24. 断罪が始まる(偽ドロレス視点)
(……は?)
私は言われている言葉の意味が分からず呆然とする。
そうよ、よくよく思い返せば今日は最初から意味が分からなかったわ。
──────……
ようやく、ようやく! これまで手紙を送っても全く反応の無かった婚約者の王子から手紙が来た。
ドロレス・サスビリティ公爵令嬢をエスコートして皆の前できちんと婚約を披露してくれる、そんな内容だった。
(やったわーーーー!)
ドロレスの社交界デビューの日としてこんなに最高な事はないわ。
愚図女の乗っ取りを開始してからここまで長かったけれど……ようやくこの日が来た。
無能な使用人共のせいで、邸はどんどん落ちぶれていっているけれど、我が家はお金だけはあるもの。
だから、今日はこれでもかと言いたくなるくらいのとびっきり豪勢なドレスを用意させた。
だって“私”は、この国の王子───アレクサンドル殿下の婚約者!
王子様に相応しい格好をしなくてはね。
(ふふふ、今日を境に私は誰からも羨望の眼差しを送られる存在となるのよ!!)
私はそう信じて疑わなかった。
それなのに────……
「ね、お父様……何故、迎えが来ないの?」
「……」
「ねぇ、あなた、これはどういう事なの!?」
支度を終えたお父様とお母様、そして私たちは屋敷で呆然としていた。
「お父様! 殿下は私をエスコートする、と手紙に書いてあるんでしょう!?」
「あ、ああ。ドロレスをエスコートする……確かにそう書いてある」
「なら、どうして迎えに来ないのよ!?」
どんなに待っても待っても待っても迎えが来る様子がない。
私はお父様に詰め寄るけれど、お父様も首を横に振って分からない……と言うばかり。
役に立たない父親だわ!
「……あなた! これ以上ここで待っていても大遅刻するだけよ?」
「!」
お母様の言葉にハッとする。
遅刻ですって?
王子の婚約者であるこの私が? そんなの有り得ない!!
「そ、それは嫌よ! 大恥かいちゃうじゃない!」
「くっ……殿下も忙しい身だ。何かあったのかもしれん。とりあえず会場に向かってみよう」
「なんでよーー……」
お父様のその言葉で私達は仕方なく自力で会場へと向かうことになった。
唯一辞めずに残っている使用人の家令に、万が一殿下が迎えに来た時の伝言を頼んでから乗り込んだ馬車の中で私は不貞腐れる。
(なんなのよ? 屈辱的だわ)
「遅刻寸前じゃないの。お父様」
「仕方ないだろう! 馬車はあっても御者が居なかったんだ!」
「あなた。この馬車、乗り心地も最低だわ」
お母様も不満そう。
完全に同意。
「う、うるさい! つべこべ言うな!! 仕方がないだろう!」
お父様が真っ赤になって怒る。
金にものを言わせて急遽雇った御者付きの馬車は、公爵家の馬車とは比べ物にならないくらい狭いし運転も荒い。
(最悪よ……なんて始まりなの)
今日は私の人生最高のスタートとなるはずが、最低なスタートとなっていた。
(そんな目で見るんじゃないわよっ!)
会場に着くと、エスコート役のいない私は奇異な目で見られた。
最初は悔しかったけれど、“ドロレス”の名を聞いて一気に周囲の目の色が変わったので、私はほくそ笑む。
「あなたが、サスビリティ公爵令嬢!」
「久しぶりに姿を見ました。美しく成長されましたね」
「デビュー、おめでとうございます」
(ふふん、皆、分かりやすいわね~これよこれ~)
私はこれを待っていたのよ!
急な手のひら返しはイラッともするけれど、皆からの羨ましいという眼差しを受けて私は溜飲が下がった。
「ところで? ドロレス様。アレクサンドル殿下は? ご一緒ではないのですか?」
「……っ!」
私をチヤホヤしてくれていた輪の中にいた一人が不思議そうに訊ねて来て、なんて答えようかと考えた時だった。
会場の入口が突然、騒がしくなる。
「あ! あの方は……」
「追に……現れた!」
そんな声と共に会場に現れた男性───
本能で分かった。
(アレクサンドル殿下だわ! 私の婚約者!!)
