本編-0024 家鴨には白翼を、半魔人には異形を
【進化臓】が鼓動する前にル・ベリを連れてくる。
さしもの反骨心を持つ半魔人といえども、緊張しているのが目に見えた。
葉隠れ狼を恐れて、樹冠の道を探索するという発想はゴブリンには基本的に無い。
単純に木登りとかパルクール的な運動が不得手な下等生物だってのもあるが――そのため、俺のダンジョンの出口が存在する岩の丘の頂上まで来ようという者は、これまで無かったわけだ。
大体、ゴブリン目線では岩丘の方に何か獲物となる獣が住んでいるわけでもない。
氏族の日々の糧を得るための狩りや、その狩場を守るための近隣氏族との戦いなどがある中で、わざわざそんな場所へ行く余裕があろうはずもない。
……あるいは、そういったことを経験的に学んだから、岩丘を「神聖な場所」として意味も無く近づかないようにしてきたのかもしれないが。
ともあれ、半ゴブリンとしてもゴブリン達の中で暮らしてきたル・ベリである。
歓喜に震えながらも――緊張もするわけだ。あるいは武者震いの類いかな? まぁいいや。
これまで、訪れることを想像することすら無かった場所の探訪に、何を思っていることやら。
さて、それじゃ実験といきますか。
まずは現在の因子の解析状況をおさらいしよう。
<解析済因子>
・伸縮筋
・強筋
・猛毒
・強酸
・魔素適応
・命素適応
・隠形
<解析中因子>
・風属性適応:解析率3%
・火属性適応:解析率1% ← New!!!
・肥大脳:解析率1%
目ぼしいところとしては、ゴブィザードの素質を持つ子ゴブリンを1体だけ見つけたことだ。
これと、最初の遠征時にゴブィザードと遭遇していたことから、ル・ベリによる"選別"の基準で「魔法適性」も重視していたわけである。
――火属性か。
スレイブ達に乾燥した植物を集めさせ、アルファに力技で火を起こさせて作業に使う、という原始的な作業からはさっさと卒業したいものだ。迷宮領主であるため食事は趣味みたいなものになっているところがあるが、久しぶりに焼いた肉が食いたいものだ。
俺自身が"魔法"を扱えるようになるのが一番手っ取り早い解決策なんだがな。
まぁ、風と火と、魔法属性系の因子を解析できれば俺のエイリアン達にも新たな進展があるだろう――事実【魔素結晶花】と【命素結晶花】が、それに対応していると思われる新たな"胞化先"をステータスに表示させるようになっているのだから、な。
この『火属性』を扱える子ゴブリンの使い途だが――。
ふふ……紹介はまたの機会にするが、【抽出臓】というファンガル種によって、時間さえかければ半永久的に因子を搾り取ることができるのだ。時間はかかるが、いつかは因子の獲得自体はできそうである。
まぁ、その辺りの話はル・ベリの改造が終わってからにしとこう。
で、だ。
ル・ベリを容赦無く【進化臓】の肉袋的"嚢"へ突っ込んでから、その"拡張端末"としての「設定画面」を呼び出す。
そして……おお!
固有技能【因子の希釈』を取得した影響か、はたまたエイリアンとは異なる生物を放り込んだ影響か、設定項目に変化が現れていた。
・操作因子1:<未設定>
・操作因子2:<未設定>
・操作対象:<【半ゴブリン/半魔人】(ル・ベリ)>
・因子割合:<ゴブリン><ゴブリン><ゴブリン><魔人><魔人><魔人>
・推定進化時間:***時間
※種族因子の置換が可能
ふうむ、なるほどねぇ。
エイリアンが因子枠3(ファンガル種は2)に対して、半魔人は6もあると。
んで、そのうち3枠ずつが、それぞれ「種族因子」で埋められている、と。
これは……迷宮核さんによる「翻訳」と捉えるべきかな? 『種族因子』ときたか。確かに、俺自身を因子解析してもゴブリンどもを因子解析しても、実際にエイリアン達の進化に使えるような『ゴブリン』とか『魔人』なんて名前の"因子"が得られてはいない。
異なる名称である以上「因子」と「種族因子」は別物と捉えるべきなんだろう。
そして肝心なことだが、※の注意書きの通りこれを【因子の希釈】によって置き換えることは、本当に可能であるや否や――よし! うまくいったぞ!
