であっても同じこと。
活動のための軍備を整えようと思うならば、当然、俺もまた自分自身の『領域』を「定義」して魔素・命素の生産を活性化させ――それによってエイリアン軍団を拡大させていかなければならない。
前置きが長くなった。
それでは、異世界転移から一ヶ月弱。
大まかな「施設」も形となり、機能分化が進み、侵入者に対する"砦"を一応は名乗れるようになってきた俺の迷宮を紹介しよう。
◆施設状況
・産卵臓……10株
・進化臓……3株
・抽出臓……1株
・保存臓……5株
・魔素結晶花……8輪
・命素結晶花……12輪
さて。
全体の地図を示すとしよう。
土や岩の硬さも正直なところ一様ではなく、作業が難航した箇所もあったが、なんとか迷宮と主張できる体裁は整えたと言って良いだろう。
掘削、運搬、凝固液。
それもこれも全て奴隷蟲達の、固有技能を駆使した、ブラック工事現場的酷使の賜物である。
それでは、施設ごとに説明を入れていこう。
≪産卵室≫
まず、迷宮核が最初にあった部屋「司令室(仮)」は「産卵室」と名を改め、【産卵臓】を10株配置している。元は高校教室ぐらいの広さしか無かったが、スレイブ達を馬車馬のごとく働かせ、広さは倍ほどになっている。
ただし、しばらくはここは引き続き仮の司令室として運用もする。今後ル・ベリ以外の配下なんかが増えてきたら、あちこちを這い回る幼蟲達を踏み潰す危険性が高まるから、他の場所に『司令室』を改めて建設するつもりだが。
『産卵室』自体は、将来的には20~30株体制にして、一度にまとまった兵力が供給できるようにするつもりだ。戦力の供給地として、俺の迷宮においては心臓部とも言える重要な部屋である。
余談だが、最初期に作成した【産卵臓】を"移設"しようと試行錯誤する中で、ファンガル種の面白い特性が明らかになった――物は試し、どうとでもなるもんだ。
なんと、壁や地面に這っていた"肉根"を丁寧に剥がした後、それを寄生よろしく奴隷蟲に絡ませることで……一時的にだが、ファンガル種自身の維持コストを奴隷蟲のHP、MPで代替させられたのである。
いや、まぁどう見ても吸い取られてる光景なわけだが、普段は地面や壁に引っ付いている肉の根は、この間は地面から離れているわけで、そのままスレイブ達に俺の望んだ位置に再配置させられるっていう寸法だ。
≪進化室≫
上位世代へ進化させる際、エイリアンどもは大概は図体がデカくなる。
ランナーを増やしながら部屋の拡張をおろそかにしていた時点で、産卵室のラルヴァを踏んだり蹴ったりする事故が多発した。
あと俺自身も正直移動しづらかった。
だから【進化臓】については【産卵臓】と同じやり方で移送し、専用の部屋を用意したのである。
ラルヴァ達をスレイブにこの部屋まで運ばせて「進化」させる、というわけだ。
そうすれば、エイリアン=スポアからランナーへと進化した後に、必要があれば、そのまま部屋内の【進化臓】へ入らせて上位の世代に進化待ちさせておくことができる。その後、俺自身が訪れて【因子の注入】を発動すれば良い。
……【液体因子】に点を振ってもう少し自動化しようとも思ったのだが、もっと先で良いと今は考えている。
少なくとも島を制圧するぐらいだったら、ランナーを大量に作っていても十分で、精鋭部隊としては"名付き"達でも十分。まぁ、思わぬ強敵用のもう十数体ほど戦線獣を増やしておけば良い。
それぐらいだったら、巡回のついでに待機させていたランナー入り【進化臓】に直接【因子の注入】をするのでも変わらない。
技能点は、一度振ってしまうと取り返しがつかない。
ただ単に、自分が楽をしたいためだけに振るのでは、将来に渡って影響するからな。少なくとも、それが必要になるのは今ではない。
まぁ、その"将来"においては、更なる上位個体や大型の個体の登場も当然に予想されるから、【進化臓】同士はあまり密集度を高めないようにして、渋滞問題を予防しておかないとな。
エイリアンの種類がさらに増えたり、施設が増えたりして役割が分化されていけば部屋分けも変えていく必要があるが、今は防衛上もこれで良いだろう。
"詰め所"用の小部屋は、他所にガンガン増設していくことになるだろう。
ひとまずは……要所の近くに、即応できるように2~3ほど設置はしたが。
≪貯蔵室≫
紹介を後回しにしていたファンガル種の「第2世代」の一つである【保存臓】をいくつか配置した部屋であり、主に探索スレイブ達が回収してきた動植物などを"貯蔵"している大物置きである。
【保存臓】は、胞化に特段の因子は必要無かった。
膨らんだ木の瘤みたいな形をしており、表皮は結構硬い。生物的な根を這わせ、時折鼓動するというエイリアン=ファンガル種の共通特徴もしっかり備えている。
