26. 公爵家の宝石
「つまりは、どちらが本物か偽物なのかも分かるし、ついでに正当な後継者もその宝石が教えてくれる」
「なっ!?」
アレクの説明に叔父が驚愕の表情を見せる。
「そ、そんなの知らんぞ! 聞いたことがない!!」
「それはそうだろう。これは当主の間だけで伝わる話なのだから、あくまでも繋ぎの公爵代理であるあなたには関係ない話だ」
「ぐっ……!」
叔父がアレクに言い負かされて悔しそうな表情で押し黙る。
きっと今頃、内心では大焦りのはず。
まさか、本物と偽物がこの場ですぐに分かるなんて思っていなかったに違いない。
証明なんて出来ないと思って、最後まで自分たちこそが本物だと言い張り押し進めるつもりだったのでしょうね。
でも……
「あまり公にしたい話ではなかったけれど、こうなったら仕方ない。この場にいる者たちに証人になってもらわないといけないからね」
アレクがため息と共にそう言ったけれど、実は私も内心では困っていた。
(待って…………その方法とやらは私だって知らないんですけど!?)
アレクは王族だし、ここまではっきり言っているのだからきっと色々知っている。
でも、私はお父様から何も引き継がなかったせいで、アレクから聞いた話以外は何も知らない。
(大丈夫……なのかな?)
「ローラ、大丈夫?」
「!」
アレクは私の心を読むのに長けているので、私の不安になった気持ちが伝わったようで優しく私の頭を撫でくれた。
「……大丈夫……です!」
(そうよ! …………私はアレクを信じるわ!)
「だって、サスビリティ公爵家の正当な後継者は私だもの!」
「ローラ……」
小さく笑ったアレクが私の腰に腕を伸ばす。
そのまま軽く抱き寄せると私の耳元で囁く。
「やっぱりローラはローラだね。僕の大好きなローラだ」
「アレ……ク」
私の顔が赤くなる。
(ずるい……耳元が擽ったいわ)
でも、やっぱりアレクがいてくれるなら大丈夫───私は微笑む。
そして目が合った私たちはしっかりと頷き合った。
────
「それじゃ、ローラ。ブローチをこちらに渡してくれる?」
「は、はい……」
アレクにそう言われて私はそっとブローチを外して彼に手渡した。
そして、アレクはドリーが着けていた偽物のネックレスと一緒に並べる。
「ま、待て! ほ、本当にやるのか!?」
そこで、顔色を悪くした叔父が待ったをかける。
「当然だ。だって、ネックレスが本物のなのだろう? ちゃんとそれを証明してもらわないとね」
「……ぐっ」
「あぁ、それとも邪魔をするということは、ネックレスが偽物だと認め──」
「わ、我々の持って来たネックレスこそが本物だ!!」
アレクに乗せられた叔父はムキになって大声で答えていた。
これでもう後には引けない。
「そうか。では続けよう」
「……ぐっ」
アレクのその言葉で私は並んで置かれたブローチとネックレスに視線を移す。
「……」
(こうして宝石だけ見ると私にはさっぱり違いが分からないわ)
どちらも同じ翡翠色の宝石。
叔父はかなり本物そっくりの宝石を用意したらしい。
「ふんっ! それでいったいどうやって違いが分かると言うんだ! まさか、宝石が喋るわけでもあるまい?」
「ははは、さすがに喋らないけれど答えは宝石が教えてくれるよ」
「……は?」
叔父の馬鹿にしたような発言をサラッと流したアレクは、ブローチとネックレスのそれぞれをを手に取った。
そして、無言のまましばらく手の中で握った後そっとそれを元に戻す。
(今のは……?)
アレクはどこか意味深に微笑みながら言った。
「不思議なんだけどね。サスビリティ公爵家に伝わるこの宝石は、王家の者と公爵家の後継者の者がそれぞれ触れると反応を示すそうなんだ」
「は? 反応?」
叔父がよく分からんという顔をした。
ドリーも似たような顔をしている。
えっと、つまり───
私は考えながら口を開く。
「……要するに、今、王族であるアレクが宝石に触れたから、あとはサスビリティ公爵家の正当な後継者が同じことをすれば宝石から何かしらの反応が出るということ?」
「そういうことだよ」
私の言葉にアレクは微笑みながら頷く。
(なるほど……)
私という存在がアレクの病気の力になれるのと同じように、ここでも王家と公爵家は不思議な縁で繋がっているというわけね?