・操作因子1:<ゴブリン>
・操作因子2:<伸縮筋>
・操作対象:<【半ゴブリン/半魔人】(ル・ベリ)>
・因子割合:<ゴブリン><ゴブリン><ゴブリン><魔人><魔人><魔人>
・推定進化時間:27時間
と、ここで俺はふと気づいた。
この一回の操作によって置き換えられるのはゴブリン因子1枠分だろうか?
それともこのままでは、3枠まとめてゴブリン因子が全て因子【伸縮筋】になってしまうだろうか?
まぁ、1枠置き換えだった場合は、同じ作業を繰り返すだけなんだがな。
27時間×3=81時間、つまり3日半でル・ベリは見事、転生を果たすわけだ。
ところで【伸縮筋】をあえて選んだ理由だが、消去法の結果である。
ただし、ちゃんとした判断基準はある。
まずここでちゃんと種族転生させてやってから――【第一の異形】をMAXまで振ってやろうと思っているのだ。で、魔人の種族技能である【異形】系の説明に、こう書かれている。
『環境や本人の特性などが獲得する異形の形態に影響する』
そうとくれば、ちょっと狙ってみたい【異形】があるんだよね。
【強酸】因子だとか【猛毒】因子だとかは、こう、ル・ベリを真の魔人にしてやるためにはこれじゃない感が強いんだよ、万が一影響されてしまったとしたら。
そんな感じで消去法した結果、因子【伸縮筋】を与えることになったわけである。
もっと有用そうな因子が手に入ったら、後から付け替えてしまうのも良し。一刻も早く目障りな「ゴブリン」因子を除去してやりたかった、というのも大きいかな。
さて、はて。
【伸縮筋】を選ぶことで、その【異形】が発生しやすくなるということがあるだろうか? そういった実験でもあるわけだ。
――将来的に、俺自身が【異形】を取る可能性もゼロではない。
ル・ベリで実験した成果を、俺自身に適応する可能性もまたゼロではない。
あぁ、実験心が疼くねぇ。
ゴブリンの生産体制も整えたら、もっと様々なことを検証していかなければなぁ。
『――称号「狂科学者見習い」を獲得――』
あ?
おいコラ待てコラ。
固有技能【爆発耐性】ってどういうことだ、コラ。
***
【22日目】
結局のところ、【進化臓】を経由した因子の置き換えは1因子ずつだった。
現在のル・ベリの"種族因子"は――「魔人」3つに、「伸縮筋」3つ。
ゴブリン因子は欠片さえ彼の身体には残っていない。
「気分はどうだ? ル・ベリ。今やお前は、名実ともに"魔人"だ」
ゴブリン混じりの矮躯は見違えた。
ずんぐりと見苦しかった筋肉の盛り上がりは、均整の取れた長身に――でけぇなこいつ、俺も身長180cmはあったはずなんだが、同じぐらいの背丈まで一気に成長してやがる。
手足もゴブリン時代の醜さが削げ落ち、しなやかで、長身同様にすらりと長い。
浅黒かった肌も、ごわごわした無駄な野生の毛も抜け落ち、魔人の一タイプであるコーヒー色の美しい褐色肌に変化していた。
ハゲ散らかしていたゴブリン頭も、光沢のあるやや黄色みのある白髪に生え変わっており、とてもとても、つい数日前までは"半ゴブリン"の肉体に押し込められていた者だとは逆に誰も信じないだろうよ。
……てぇか、全く印象が変わったなぁ、お前。
モデル体型である。とんでもないモデル体型である、この男。
そのまま黒のロングコートでも着せて、白系の大きめのスカーフでも首の周りに巻いたなら、アラブ系IKEMENとして「前の世界」の高級服雑誌の表紙を飾っていてもおかしくない。
碧色の瞳に、整った鼻梁。面長で彫りも深い――【魔界】における美醜の基準で言えば、【魔人】に転生させられた俺の感覚から言っても、こいつは優秀だと直感できるほどの男前さであった。
「見事、アヒルから"白鳥"になったわけだ。もはや、お前を"半ゴブリン"だなんて馬鹿にする奴はいるわけがない――それは、他でもないお前自身を含めて、のことだぞ?」
ル・ベリは俺の言葉に返事を返さない。
奴隷蟲に掘削と凝固液を駆使して作成させた、全身用の「水面鏡」に映る己の姿を見て、微動だにせず硬直していた。
半ゴブリン時代に常に浮かべていた"苦虫を噛み潰したような顔"ですら、今は純粋なる、まるで子供のような驚きの表情そのものだった。
「感動しすぎて、声も出ないってか――だがな、ル・ベリよ。まだまだ、ここからが本番だぞ?」
【情報閲覧】を発動しステータスを確認する。
ほう! ゴブリン因子を取り除いた影響はこうなるのか。
【基本情報】
名称:ル・ベリ
種族:魔人(半異系統)
職業:<未設定>
位階:19〈技能点:残り24点〉
HP:225/225
MP:205/205
種族名が変化していた。
名実ともに魔人は魔人となったが――かなり特殊な流れで"魔人"となった影響か。
「半異系統」という亜種的存在になっていることがうかがえる。
だが、変化は変化だ。HPとMPは種族転生を反映して、だいぶ【魔人】である俺に近づいた。MPの増加が控えめなのは、投入した因子が【伸縮筋】とかいう魔法系以外のものだったからだろうか?