その特徴的な効果としては――生物や液体等を収納すると、雑菌による腐食を劇的に防ぐことができ、長期間保存可能になるということがあげられる。
硬い表皮の中は非常にぬめぬめしていて肉質的であるが、試しにボアファントの生肉を入れておいたところ、数日経っても腐り始める気配が無かったのだ。雑菌の活動自体を抑制する効能も予想される。
あと面白い特徴としては、外は硬いくせに中からは風船のように膨らむところだ。
最初の体積以上の物を入れていくと少しずつ膨らんでいくのである。
ランナー20体とスレイブ10体ほどに協力してもらったところ、最大では元の5倍近いサイズにまで膨張した。ドラム缶より一回り大きいぐらいだろうかな。
将来的な拡張も見越して、産卵室の隣に2部屋ほど作っている。
≪結晶畑≫
以前に紹介した【魔素結晶花】と【命素結晶花】を、本格的に運用するための施設である。
シミュレーションゲーム風に言えば"生産施設"そのものだが――俺の迷宮経済を根本から変えてしまった、超重要ファンガル種であることは繰り返すまでもない。
だが、魔石命石経済によってエイリアンの扶養可能数が拡大する分、これは同時に弱点になってしまうとも言える。
具体的にはこうだ。
元々の生産量が「魔素700命素700」の迷宮だった場合、【結晶花】を挟むと、現在の状態であっても「魔素840命素840」まで錬金できてしまうが――ここで調子に乗って、フロー限界ギリギリまでエイリアンを増やしてしまうと、どうなるか?
簡単な話、『結晶畑』を破壊されたりした場合を想定すれば良い。
魔石・命石の供給が無くなった瞬間、増やしすぎた眷属達が一斉に魔素・命素から自らの維持コストを支払おうとするだろう。「魔素840命素840」が前提だったエイリアン数が、突然また「魔素700命素700」に戻されるのだ。
井戸ができたおかげで300人ぐらいが扶養限界だった村の人口が5000人になり、ある日突然井戸が枯れたり壊されしたら、どうなるか? 渇水で死に、元の300人になるまでバタバタ死んでいくことになる。
迷宮全体で同じことが起きるんだよ。
餓死で、全滅。その瞬間俺は丸裸確定だ。
戦線獣のような強力な眷属を何体護衛として侍らせていても、維持コストが支払えなければ、彼らは死んでしまうのである。
これがそもそも魔素・命素に頼らない補助戦力として"多様性"を求める主要因にもなっているんだがな。
立て直すまでの時間を稼ぐ手段は用意していなければならない。
だから、面倒であってもこの島を巨大な『牧場』兼『農場』に作り変えていかなければならない。最初の配下であるル・ベリを【農務卿】に任命したのも、そこを俺が重視しているからなのである。
まぁ、気の重い話はここまでにしておいて、この一週間で粗々調査できた「魔石命石経済」の運用体制についてもう少し記しておこう。
『結晶畑』には奴隷蟲を5体ほど配置している。彼らは【結晶花】の世話係であり、成長した魔石と命石を採集する役目も負っている。
そこを運搬班のスレイブ達が毎日訪れ、収穫した魔石・命石を『貯蔵室』や『詰め所』に運び、ランナー達が各所で補給を受けられるようにしているのである。
魔石・命石のサイズ自体は、現在4段階まで。
1日で人差指サイズとなり、魔素命素の交換レートは1日換算で「1:7.0」。
2日でもうひと回り育って、魔素命素の交換レートは1日換算で「1:8.5」。
4日でスモモサイズとなり、魔素命素の交換レートは1日換算で「1:9.0」。
7日でリンゴサイズとなり、魔素命素の交換レートは1日換算で「1:9.6」。
結晶花自身は魔素・命素経済であることや、俺自身の技能である【眷属維持コスト削減】の影響もあるから、まだ厳密な計算はできていないが、エイリアン達の系統ごとの維持魔素・維持命素がステ表示で分かるのは非常に有り難い。
スレイブ達に洞窟を掘り抜かせて拡張を進めつつ、俺自身も【領域定義】のゼロスキルによって少しずつ迷宮を拡張しているから、まだまだパレート最適的な"効率的な配置"の計算なんて全然考えられちゃあいないが――ゴブリン9氏族を落とすことができれば、そこも本格的に計算していかないとなぁ。
ただまぁ、将来の拡張も見越して、ひとまずは【命素結晶花】30輪、【魔素結晶花】15輪を目指しているところである。
そしてエイリアンは増やしすぎず、余剰の魔石と命石をストックとして蓄えることができるようにしていかなければ。目安としては、そうだな、『結晶畑』が仮に全滅させられるような事態が発生したとしても――残存戦力を一週間は持たせられるような備蓄量にすべきかな?
