23. 断罪が始まる
早いもので、私が王宮に身を移してからあっという間に月日が流れた。
今夜はいよいよ“ドロレス・サスビリティ公爵令嬢”の社交界デビューの日。
これまで人前に現れなかった、アレクサンドル殿下が参加すると世間では大きく騒がれ、また、自身の“婚約披露”も行うと宣言したので注目度はかなり高まった。
(前の時もそうだった。やっぱり世間はついに……と思っているわね)
未来は確実に変わったけれど迎えた“日付”は過去と同じ。
今日は、前の私があの人たちに用済みとして殺された日────……
「……ん」
「おはよう、ローラ。今日も可愛いね」
「…………ア、レク?」
アレクがベッドの中で朝から私をギュッと後ろから抱きしめて、髪にキスをしている。
初めての夜這いされた日から、アレクは本当に夜は私の元を訪ねるようになった。
そして、ただ一緒に寝る。
(その辺のけじめはしっかりしているのよね……)
なんと一緒に寝るようになってから、あんなに寝起きの悪かったアレクの方が先に目覚めるという珍事が頻繁に起こっていて、むしろ、最近は“今日”が近付くことで私の方が目覚めが悪くなっていた気がする。
アレク曰く“ローラの寝顔はずっと見ていたいし、寝起きの様子は最高に可愛いから絶対に見たい!”という事らしいけれど。
そんな欲望の前では寝起きすらも良くなってしまうアレクに私は驚かずにはいられない。
「そう。僕だよ、ローラ」
「…………んっ」
寝ぼけた目でアレクを見つめると、彼はとても愛おしそうな目で私を見ている(気がした)
そして、うっとりとした顔と声で言う。
「毎日毎晩、可愛いローラが僕の腕の中で眠り……目覚めて真っ先に飛び込んで来るのがローラの可愛い寝顔……幸せだ……最高に幸せ」
(それはその気持ち……分かる、わ)
「わ……私も幸せ、ですよ?」
「ローラ!!」
私がそう伝えると、アレクはとても嬉しそうに笑って、朝のお決まりのキスが始まる。
「……んん、あ、アレク……待って! 今日はそこに跡は付けないで……!」
「ん? そこ?」
アレクのキスが首筋に向かったのが分かり、私は慌てて止める。
「だって、今日は…………パーティーでしょう?」
「……ごめん。そうだった。ドレスでは隠せないのか……」
キスを中断したアレクが私を起こしながら、そっと抱きしめて耳元で囁く。
その声は甘さが消え真剣そのもの。
「──ローラ。今日で決着をつけるよ」
「!」
そう口にしたアレクの手が私の頬に触れ、額にキスを落とす。
「長年、君を苦しめ続けたあいつらを追い払って全てを奪い返そう?」
「アレク……?」
「公爵家も君の大事な人たちとの思い出も」
私は頷く。
そうよ、取り返す……
サスビリティ公爵家……私がお父様とお母様と過ごした沢山の思い出を!
「公爵家には手紙を出したからね。きっと彼らは浮かれているはずだ───……みたいに」
「アレク?」
一瞬、アレクの表情がとても険しいものに変わった気がした。あと、最後がよく聞こえなかった。
私が怪訝そうな顔をするとアレクはすぐに笑顔を浮かべた。
(気のせい……?)
「今頃、偽者令嬢はこれでもかと豪勢なドレスを用意して僕からエスコートされる! と、はしゃいでいる頃だろうね」
「想像つきます」
(そういえば───)
死に戻る前の人生のアレクはあの日、偽ドロレスをエスコートしたのよね?
なぜ、アレクサンドル殿下がずっとドロレスと音信不通だったのかは今世でようやく互いに話せて理解したこと。
アレクは今と違って前は本物のドロレスとは一切の交流がなかったままパーティーを迎えている。
そう考えると、アレク……アレクサンドル殿下が “違い”に気づく要素は無かったはず。
だから、まさか自分が偽者をエスコートしていたなんてアレクは夢にも思っていなかったのでしょうね。
(何だか変な感じがするわ)
「……ローラ」
「はい」
「今日を無事に終えたら……ローラの奪われたモノを全て取り返したら……大事な話があるんだ」
「大事な……話、ですか?」
「うん」
そう語るアレクの顔はとても真剣だった。
金の瞳が真っ直ぐ私を見ている。
「君は驚くかもしれない。それと、ちょっぴり怒るかもしれない」
「怒る? 何ですか、それ」
すごく気になるじゃないの。
そんな思いを込めたじとっとした目を向けられたアレクは苦笑しながら私の頭を撫でる。
「どんなことをしても……何があっても僕は君を守るよ、ローラ」
「アレ……ク」
……チュッ
すかさずアレクは私の唇を塞ぐ。
「ローラと生きる未来を必ず手に入れてみせる……!」
「はい! 私も……あなたとこれからを生きたい!」
それぞれの決意を胸に秘めつつ、私たちは朝からたくさん抱きしめ合った。
◇◆◇◆◇◆◇
「ローラ様、お綺麗です」
「……ありがとう」
(まさか、こんなドレスを私が着ることになるなんて)
「殿下がメロメロになるのも納得です! ローラ様が高位貴族の令嬢だと言っても皆、信じちゃいますよ!」
「……ふふ、ありがとう」
思わず笑ってしまう。
王宮に来た日から私に付いてくれているこの侍女とは相変わらず会話が噛み合わない。
何度言い聞かせても理解してくれた様子は見受けられなかった。
「子供の頃からの愛を実らせるなんて素敵ですね! 憧れてしまいます……初恋ですね」
「……子供の頃からの愛? 初恋?」
初めて会った時に言っていた、私がアレクの恩人とかいう話だ。
この侍女はいったい誰との話を誤解しているの?
