18. 反撃の準備を
私はアレクの腕の中で言う。
「アレク……その、あなたにお願いがあるのです」
「うん? ローラからのお願い?」
優しく笑うアレクは、なんでも言って? そう言ってくれている気がする。
私はそっと口を開いた。
「私を助けて……くれませんか?」
「え?」
あの人達に奪われたモノを取り返す──
そう決意はした。
けれど、それはきっと私一人では出来ない。難しい。
こんな何も持たない小娘一人が歯向かっても潰されるか、また殺されるかに決まっている。
「私、あの人たちから奪われた全てを取り返したい!」
「ローラ……」
アレクがそっと私の頭を撫でる。
「さっきも言っただろう? 助けを求めるのは悪いことじゃないって」
「……アレク」
その優しい言葉と仕草に胸がキュンとする。
嬉しくて幸せで涙が出そうになりながら振り返る。
「ローラ。実はね、僕はすでに──…………って!」
「アレク?」
会話の途中なのに何故か突然、アレクの顔が真っ赤になる。
(何!? どうかしたの??)
「ローラ! そ、そそそそそんな可愛い顔で、み、見ないでくれ……」
「え??」
可愛い顔!? 私は何も変わっていないのに!?
「そ、そ、その潤んだ瞳は…………反則だ」
「……え」
「全く、ローラ。無自覚にも程があるよ……………昔からさ」
(…………ん? あれ?)
アレクはまるで何かを誤魔化すように再び、私に顔を近付けるとそっと唇を塞ぐ。
「……ローラ、好きだよ」
「ア……レク……」
何度も繰り返される甘いキスと、甘く優しく紡がれるその言葉に一瞬“あれ?”と思った事はどこかに吹き飛んで行ってしまった。
◇◆◇◆◇◆◇
「え? アレクは既に、調べてくれていた!?」
「うん。勝手に申し訳ないと思ったけれどね。で、これはその一部」
そう言ってアレクは、これまで叔父たちに関して調べてくれていたという資料を少し見せてくれた。
「彼らは正式な手続きの元、ローラ……ドロレスの後見人の立場となって、サスビリティ公爵当主代理を名乗っている。そこには不正などはなく、きちんと認められている」
「……ええ」
それは分かっている。
そこに対して色々な思いはあれども、不自然な点はなく正式に認められている事なので追求は出来ない。
「でも、公爵令嬢“ドロレス”の成り代わりについては別だ」
「……」
「顔がちょっと似ているから、なんて理由で自分の娘を成り代わらせるとか……正気じゃない。ローラを何だと思っているんだ!!」
(アレク……)
アレクは憤りながらも私を抱きしててくれるその腕は優しい。
この温もりがとても心地よいのと、“愛される”ということを久しぶりに感じられて、とてもくすぐったい気持ちになる。
「ローラ」
「はい」
「ドリー・ティナフレール伯爵令嬢が、ドロレス・サスビリティ公爵令嬢に成り代わっている事は公の場で化けの皮を剥がすしかないかなと僕は思っている」
「……公の?」
「ああ。そうすれば自ずと、伯爵……公爵当主代理を名乗っているアイツらも道連れに出来るからね」
スラスラと淀みなく、彼らを追い詰める計画を語っていくアレクの話を聞きながら私は思う。
(アレクは、本当に私の為にあれこれ調べて、叔父たちに罪を突き付ける準備をしてくれていたんだわ……)
そこで、ハッと気付く。
「アレク……」
「どうかした? これまでの所に何か不備があったかな?」
「あ、いえ……そうではなく……」
私は、自分の考えすぎかしら? と思いつつも気になったので訊ねてみる事にした。
「叔父たちが突然、領民の要望で領地に行くことになったのって、もしかして?」
「あぁ、そうだよ。僕が裏から手を回した」
「!」
(やっぱり……!)
「領民からの要望に“王家”からの声も加わったら、どんなに嫌でも顔は見せに行かないといけないよね? まぁ、あいつらは本当に顔だけ見せて帰って来そうだけど」
「……」
そう語るアレクはちょっと悪い顔をしている。
「…………もしかして、私がそのタイミングでサスビリティ公爵家から抜け出すかもと考えていました……?」
私のその質問にもアレクはあっさりと頷いた。
「そうだね。ゴットンとリュリュには話を通しておいたから、街に出てきたローラを最初からここで匿うつもりだったよ」
「!」
「では、アレクがこの宿に泊まっていたのは……」
「もちろん、ローラの為だよ?」
アレクはあっさりとした顔でそんな事を言う。
病弱な王子様が何をやっているの! と言いたい。
でも、その反面、やっぱり嬉しいという気持ちの方が強い。
「数日は様子を窺ってから抜け出すのかと思っていたら、予想していたよりも早くローラは脱走してるし、破落戸の男共に売られそうになっていたのには本当に驚いたよ」
「うっ…………助けてくれてありがとうございます……」
ギュッ……
アレクの私を抱きしめる腕に力が入る。
「でも、そういう所もローラらしい、よね」
「アレク……」
さっきから胸がトクントクンと高鳴って高鳴ってしょうがない。
アレクの取ってきた行動の一つ一つが全部、どう聞いても“私の為”なんだもの。
「アレク、どうしてそこまでしてくれるの……?」
「もちろん、ローラのことが好きだからだよ」
「……好き」
婚約者だから……ではなく“好き”だから。
あれ? でも私達は会ったこと……無いのよね??
それなら何で私、ここまでして貰える程、アレクに好かれているの────……?
そんな疑問が頭の中に浮かぶ。
アレクは優しい声色のまま話を続ける。
疑問は浮かんだもののそのまま続きを聞くことにした。
「それに言っただろう? 僕はこんなだけど金と権力だけはあるんだよって」
「……」
「大事な人をこん…………守る為なら使えるものは何でも使わないとね」
「アレク……」
私が感激しているとアレクがまた、チュッと唇を奪う。
「ローラ……大好きだ」
「…………んっ、アレク……」
再び甘い甘い空気に部屋の中は包まれた。
けれど……甘いキスで蕩けていた私は、アレクの最後の言葉の意味に気付かなかった。
不自然にあった間になんの言葉が込められていたのか。
そして、その言葉に隠された本当の意味も。
───大事な人を“今度こそ”守る為なら使えるものは何でも使わないとね。
“それが、例え自分を犠牲にすることとなっても───”