ともあれ、俺としても是非とも確認したかったスキルテーブルは、こんな感じになった。
ははは、こやつめ。
心配した通り【殺戮衝動:ゴブリン】がランク上昇しますねぇ!
事前に心の準備をしておいて良かったぜ、全く。
まぁ、気を取り直そう。
スキルテーブルからゴブリン成分が除かれ、ほぼ俺の【魔人族】と同様のものとなっている。
だが、一部の種族技能がわずかに下位互換状態となっているな――その代わりと言ってはなんだが、どう見ても因子【伸縮筋】が原因としか思えない、ちょっと面白い技能が加わっているが。
……うむ、エイリアンだったら容赦なくひっ捕まえて手足をぐりぐり動かしてみるところだが、相手は眷属ではなく配下だからな、今は我慢今は我慢。
それから、【半ゴブリン】時代に獲得された、ゴブリン由来の種族技能が『継承技能』として残存してしまっている。それと「職業」が『未設定』となったことについても同じ処理がされており、旧『獣調教師』の諸技能が継承技能テーブルに移っていた。
これは――2つの意味で予想外だったな。
1つ目は、ゴブリン成分を完全に消しきれたと思ったら消せていなかったところだ……だがまぁ、これはもう「技能」と生物学的な意味でのゴブリン成分は別物、と割り切るしかないだろう。
2つ目は、エイリアン進化のようにスキルテーブルの変更が「振り済点の振り戻し」に繋がらなかったこと、だ。俺の眷属であるエイリアン達は、進化させて姿形が変わった時、古い姿の時の『系統技能』はほぼリセットされる。
それと同じことがル・ベリで起きるんじゃないかと考えていたのだが――そう上手くはいかないようだ。
……まぁ、それもそうなのかもしれない。
因子の注入によって、形態も機能も能力も全然変貌してしまうのが前提なエイリアンの方が、むしろ特殊な挙動と考えるのが自然だろうからなぁ。
んで、だ。
「未設定」となったル・ベリの職業。
ステータス画面へ触れると、アルファへ称号授与した時と同じような選択ウィンドウが表示された。
<選択可能職業>
・獣訓練士
・軽業師
・奴隷監督
・樹海農学者
おや?
確か「半ゴブリン」の時には2つしか選択肢が無かったのが――増えているな!
……なるほどねぇ。
とすると「世界のルール」的な意味では、種族だとか能力だとか経験だとか、いろいろな要因が組み合わさって選択可能職業候補が増えたり減ったり変化する、という仕組みになっている可能性が高いな。
『軽業師』なんて、どう考えても【伸縮筋】によって獲得した【柔軟なる四肢】によって選択可能になったようにしか見えねぇし。
そして、ランクMAXの【情報閲覧】によって、それぞれの職業のスキルテーブルも確認することができた。
【獣訓練士】は見たところ「獣調教師」の上位ではあるが、やはり鳥獣使役に偏っている点は根本的に変わっていないため、以前の考察通り選択肢からは即脱落。
【軽業師】はスキルテーブルをざっと見たところ、お前は回避盾かというぐらい徹底的に本人の運動性能を増強する戦闘向けの職業。
【樹海農学者】は逆に農耕・牧畜系の各種行動へボーナスを与える技能が揃い、森林での探索活動にも有用そうだが、戦闘系の技能も防御系の技能も無い。
【奴隷監督】はちょっと癖が強いが、戦力増強となりまた内政に使えなくもないスキルが揃っている感じだ。ただ、今後彼に与える役割を考えれば、結構"はまり役"かもしれないがな。
ふうううむ。
技能点を十分に取得できるあてさえあるならば、まずは「農学者」にして、最果て島を実験農場・牧場化したいのだが――俺と違ってル・ベリには【経験点倍化】が無いからな。どうしても成長には時間がかかってしまうだろう。
確かに【眷属強化】系統の技能で、俺の眷属となる前の彼の人生よりは技能点をずいぶん得やすくはなっているはずだが、それでも、欲張って3つの職業のおいしいところを取りきれるかどうかは、ちょっとわからない。
結局のところ、この生存競争が激しい世界では、最高速度ではなくて加速度が重要なのだ。育ちきったら最強だとか、大器晩成、だなんてのはまやかしだ。
育つ前に死んでしまう、殺されてしまう――それが肉体か心かの違いでしかない。
