20. 王子様の病気
クォン様が調べて持ってきた情報は私にとって驚くべきものだった。
「知らなかったわ……まさか、あの人たちが勝手に落ちぶれていっていたなんて……」
よくよく考えたらあれだけ傍若無人に振舞っていたのだから、ある意味当然なのかもしれない。
「それに、私があんなにあっさりと抜け出せるくらい、使用人との信頼関係は築かれていなかった……既に兆候は現れていたのね」
あの人たちは今、どんな顔をして過ごしているのかしら……?
ちょっと見てみたかったわ、なんて思う私もなかなか性格が悪いのかもしれない。
(いいえ、巻き戻り前の私はあの人たちに殺されているんだもの! こう考えても悪くなんてないはずよ!)
そう思い直した時だった。
部屋の扉がノックされる。
「あら? 誰かしら?」
アレクとクォン様は公務がある……と行ってしまった。
どこぞの家の令嬢とも名乗れない私だけれど、世話役をつけてくれたのかしらと思った。
「……どちら様ですか?」
王宮内だから平気よね? と、思いつつも不審者だったら、と思って扉を開ける前に一声かけてみた。
「ローラ様! 私です!!」
「その声は……クォン様?」
「開けてください!」
それは先程、別れたはずのクォン様の声だった。
そして、何故かその声はどこか切羽詰まった様子。
「あ……あの? 何かあったのです───」
尋常ではないその声に私が慌てて扉を開けると、そこには青白い顔をしたクォン様が立っていた。
「ローラ様! 主が…………アレクサンドル殿下が倒れました」
(────え? アレク……が?)
その言葉に一瞬、自分の目の前が真っ暗になった。
───
今は眠っていると言うアレクの元へと駆けつけながらクォン様は言う。
「殿下はローラ様と別れた後、公務に向かおうとしたのですが……」
「……」
「急に咳き込んだ後、倒れ込みまして」
「!!」
(そんな!)
アレクはずっと無理をしていた?
どうして私はそれに気付かなかったの??
前に私の前で様子がおかしかった時は熱があったけれど、さっきまでアレクと密着していても彼に熱があったようには思えなかったのに。
「……主は、向こう……宿でローラ様といる時も発作を起こしていましたか?」
「いえ、一度だけです。そこからは私の知る限り、咳き込んだり熱を出している様子はありませんでした」
私が首を振りながら答えると、クォン様が「そうですか……」と呟き何かを考え込む。
私はそんなクォン様を横目に強く心の中で祈る。
(アレク……お願い、無事でいて!)
いったい、アレクは何の病気なの?
医者に診せてもよくならないってどういうこと!?
そんな事を思いながらアレクの寝かされている部屋へと到着した。
「アレク……」
アレクは青白い顔のまま眠っていた。
呆然と彼を見つめる事しか出来ない私にクォン様は言う。
「鎮静剤を打ったそうなので今は眠っているそうです」
「……」
「ローラ様もご存知かもしれませんが、殿下の発作は普通の人の病気とは違うということなので薬も特効薬もありません」
「……」
(つまり、治療法も治療薬もない、ということ)
アレクに近付き、彼が眠っているベッドの傍らに座る。
そして私はそっとアレクの手を握る。
「ローラ様はこの話を殿下からは説明をされましたか?」
「……いえ。詳しくは何も。ただ特殊な病気とだけ」
私は首を横に振って静かに答える。
クォン様は悲しそうに目を伏せる。
「そうですか。では少し補足すると殿下のこの特殊な病気は王族のみ、それも直系の王族に現れるものなのです」
「王族のみ……?」
「はい、我が国の王族の直系は必ず特殊能力のような物を授かるそうです。病気はその力の代償だと言われています」
「代償……!」
私は息を呑む。
「ちなみに、私は殿下の“力”が何かまでは知りません」
特殊能力? のせいだなんてそんなのどうしようもないじゃないの!
と悲しくなる。
「ですが、全ての王族が皆このような様子だったわけではありません。アレクサンドル殿下の力は歴代の中でも最も強いそうで……」
「そんな! アレク……あなたって人は……」
私はギュッと彼の手を握る。
アレクがどんな力を持っていてもいい。とにかく無事に目を覚まして欲しい。
私が願うのはそれだけ。
「ローラ様は“サスビリティ公爵家”のお役目の話をご両親から聞いていませんよね?」
「……お役目……ですか?」
クォン様の言葉に顔を上げる。
我が家の……お役目?
「そんな特殊な“力”を持った王族を唯一癒せるのがサスビリティ公爵家の直系の人間なのです」
「…………え?」
「と言っても、これまで力のせいで倒れた人はアレクサンドル殿下以外にはいないそうなのですが」
そんなの初耳だった。
そこでハッと気付く。
「つまり、私が生まれて間もない頃にアレクの婚約者に選ばれたのは……」
ただただ、公爵令嬢という身分故ではなく……
クォン様は何とも言えない表情を浮かべる。
「本来はサスビリティ公爵家と縁組はしないそうですが、アレクサンドル殿下があまりにも強大な力を持っていたから……だそうです」
「……」
「前公爵……ローラ様のお父上がご存命の頃は、身体の弱いアレクサンドル殿下を癒すそのお役目は閣下が担ってくれておりました」
「お父様が……」
(だからお父様が亡くなった後は、彼を癒す人がいなかったからアレクはずっと苦しんで……?)
婚約者のドロレスと連絡が全く取れなかった理由は……これだ。
「あ! ローラ様。一つ誤解しないで欲しいのですが、アレク様も“サスビリティ公爵家”のお役目を知ったのはかなり後です! そんなことを知らずに幼かった主はローラ様に恋を……」
(───ん? 幼かった?)
クォン様の発言に引っかかりを覚えたその時だった。
「…………随分と、余計なことをペラペラと喋っているね? クォン」
「ひっ!?」
「アレク!!」
青白い顔で眠っていたはずのアレクが目を覚ました。
(顔色……悪くない)
「あ、殿下……すみません……」
「……まぁ、いいよ。近いうちにローラにも話さなくてはいけない事だったから」
そう言いながらアレクはそっと身体を起こす。
起き上がったりして大丈夫なの!? と、ヒヤヒヤするもアレクはいつもの笑顔で微笑んだ。
「大丈夫だよ…………ローラのおかげでね」
「あ……」
その言葉の意味は私がお役目を担っているから───?
「クォンがペラペラと先に話したみたいだけど、僕からも補足させてくれる?」
「え?」
アレクが苦々しい顔をしている。何故……?
そして、アレクはそのまま私の両手をギュッと握りしめながら言った。
「だってさ、このままでは、まるで僕がローラの身体と力目当てで近付いた下衆な男みたいに聞こえるじゃないか!」
「……か、身体目当て……!?」
「ローラ、違うから! 身体目当てなんかじゃない! 僕はローラがローラだから好きなんだ!」
「ア、アレク! えっと……落ち着いて?」
目が覚めたアレクの二度目の告白(?)が始まった。




