12. 彼からの今後の提案
(な、な、なにごと!? 何でこんなことに!?)
私は今、アレク様の胸の中で大パニックに陥っていた。
「!?!?」
アレク様のことが心配でそっと呼びかけたら、優しく微笑まれた。
なので、また胸がドキッとしたのと同時に、そのまま腕を伸ばされて気付くと抱き込まれていた。
「ア、ア、アレク様!?」
「ローラ……」
アレク様が甘い声で私の名前を呼ぶ。
そして、そのままギュッと力を込められ私を抱き込む力が更に強くなった。
(男性に、こ、こんなことをされるのは私の人生で初めてよ!? どうしたらいいの!?)
一応、婚約者だった人──アレクサンドル殿下とだって(会ったことがないから)したことがないというのに!
いったいアレク様はどうしてしまったの!?
熱……!
そうよ。きっと熱のせいで朦朧としているんだわ! そうに違いない!!
私は混乱した頭で必死にそう言い聞かせて結論づける。
(だって、そうでないと……困るわ)
この胸のドキドキは……なに?
私がそんな戸惑いを感じている事も知らずにアレク様は私を抱きしめたまま小さな声で呟く。
「…………ているっていいな」
「え……? アレク様、今なんて……?」
よく聞こえなかったので聞き返すと、肝心の顔は見えないまま、アレク様が頭の上でふっと笑った気配がした。
「いや、ローラは温かくて柔らかくて気持ちいいなって言ったんだよ」
「……」
(そう言っているけど、絶対に違う気がする……)
そういうことではなく、もっと実感がこもっているような?
そんな感じの言葉だった気がしたのに。
「アレク様……」
だけど、このまま放っておけなくて、私はそっと腕を回してアレク様の身体を抱き締め返す。
何故かは分からないけれど、そうしなくちゃいけないような気持ちになったから。
静かに互いを抱きしめ合って温もりを確かめていたら、アレク様がポツリと私の耳元で言う。
「ローラ。君はこの後、行く所は決まっているの?」
「え?」
アレク様の指摘にドキッとした。
「あの男たちには否定していたみたいだけれど、ローラ、本当は頼る相手もいないまま街に来たんじゃないのか?」
「……」
完全に見抜かれている、そう思った。
確かによく考えたら、アレク様はあんなにもお腹を空かせていた私を見たのだから少し考えれば分かる。
バレバレだ。
「別に責めていわけじゃないよ? 理由を探りたいわけでもない」
「……」
「でも、僕はローラの力になりたい」
「……え?」
(私の力に? なりたい??)
「困っているローラを放っておけない」
「……アレク様……」
私は少し身体を離してアレク様の顔をまじまじと見上げる。
相変わらず綺麗な金の瞳はまっすぐ私のことを見ていて、そこに嘘はないと感じた。
「……当面、ローラに必要なのは住む所とお金かな?」
「うっ! その通り……です」
「───よし! 分かった」
「え?」
アレク様は少しだけ何かを考えた後、一人で大きく頷いている。
「ローラ、これは情けない話なんだけど僕は見ての通りちょっとだけ病弱なんだ」
「ちょっと……だけ?」
あの様子がちょっと、と言うレベルなのかしら?
そんな疑問が頭に浮かぶも、とりあえず話をそのまま聞くことにする。
「僕の家はここから少し離れたところにあってね? 用事が終わるまでは帰らないつもり。それでここに泊まっているわけなんだけど」
「……」
「ローラ、ここのお店で働きながら、僕のお世話をするつもりはないかな?」
(…………え?)
一瞬言われた意味が分からなかった。
このお店で働く? アレク様のお世話? どういうこと!?
私は理解が追いつかず目を回す。
「あ! えっと、ごめん。また言葉が足りなかった……」
「……」
「混乱させてすまない。この宿とお店は、僕の店なんだよ」
「!?」
(ボクノミセ!?)
次から次へと飛び出してくる言葉に、もはや理解が追い付かない。
この店がアレク様のお店ですって!?
「実はここの店主が僕の部下なんだ」
「ア、アレク様の部下? あ! だから、宿泊客でもない私にあっさりご飯をご馳走出来た……?」
「まぁ、それもあるね」
「……」
何だかここまで来ると、もう次に何を言われても驚かない自信があった。
あとは何? 何を企んでいる?
「理由は…………その、ローラがそばに居てくれると元気が出るから」
「え?」
「だから、もし君に行く所が決まっていないならどうだろう? 考えてくれないか?」
意外な理由に私は驚く。
助けてやった代わりにガンガン働かせようという算段ではないらしい。
「私といると……元気が、出る?」
「うん、ほら見て? もうさっきよりは元気そうだろう?」
アレク様は、微笑みを浮かべながらそう言った。
確かに顔色は良くなっている気がする。
でも……
そこまで言われてしまったので、私はそっとアレク様の額に手を当てる。
「……あ、本当だわ。もう熱くない……熱が下がっている!」
いくら何でも熱ってこんなに早く下がるものだったかしらと疑問に思っていたら、アレク様はどこか寂しそうな表情で言う。
「……僕はちょっと特別な体質なんだ。でも、こんなに早く落ち着いたのはローラのおかげだよ」
「特別な体質? ……そして、私のおかげ?」
「……」
アレク様は静かに微笑むともう一度、私を抱きしめる。
「せめて、僕がここにいる間だけでいい。三食寝床付き。賃金も出す。普段は食堂の方を手伝ってもらうことになると思うけど」
「……アレク様のお世話と言うのは?」
私の心は揺れている。ぐらぐらと揺れているわ。
行く宛てのなかった私にだってこんなおいしい話なんだもの。
だけど、アレク様のお世話って何をするの??
お嬢様……ドリーのお世話すらろくに出来なかった私なのに。
「もし、またこうして、僕の具合が悪くなった時には手を握って看病してくれると嬉しい」
「手を握る……?」
(それなら難しくはないわね?)
「あとは……これが一番重要なんだけど」
「重要!」
こっちが本題だった? 私はゴクリと唾を飲む。
緊張した空気が部屋の中に流れる。
そんな中、アレク様は私の目をじっと見つめてこう言った。
「最低1日1回は、こうして、ローラ……君を抱きしめさせて欲しい!」
アレク様はそう言ってギュッと私を抱きしめる腕に力を込めた。
「……ええ!?」
(なんですって!? だ、抱きしめる!?)
驚きすぎて、今度は私の方が倒れるかと思った。




