21. 甘い癒しの時間と新たな決意
アレクが腕を伸ばして私を抱き寄せる。
「きゃっ!?」
そのまま私はベッドに起き上がったアレクの胸の中に飛び込む形になった。
「だ、だから誤解しないで欲しい!」
「ア、アレク……」
「僕がローラの事を好きになったのは…………ゲホッ」
「アレク!!」
すごく大事な話の所だった気がするけれど、アレクが咳き込んだので私は軽くパニック状態になってしまう。
(発作!? やだ、アレク! 死なないで!?)
「お役目……ク、クォン様! どうすれば私はアレクの発作を癒せるのですか!?」
「「え?」」
パニックに陥った私は何故かクォン様に助けを求めてその方法を訊ねてしまう。
アレクとクォン様の驚いた声が重なった。
「ゲホッ……ロ、ローラ……そ、そこは僕に聞く所なんじゃ……?」
「本当に。何で自分に聞くんでしょうかね?」
その通りなのかもしれないけどパニック状態の私はそれどころではない。
とにかくアレクを助けたい!
その一心のみ。
「あー、ローラ様からキスの一つや二つでもしておけばいいんじゃないでしょうか?」
「!」
(キ、キス!? 恥ずかしい……いえ! アレクの為!!)
クォン様の回答は完全に適当だったのだけど、焦っていた私はそんなことにも気付かずに言われた通りの行動をすしようとアレクの顔をじっと見た。
「ア、アレク!」
「ケホッ……えっと? ローラ……さん?」
「わ、私のキスであなたが元気になるのならいくらでもするわ……! アレク!」
「え! だから、ローラ──……」
チュッ!
何か言いたげな顔をしていたアレクに、私は顔を近付けてそのままそっと自分の唇を重ねる。
(う、上手く出来ているかしら?)
そもそも、キスという行為そのものがアレクとしたのが生まれて初めてのこと。
なので、正解がさっぱり分からない。
「アレク……大好きです、だから、これで少しでもあなたが元気になりますように……」
「……ロー」
(私のキスがアレクを癒せるなら……いくらだってするわ)
必死だった私はそのままチュッチュと何度もアレクにキスをした。
───
「……ローラ」
「っ! アレ、ク? 大丈───」
暫くして、アレクが私の名前を呼んだ。
発作は良くなったのかしら?
そう思いそっと唇を離した所で私の視界がぐるっと変わった。
(…………ん? あれ?)
「ローラ……」
「……え? あれ?」
(どうして、私が倒されてアレクが私の上にいるの……??)
気付けば私の上にアレクがいて、熱っぽい目で私を見つめていた。
「本当に君って子は! …………僕が毎日どれだけ、君に恋焦がれてるかも知らないで……」
「えっと?」
アレクはそのまま私の指に自分の指を絡めて私の動きを封じる。
そして、そのまま美しい顔を近付けるとチュッと唇に軽く触れた。
その後、すぐに唇を離したアレクは言う。
「ローラさん。いいですか? あなたからのキス攻撃で僕の理性は仕事放棄して、遥か彼方へと吹き飛んで行きました」
「……?」
「だから───」
チュッ……
軽く額に触れられた。
チュッ!
次は、頬に触れられる。
(こ、これは……もしかしなくても……迫られている??)
ようやく私がそのことに気付いた時にはアレクの美しい顔が再び近付いて来ている所だった。
「アレ……ク」
「ローラ、大好きだよ」
「……んっ」
理性が遥か彼方へと吹き飛んで行ったというアレクは、私を押し倒したまま、これでもかと言うくらいの愛の言葉を私の耳元で囁いた。
そして何度も何度もあちこちにキスをしながら私を翻弄する。
クォン様が「やっぱりこうなった……」と渋い顔をして苦い味の物を求め始めた頃、ようやく私は気付く。
(クォン様に騙されたわ!)
だって、よくよく考えれば昔はお父様がアレクのことを癒していた……と言っていた。
だから、そのアレクを癒す方法がキスのはずがない!
「……っっ!」
───でも、暴走して突っ走って返り討ちにあってしまったけれど……幸せなの。
好きな人と触れ合うことがこんなにも幸せなことなのだと私は知った。
───
「……ローラの“力”は不思議でね」
「……?」
ようやく落ち着いたのか、アレクが手を離すとゆっくり私を抱き起こしながら語り出す。
「身体のどこに触れなくてもローラが側にいてくれるだけで、僕の身体は不思議と軽くなるんだ」
「……それって」
「ちなみに昔はよく分かっていなかったけど、サスビリティ公爵は、よく手を繋いでくれていたかな。それだけでも充分だったからさ、その、さすがに……」
「!」
アレクが言いたいのは多分、キスのこと。
ほら、やっぱり癒す方法はキスじゃなかった!