納得した私は内心で大きく頷く。
しかし、またしても叔父がバカにしたように笑いだした。
「はっはっはっ、殿下。失礼だが気は確かか? 人が触れただけで反応が出る? そんなことが起こるわけないだろう?」
「いいや、起こりうることだから言っている」
「……」
叔父は悔しそうに押し黙るとアレクを睨む。
アレクはクスッと笑いながら言った。
「あなただって元々は、サスビリティ公爵家の一員だったはずなのに。でも、ここまで先々代から何一つ知らされていないとは……」
「~~~っっ!!」
お前は当主になれる器ではない───アレクのそんな嫌味に叔父の顔が怒りで真っ赤になった。
一方のアレクは涼しい顔をしたまま言ってのける。
「この宝石がちゃんと教えてくれるよ。二人の令嬢のうち……どちらが本物のドロレス・サスビリティ公爵令嬢なのか、ね」
「……っっ」
今にもふざけるなと怒鳴り出しそうな叔父に向かってアレクが言った。
「そうだな……まずは公爵代理。あなたが触ってみては?」
「は?」
「後々、何か仕掛けがあったのでは? などと騒がれても困るからね。思う存分触ってみて何の仕掛けもないことを確かめるといい」
「……」
叔父がハッとした顔でアレクを見る。
「ああ、間違っても壊そうなんて思わないように。と言ってもその宝石の価値はあなたが一番よく知っているか」
「……!」
むっとした様子の叔父がブローチとネックレスの二つの宝石に触れる。
その様子を会場にいる人たちはただ静かに見守っていた。
皆、この展開に興味津々といった様子なんだと思う。
ちなみに、宝石は叔父が触っても何の反応も示さなかった。
「…………チッ」
叔父の舌打ちが聞こえた。
あわよくば何か反応があるのでは……そう期待していたのかもしれない。
「では、次に五年もの間ドロレスの名を騙っていた偽者令嬢、君からどうぞ」
「に! 偽者令嬢ですって!?」
偽者と呼ばれたドリーが怒り出すけれど、アレクは全く意に介さない。
「酷いわ、殿下! わ、私が本物だってずっと言っているのに……!」
「ははは、すごい自信だ。そこまで言うなら、宝石は君に反応するはずだよ?
だから、お先にどうぞ」
アレクがにっこり笑顔で促す。
「お、お父様……」
ドリーは不安そうに叔父の顔を見る。
「大丈夫だ。触ってみたが変な仕掛けはなかった。きっと本物のお前になら何かしらの反応が起こるはずだ!」
「え、ええ……そう、よね?」
覚悟を決めたドリーは叔父の言葉でおそるおそる宝石に触れた。
「…………! そ、そんな! なんで!?」
しかし、宝石はブローチもネックレスのどちらも何の反応も示すことはなく、静かなまま。
うんともすんとも言わない。
焦ったドリーは縋るようにして叔父に助けを求めた。
「お、お父様……! ど、どうしたら……!?」
「い、いや! まだだ! そこの偽者の女が残っている。その女にも反応を示さない可能性だってまだあるはずだ!」
(何て調子のいい事を……)
叔父はドリーが触れても反応を示さなかったことで、アレクの言っていることをはったりだと決めつける方向にしたらしい。
アレクがため息を吐きながら言う。
「本当に往生際の悪い人だな。まあ、いい。最後はローラ……いや、ドロレス嬢。君の番だよ」
「……はい」
アレクに呼ばれてブローチとネックレスの元に近付いた私は黙ってその二つを見つめる。
(よく分からないけれど、きっと私が触れると本当に反応を示す……のよね?)
それはどんな反応なのかしら?
誰の目から見ても分かるような反応……?
そう思った時、ふと思い出す。
前に少しブローチが光ったことがあった。
……あの時はこの人たちから奪われたモノを全てを取り返す……と私が決意をした時だった。
「……」
ならば、この宝石は私の強い気持ちにより反応するのかもしれない。
それならば……
(お願い。私こそが本物のドロレスよ。そしてサスビリティ公爵家の正当な後継者なのだと皆に分からせて!)
そう強く思って、ブローチに手を伸ばす。
そして私がブローチに触れた瞬間……
「え……眩しっ!?」
ブローチの宝石が眩い光を放ちながらキラキラと輝きだした。