「またその不思議そうな顔……あの? お二人は子供の頃に会っているんですよね?」
「……え」
「殿下はローラ様がいたからここまで、生きて来れたのだと常々言っていましたけど」
「……」
(どういうこと?)
アレクと私の顔を合わせての出会いは、あの男たちに助けられた時が初めてじゃない……? 違ったの??
子供の頃に会っている?
人前には出なかったアレクサンドル殿下とドロレス……いえ、ローラが?
───ローラ!
何故か、そこでハッと思い出したのは……レックスの顔。
アレクに恋をするまでは度々彼のことを思い出していたけれど、最近はあまり思い出すことが無くなっていたレックス。
(そうだわ……初めてアレクに会った時、レックスと似ていると思った)
でも、髪色も瞳の色も違うから、二人を結び付けて考えることはなかった。
けれど、レックスも病弱だったわ。
それが私と出会った後はいつも元気そうで────……
(────!!)
あの頃のレックスが元気になっていったのって……
まさかまさかという思いが私の中に生まれていく。
レックスは……彼は───
「ローラ!」
「!!」
ちょうどその時、アレクが私の部屋に飛び込んで来た。
そして私の姿を見るとうっとりした表情になる。
「……あぁ、ローラ……綺麗だ」
「ア、アレク……待って?」
アレクは今にもキスをして来そうな勢いで私を見つめて来るので、慌てて止める羽目になる。
「何を待つの?」
「だめ。今日はお化粧……落ちてしまうわ」
「……くっ! 触れたいのに」
アレクはとても悔しそう。欲望に忠実すぎる!
だけど、すぐに思い直したのか表情を引き締めて決意を込めた目で言う。
「今は我慢する。でも、今夜は……」
「……え、 今夜?」
戸惑う私にアレクは言う。
「だって、今日の僕は正式に皆に“婚約者をお披露目”するんだからね」
「アレク……」
「堂々と夜も訪ねられるよ?」
「!」
結局、レックスについての事は聞きそびれたまま、私達はパーティー会場へと向かう事になった。
───
腕を組んでパーティー会場までの廊下を歩きながら私はアレクに訊ねる。
「……アレク。“ドロレス・サスビリティ公爵令嬢”のエスコートはしなくて大丈夫なの?」
すごく今更だけど、何故かアレクは私と会場に向かっている。
手紙ではドロレスのエスコートをするって書いて公爵家に送ったと聞いたのに。
「え? 今、しているよ?」
「…………え!?」
私が目を丸くして驚いて顔を上げるとアレクは微笑んだ。
「ドロレス・サスビリティ公爵令嬢はこの世に一人だろう? だから僕のエスコート相手は間違っていない」
「!」
「僕はあくまでも“サスビリティ公爵家”の邸宛てに“ドロレス嬢”をエスコートしてパーティーで婚約披露をする……という内容の手紙を送っただけだからね」
「……アレク」
アレクは何一つ間違っていないだろう? と言って笑う。
その笑顔はちょっと黒い。
(あぁ、すでに断罪は始まっているのね───?)
あの人たちは迎えに来る様子のない王子様をギリギリまで待ち続けている……
アレクの笑顔は本気で容赦しないと言っていた。
だからこそ私は思う。
待ちぼうけをくらった彼らはどんな思いで会場に来るのかしら───
そして───……
「ドロレス・サスビリティ公爵令嬢! 今日この日を持って君との長年結ばれていたこの婚約は破棄させてもらう!」
今、まさに名指しされたサスビリティ公爵令嬢、ドロレスの社交界デビューでもあり、ようやく待ちに待った王子との婚約披露となるはずだったパーティーの幕開けは、アレクのこんな言葉から始まった。