一週間あれば、スレイブ全力生産からの『結晶畑』の再構築まで、十分な猶予となるはずだし、戦力としての「第2世代」も揃えられるだろう。
まぁ、それでも不安があるとすれば。
迷宮核に備わった、数少ない【人界】側の知識として、こんなものがある。
人間達が迷宮に潜る動機の一つに、「魔石」を求めて、というものがあるらしいのだ。これがあるから【人界】側への警戒は欠かせない。とりあえずは侵入者は即殺できるように罠を張っているところだが――"酸"入りの落とし穴プールで泳げるようにとかな。
だが、まぁ【人界】で魔石の存在が認知されているってぇことは、だ。
俺以外の迷宮領主もまた、それぞれの方法によって「魔石」を生み出す何かを有している可能性が高い。一方で命石の方は認知されているのだろうか? そこのあたり、知識は限定的である。
まぁ、そのあたりの実情も含めて、将来【人界】へ出た時の調査項目としては意識しておこう。
さて、話を移そう。
【結晶花】が解析未完了の新因子によって、新たな"胞化先"を発現させていると前に言ったが――とりあえず名前を見てみてくれ。
【魔素結晶花】 → 【風属性砲撃花】【火属性砲撃花】
【命素結晶花】 → 【風属性障壁花】【火属性障壁花】
何の因子かは言うまでも無かろ?
防衛施設として活用できそうな「胞化先」だ。
そして、名前からさらに"他の属性"にも対応していることが予想できる。これは、なんとしてでも【因子:風属性適応】やそれ以外の属性適応系の因子を手に入れたいな。
≪研究室≫
【抽出臓】を配置した、俺の俺による様々な目的での"実験場"である。
まぁ、こいつは火属性の魔法適性を持つ子ゴブリンの下りで既に言及しているんだが、ファンガル種の紹介としてはここで合わせて示しておくとしよう。
さっき言ったように、今後【風】とか【火】以外の魔法属性の適応因子を探求していくことになるんだが、こいつらは因子【肥大脳】と同じで、かなーり搾りづらい。酷く搾りづらい。
だから、単純に俺自身とランナーによる"解析"では、正直なところ島中のゴブリンを絶滅させても、魔法属性因子を1つ100%にすることさえできないんじゃないか――なんて脱力する【精密計測】結果が出たりしたんだが、それに対する見事な救世主となったわけだよ、【抽出臓】は。
ひとまずステータス見てみるか?
【基本情報】
名称:抽出臓
種族:エイリアン=ファンガル
位階:5
(中略)
【コスト】
・生成魔素:270
・生成命素:410
・維持魔素:60
・維持命素:60
【スキル】~簡易表示
・因子の抽出:弐(2)
この系統技能【因子の抽出】。
なんと、生きた素体から因子を搾り出すことができるのである。
俺の「因子の解析】やランナーに食わせる方法じゃ、死体にしてしまう以上、継続的な因子の取得ができないのはさっきも言った通りだ。
だが――この触手で作ったモンブランみたいなおぞましい肉塊に、解析したい因子を持つ生物を生きたまま取り込ませれば、時間は相応にかかるものの、上限無しで因子を解析し続けられるのである。
ただし、自動で栄養を供給してくれたりするなんて便利機能は無いから、死なないように世話し続けてやらなければならない、という条件付きだがな。それを怠らなければ、今のペースなら数週間で【火】属性因子については、獲得が可能であるとの計算結果ができている。
うーむ。
ゼータ班を各地に派遣して、まぁ1氏族に数名程度ではあるが、ゴブィザードの情報も入ってきてはいるんだよね。
もういくつか【抽出臓】を作成しておくべきだろうか? 新たな因子を獲得できる、というのはそれだけの価値があるから、考慮しても良いかもしれないな。
以上。
ひとまずが俺の迷宮の現在の形というわけである。
基本的には、罠はまだそこまで充実させることはできておらず、防衛については「広間」や「迷路」に誘い込んでランナー達や"名付き"をぶつけて、正面から叩き潰すことを想定したものだ。
もう少し時間をかけて"迷路"の方は、ちょっと良いアイディアがあるから、改造強化していくつもりだが――そろそろ、9氏族の動向について確認しておくかな? 最果て島の『樹冠の枝道』ネットワーク地図も、デルタ班のランナー機動偵察分隊の活躍で、かなり精度を高めていくことができているわけだしなぁ。
と、そんなことを考えていると。
【眷属心話】によって、ル・ベリから非常に気になる報告が上がった。
どうやら俺が迷宮に引きこもっていた間に――新たな流刑船がここに送られ、海上でヒュドラに破壊されたらしい。そして、とてつもなく見事で強力な、一振りの赤い剣が漂着した、とのことであった。