私の顔が赤くなると同時に心の中でクォン様に文句を言いたくなる。
「ローラが側にいてくれるだけで充分なんだけど、触れるともっと凄いんだ」
「凄い……ですか?」
「逆に力がみなぎってくる。なのに身体は全然辛くない」
アレクが優しく笑う。
その笑顔に胸がドキッとした。
「!」
「だから、確かにクォンは適当なことを言ったけど、あながちキス間違った方法ではないと思うよ」
「っっ!!」
そう言ってアレクが私の唇を指で撫でたので更に胸がドキドキした。
そのまま小さく笑ったアレクはベッドの上で優しく私を抱きしめる。
「でもね、ローラ」
「はい」
「さっきの話と重なるけど、確かにローラは今、唯一の僕を癒せる特殊な力の持ち主ではあるけれど、僕がローラに触れたいのは身体が楽になるからではないんだ」
「?」
私は、アレクの腕の中で首を傾げる。
「僕はローラの……サスビリティ公爵家の力の事をよく知る前に、君のその優しく明るい真っ直ぐな性格と可愛さに恋をしたから」
「アレク?」
「今も君にたくさん触れるのは……ローラの事が大好きだからだ! 確かに君は僕の身体の癒しでもあるかもしれないけれど、僕の心の癒しでもあるんだから」
そう言ってアレクは私を抱きしめてくれている腕にグッと力を入れる。
「……愛しているよ、ローラ」
「アレク…………私、もです」
そう互いに言い合って見つめ合う私達は、吸い寄せられるように再び唇を重ねていた。
「ローラ……」
「……アレク」
そんな甘い甘い時間はクォン様の声で現実に戻される。
「あー…………お二人共、そろそろ、それくらいにして下さいませんかね? 時間が……」
私たちはお互いハッとして息を呑む。
クォン様の存在を忘れかけていた。
「……そうですね。続きは、夜に主が夜這いでもかけたらどうでしょう? 止めませんので」
「おい! 側近としてはそこは止めるところだろう!?」
アレクが苦い顔で頭を抱えたながら怒鳴る。
でも、クォン様は全く気にしている様子はない。
アレクはため息を一つ吐いてから言った。
「……とりあえず、夜這いの件は置いておくとして……」
(置いておくの?)
ホッとしたような、残念なような……
そんな複雑な気持ちを抱えた私にアレクは言う。
「……えっと、そうだ! ローラ。実はその力こそが、君が“ドロレス・サスビリティ公爵令嬢”であることの一番の証拠なんだよ」
「え? あっ!」
確かに、この力は公爵家の“直系”が引き継ぐと言っていたことを思い出す。
「それと、ローラの持っていた形見だというブローチ」
「え? これですか?」
私はそっとブローチをアレクに見せる。
「そう。それ……実はそのブローチもローラが正当なサスビリティ公爵家の後継者である事を示す証拠になれるはずなんだよ」
「これが?」
そんなに大事な物だったなんて!
前の人生で、叔父様に奪われてしまった事を後悔すると同時に“お母様の形見ではなく私の物”だと言ったあの使用人の言葉の意味はこれだったのね、とようやく理解した。
(私は本当に何も知らなかったんだわ)
「それに、クォンが調べてくれている数々の証拠を揃えれば……彼らは」
「アレク……」
アレクは無茶をしながらも本当に私の為に動いてくれていた。
その気持ちにちゃんと応えたい。
そして、堂々と“サスビリティ公爵家”の人間としてアレクの隣に立ってみせる!
私は改めてそう決意する。
(それに……アレクを治す方法も探したいわ)
アレクがどんな“力”を持っているのかは知らない。
けれど、きっと治すことが出来るのも私だけな気がする!
だから今はたくさんたくさんアレクの側にいる事にしよう。
そう思った私は、自分からギュッとアレクに抱きつく。
「……ロ、ローラ!?」
「よ、夜、夜這いに来てもいいです……よ?」
「え?…………な、なっ!?」
アレクが言葉につまった後、顔が真っ赤になる。
“夜這い”発言でかなり動揺させてしまったみたい。
でも、譲れない。
「……アレクが来ないなら、私が行きますから!」
「ロ、ロロロローラ!?」
「ですから、今夜……お部屋で待っていて下さいね?」
「~~~っ!?」
───未来は確実に変わっている。
絶対に絶対に今度はもう殺されたりなんかしない!!
全てを返してもらって、あの人たちにはこれまでの報いを受けてもらうんだから!
私は改めてそう強く決意した。