「この世界」でも「あの世界」でも、それが俺の学んだ真理だ……っと、どうでもいいことを思い出しかけたな。
ともあれ、そうならないためには、今与えられた資源の中で、先のことを過度に考えすぎずにbetterな選択肢を選ぶのが無難ではある――時には賭けに出ることも大事だが、ル・ベリに関しては、それは今ではないだろう。既に一度、大きな賭けに勝った直後なのだからな。
だから【嘲笑と調教の女王】とのシナジーを考えて、ここは【奴隷監督】にする。
農場・牧場の建設と運営にはこちらの技能でも補正がかかるし、ル・ベリ自身が元々この島の動植物に詳しいからな。
【奴隷監督】の"おいしいスキル"を取った後は技能点を溜めておいて、改めて「転職」できるかどうか確認してみたいところである。
ともあれ、今回は【奴隷監督】よりも優先すべき"点振り"があるため、スキルテーブルの紹介はまた別の機会に。
――ただし。
【鞭術:中位】にだけは、1点振っておく。どうしてかって?
これも実験さ。理由は、因子【伸縮筋】を選んだのと同じ、と言っておこう。
「さぁ、ル・ベリ。お前に"魔人"としての証を与えてやろう!」
ル・ベリの種族技能【柔軟なる四肢】を一気にランクMAXまで点振りする。
そして間髪入れずに【第一の異形】へ9点振り、同じくランクMAXにする。
――さぁ!
どうなるか!?
俺の見ている目の前で、ル・ベリが体を震わせはじめる。
両手で自分自身を押さえるようにうずくまり……"変化"が現れる。
それが「迷宮システム」的現象なのか、あるいは「魔界システム」的現象なのかまではわからないが――ル・ベリを取り巻くように、魔素と命素が渦巻く微かな気配も感じられた。
だが、それも長くは続かない。
"変化"はすぐに顕現した。
ル・ベリの腰と背中の辺りの皮膚が、ごもごもと、まるで内側で大蛇が暴れているかのように肉が蠢き始めたのである。
直後、皮膚を突き破って出てきたのは、赤い血液をぬらりとまとう、黒ずんだ四本の太い触手だった。
よし、狙い通り!
ル・ベリが肩を激しく揺らして息をする前で、俺はガッツポーズをする。
【因子:伸縮筋】に職業技能【鞭術:中位】と【柔軟なる四肢】。
ここまでお膳立てをしたわけだが、無事に狙った【異形:四肢触手】が得られた。
「ル・ベリ。自分の姿を見てみろ」
先ほどまでの微動だにしない呆けた様子は、全身を襲った痛みと変異によって解けたようだ。我に返ったような顔で、ル・ベリは俺の命に従うことを優先して、ぎこちないながらも身体を起こす。
背中と腰から生えた、計4本の太い触手。
一本一本が俺の身長ほどの長さを誇り、ボアファントの長鼻を思わせるような張力と弾力に富んだ見た目をしている。新しい体の制御にまだ慣れていないのか、びくんびくんと奇妙に震えでたらめに動く触手だが……これに【鞭術】と【柔軟なる四肢】の効果が乗れば、直接戦闘力としてもなかなか期待できるものとなるだろうよ。
「――御方様。私は……」
ル・ベリは水面鏡に映った己の姿を凝視しながら、再び硬直していた。
「それがお前の忠誠への俺からの褒美、そして運命に打ち勝ったことへの祝福だ。どうだ? お前の中の"ゴブリン"は完全に浄化した。これで、名実ともにお前は母親の――【魔人】の血を引く者だとも」
俺の言葉がキッカケとなったのか、そうでないのか。
ル・ベリが、わなわなと震える手で、その長い指で自身の頬を撫でた。
そして両手で自身の顔を押さえながら、水面すれすれまでに鏡に顔を近づける。
そして、ぽつりと呟いたのだ。
「母様」
水面に映る自身の顔へ手を伸ばし、触れようとして手を引っ込め、改めて自身の顔を、目・鼻・耳・口などなどと造形の一つ一つを確認するように、丹念になぞっていく姿はどこか哀愁を感じさせるものであった。
「……リーデロット母様」
――ふうん。
彼の母がどんな最期を遂げたのか、そもそもなんでゴブリンの仔なんぞ孕まされるようなことになったのか。その悲哀や経緯を俺は知らないから、あまり知った風な口はきけないが。
あぁ、そうか、ル・ベリ。
お前は、自分の存在はゴブリンに犯された母にとっての不幸であった、と思っているんだな?