何故かエスコートするという約束を反故にした最低な婚約者。
それでも、彼は王子だからきっと不測の何かがあったに違いない。
(それより、顔よ顔!)
どんな顔をしているわけ?
いくら王子でも不細工だったら許さな──
「───っ!!」
私は息を呑む。
初めて見たアレクサンドル殿下は、私の想像を超えてとても格好良い人だった。
(この方が私の夫になるのね! 最高!)
だけど、盛大に胸をときめかせた私だったけれど、殿下の隣に女がいることに気付いた。
(は? あの女……誰?)
婚約者の私はここにいるのに。
いったい殿下は誰をエスコートしてるわけ?
当然、周りもあれ? となる。
その時、アレクサンドル殿下がチラッと私を見るなり突然、声を張り上げた。
「ドロレス・サスビリティ公爵令嬢! 今日この日を持って君との長年結ばれていたこの婚約は破棄させてもらう!」
───と。
──────……
何を言われているのか、さっぱり分からなかった。
───婚約破棄ですって!?
(有り得ない!)
王家からの熱い熱い要望で婚約者になっているはずの私に向かって婚約破棄?
驚いて固まる私に向かって、殿下は更に続けて言う。
「ドロレス・サスビリティ公爵令嬢! 私の“大事な女性”を長年、虐げ傷付けて来たその罪は重い! 私は君を絶対に許さない!」
(はぁぁぁぁ!? なんのことよ??)
誰か別の人に向かって言っている話なのかとも思ったけれど、殿下の目線は間違いなく私に向いていた。
殿下のその宣言を受けて、さっきまで私を取り囲んでチヤホヤしてくれていた人達が一人、また一人……と私から距離を取り気まずそうな顔をして離れて行く。
(こいつら……!)
そして、当然のことながら決して穏やかではない王子の発言に会場も騒がしくなる。
──殿下の大事な女性……?
──虐げて傷付けて来た?
──誰の事だ?
(本当よ! いったい誰の何の話よ!?)
意味が全く分からない。
大事な女性って何?
そこでハッと気付く。
まさか───その隣にいる女性のこと?
アレクサンドル殿下はずっと浮気していたの!?
「……っ」
私はアレクサンドル殿下と共に入場して来た女の顔を見てやろうと思った。
けれど、何故かその女はヴェールを被っていて顔が全然見えない。
(何で顔を隠しているのよ! どんだけそこの女は不細工なのよ!!)
人前で晒せないくらいに酷い顔なんじゃ?
それなら、断然私の方が美しいはずよ!
だって今日のドレスも、こーーんなに豪華なんだから!
「聞いているのか!? ドロレス・サスビリティ公爵令嬢!」
「──……っ」
おかしい。
やっぱり殿下が冷たい声を私に向けている。
だんだん腹が立ってきた。
(───何よ! 浮気者王子のくせに!)
言葉として発さなかったけれど、そんな気持ちで私が睨み返してみたら殿下が鼻で笑った。
「あぁ、失礼。君の本当の名は違ったそうだな。この大嘘つきめ!」
「!」
──本当の名?
──嘘つき……?
──どういう事だ……??
(お、大嘘つきですって!?)
殿下の言葉に会場内もますます騒然となる。
焦った私はお父様とお母様の方をチラッと見ると二人とも顔面蒼白のまま固まっていた。
おそらく二人もこの展開についていけていない。
(どうして? どうしてなのよ。何で私が嘘つき呼ばわりされているの?)
本当の名前……って、何でバレたの?
おかしいでしょう? そんなのバレるはずないのに!
「不思議そうな顔をしているな」
「と、当然ですわ、殿下。冗談にしてはどうかと思います……わ」
ようやく、私の口が動いてくれた。
だけど、内心は焦りとパニック状態。
背中には冷たい汗が流れまくっているわよ!
「ははは! 何故、僕がこんな場で冗談を言うと思う?」
「だって、私には心当たりがありませ……」
アレクサンドル殿下は私を冷たい目で睨み、私の言葉を遮りながら言った。
「へぇ? 心当たりがない……と? それは、これを見てもそう言えるのか?」
「え?」
そう言ってアレクサンドル殿下は、隣にいた謎の女のヴェールをそっと取った。




