閑話 公爵令嬢に成り代わった偽者令嬢
「───どういう事なのよ! ふざけんじゃないわよっ! あなた達、今日までいったい何をしていたわけ!?」
その日、私は使用人の前で怒り狂っていた。
「……っっ!」
「……そ、れは」
「えっと……それが」
オロオロするばかりで、それ以上の言葉を発しようともしない全くもって使えない使用人共を見ていたら更に苛立ってきた。
「……………あなた達っ!!」
「「「ひっ! ドロレスお嬢様! も、申し訳ございませんーーーー」」」
使えない使用人共が揃って頭を下げるけど、私の苛立ちは治まらない。
(なんでよ! ……これはどういう事なのよ……!)
どうして豪遊の後、邸に戻って来たらあの“目障り愚図女”が邸から居なくなっているのよーーーー!?
───
私、ドリーことドロレスは、ルンルン気分だった豪遊を終えて上機嫌で邸に帰って来た。
観光に立ち寄った街の領主にお姫様のようにチヤホヤされて、しつこかった領主の息子のアプローチもどうにかかわして、美味しい物をたくさん食べて、欲しい物をたくさん買って贅沢に過ごしてウキウキで帰って来た。
(ふふふ、あの目障り愚図女には、た~~くさん自慢話をしてやって思いっ切り悔しがらせてやらなくちゃ!)
ドロレスが手にするはずだったモノは、ぜーーーんぶ、ドリーのモノになったのだと更に思い知るといいわ。
想像するだけでニヤニヤ笑いが止まらない。
ああ、最高よ!!
──なのに!
邸に戻ったけど、何故かあの愚図女の姿が見えない。
物置部屋を開けてみたけどいなかった。
あの具図が他にいるところなんてある?
「あの使えない女はどこに行っているの……?」
私は留守番組だった使用人たちにそう訊ねた。
まさかとは思うけれど、外に出るようなお使いに出してるわけじゃないでしょうね?
(それだけは止めて頂戴! お父様に怒られてしまうではないの!)
私はギリっと唇を噛む。
あの愚図女の顔は私とよく似ているから外には出さない! 万が一の事があったら困るからな!
お父様は常にそう言っていた。
だから、あの目障り愚図女は用済みになるまでは邸に閉じ込めておかなければならないそう。
───この“私”が“ドロレス”として社交界デビューを迎えるまでは、ね。
だから、目障り愚図女はさぞ、鬱憤が溜まって悔しい思いをしているに違いないと思っていた。
だから、たーくさん自慢してあげようと思っていたのに!
いないですって!?
「さて?」
「そう言えばここ最近、姿を見ていませんね」
「全く気にもしていませんでした」
(はぁぁぁ? どいつもこいつも何を言ってるの?)
留守番組の使用人たちから返ってきた言葉はまさかのこれ。
つまり、愚図女の行方は誰も知らない。
(ふざけないでよ!)
前々から思っていたけれど、あの愚図だけでなく、この家の使用人たちは全体的に使えない奴らばっかり!
私の意思を読むのが下手すぎるのよ。
“公爵家”の使用人ともなれば有能なのが集まるのではないわけ?
どうして? 前の使用人は全員クビにして新しく揃えたんでしょ??
それでなくても“私”は王子の婚約者なのよ!!
バカにするのもいい加減にして欲しいわよね!
この日はとりあえず、もしかしたらどこかの使用人に何か頼まれて外に出ているだけなのかもしれない。
そう思って待ってみたけど、あの目障りな愚図女は翌日になっても帰って来なかった。
─────
「本当に、逃げやがった!? なぁんにも出来ない愚図のくせに? 何の冗談よ! ふざけるなってのーー!」
ガシャーン
パリーン
(信じられない……あんな愚図に、逃げられた……)
苛立ったので壁に向かって思いっ切り投げつけた花瓶は盛大に割れ、床に叩き落とした食器も粉々になった。
「ひっ! お、お嬢様……」
「ド……ドロレス様」
何やら使用人共が脅えた目で私を見ている。
私は彼らを一瞥して鼻で笑う。
本当にどいつもこいつも情けないわねぇ……こういう虫の居所が悪い私にも毅然とした態度をとってこそ私の使用人でしょう?
(まぁ、いいわ。こいつらは私が殿下の元に嫁げば用済みだしね!)
もちろん、それまでは、公爵家のお嬢様の為に働いてもらうけどね!
「ちょっと、何をもたもたしているのよ!」
私は部屋の隅で脅えている使用人を睨みながら怒鳴る。
何でこいつらポカンとした顔をしているの??
「え?」
「お嬢、様……?」
ほら、私の意図を読み取れない。
本当に使えない奴ら。
お父様が戻って来たらこいつら全員クビでいいわね!
「なんで分からないの? お父様たちに知られる前にあの愚図を探せって言っているのよ!!」
「お、お嬢様……何故、旦那様たちに知られてはダメなのですか?」
「あんな使えない使用人、別にいてもいなくても……」
使用人の一人がおそるおそる訊ねて来る。
「はあ? そんなの、決まっているでしよ?」
「?」
「お父様たちに先に知られちゃったら、私があの愚図のお仕置が出来ないじゃない」
だって、お父様が先にお仕置しちゃうでしょ?
そんなのつまらないわ。
「私はあの愚図が、泣いて私に跪く姿が見たいのよ」
「……」
「あらやだ、何かしらその目。私に逆らおうってわけ??」
「い、いえ……」
「滅相もございません」
使用人共は首を横に振る。
「だったら、さっさと探して見つけて引き摺ってでも連れて来なさいよ!!」
役立たずの使用人共は何か言いたそうだったけれど、そろそろと外に出て行く。
「……ふん」
(どうせ、ろくに金も持ってないだろうし、あんな訳あり女を雇う店なんてあるはずがない)
だから、あの愚図女は絶対にどこかで行き詰まっているはず。すぐに見つかるでしょ。
「ざまぁみろ、よ」
───私は昔から“ドロレス”のことが大っ嫌いだった。
父親が長男が次男か……それだけの違いで“公爵令嬢”となったあの女。
お父様達は双子なのに、あっちは公爵令嬢で私はたかが伯爵令嬢だなんてどう考えても許せない!
「さて、と。あの愚図女が捕まって戻ってくるまで、私は王子様に手紙でも書こーっと」
社交界デビューの日も近いんだから、いい加減に返事が欲しいわ。
デビューで“私”の顔を広く知ってもらって、王子からも“私”が愛されて……
そうして、“私”は幸せになるの。
その時の愚図女がどんな顔するのか、とーっても楽しみにしているんだから。
───なんて思っていたのに。
目障り愚図女は使用人共が連日探し回っているのに、何故か全然見つからなかった。