だというのに、母親に正しく愛されてきた、その思い出も残っている。
はて、さて。何が真実だろうな?
その、おそらくはリーデロット母さんとやらに瓜二つの姿になったらしい事実は――お前にとっては、救いかな?
再度、ル・ベリに声をかける。
ようやく我に返ったのか、慌てて俺に向き直り、優美な所作で片膝をついた。
4本の触手も地面に垂れ下げている――ほう、もう扱いに慣れたのかな、早いな。
「偉大なる御方様のご慈悲に、無限の感謝と無尽の忠誠を。ゴブリンに身をやつしていた我が身を見出されたのみならず、このように……このように、【魔人】としての力まで目覚めさせていただけるとは」
亡き母の教育の賜物か、はたまたモデル体型なIKEMEN補正か。
【魔人】となった今、彼の所作には確かな気品さが宿っていた。
ゴブリンの貧弱な舌ったらずさも消え失せ、流暢に言葉を話すことができるようになっている――そう。ゴブリンは何故か【魔人】と同じ言語を喋っているのだが――おっと、思考が逸れた。
「今後とも更なる忠勤を果たせよ、それに応じて、主たるこの俺からは名誉と祝福と褒美をくれてやるとも――ル・ベリ、お前を正式に俺の【農務卿】に任命する」
「我が全存在を賭けて、御方様の望みを叶える所存です。失礼ですが、改めてお伺いしても? 何を育てましょうや?」
応えるル・ベリの口元に、抑えきれぬ邪悪な笑みが浮かんでいた。
うん、聡いお前ならわかっているよね。
俺も口の端を思いっきり歪めて笑みの表情を作る。
「ボアファントを始めとした、お前が有用だと思う鳥獣の類だな。あとは――」
「劣等生物、ですね?」
「もちろん、その通り」
農場や牧場を作ると言っても、重労働が必要な面も多く簡単な話ではない。
その際に、使い潰すことが前提の労働力はいくらあっても足りない。そのために補助労働力としてゴブリン達を活用する、というのも『保護』の理由の一つであるが――まさに、【奴隷監督】はそういうことに長けているのである。
***
ル・ベリを再び外に派遣した後、俺はしばし【進化臓】で"種族因子"周りについて検証を進めた。
で、結論から言えば――単一の"種族因子"を揃えた純血種的な種族は、因子の置き換えができない、ということであった。
例の【進化臓】の拡張端末画面には『※種族因子の置換は不可能』とかいう表示。
つまり『跳ね山羊』と『迷彩鹿』を混ぜたキメラを作成する、てのは無理だった。
あるいは発想を変えて、操作因子を全て例えば【猛毒】で置き換えてみようとしたが、やはり『ゴブリン』だとか『跳ね山羊』だとかいった"種族因子"は置き換え不可能――これは当然か。
"種族因子"をすべて無くすような操作はできないってことなんだろう。全部【猛毒】因子とかどんな生物だよ。ウイルスとか通り越して「生物」であるかすらも危ういわな。
でまぁ、ル・ベリのような"種族因子"が2つ入り混じった構成においてのみ、この「因子置き換え」は成功したに過ぎないわけである。
何か、新たな因子を獲得できるようになる、という話にはならなさそうだな。
そうだねぇ……今後、新たにハーフ的生物だか、何らかの理由で「種族が入り混じった」キメラ的生物が手に入れば、もう少し実験もできるかもしれないな。
『御方様――ならば、大陸進出の暁には、魔人どもを攫ってゴブリンに孕ませれば良いのでは?』
『お前、自分もその魔人になれたってのに、とんでもないこと言い出しやがるな』
『御方様と比べれば、如何な魔人とて等しく野生動物に過ぎません。この私から見れば――』
徹底してんなぁ、こいつ。やはり生い立ちが特殊だとこうなるのかな?
まぁ、これはこれで面白いから矯正するつもりは無いが。
さて。
次は、女王蟻的エイリアン生産から一旦息抜きに、俺の迷宮の拡張・整備状況をチェックして回ろうと思う。
さんざ引っ張ってきたが――なんとか形になってきたからな。




