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9. 助けてくれた謎の男性

「……さすがに足が痛い。こうなると馬車の便利さがよく分かるわ」

　覚悟はしていたけれど、街までの道のりをひたすら歩き続けるのは、なかなか辛いものがある。

　ぐーきゅるるるぅ……

　そして、こういう時に限ってお腹まで空腹を訴え始めた。

（公爵家の食事、かなりいい加減だったものね……）

　お情け程度のパン一切れとスープ。パンに至ってはあの硬さは残り物な気がする。

　よくよく振り返れば、残された使用人たちの手抜きの兆候は食事の時からあったのかと今更ながら気付かされた。

「街に着いたら軽く何かお腹に入れた方がいいかも」

　この先のことを考えたら節約は大事だけれど、空腹で倒れてしまったら意味がない。

　とりあえず、水だけは公爵家から持ってきたのでそれを飲みながら歩き続けることにした。

◇◆◇◆◇◆◇

「……失敗したわ。時間が早すぎた……お店が全然開いてない！」

　どうにかこうにか街には辿り着いたけれど、どうやらまだ時間が早すぎたらしい。

　ぐーきゅるるぅぅぅ～

　あれから歩き続けたせいで、ますます空腹度が増した気がする。

「さすがに水だけではもう限界よ」

　やっぱり逃げ出すっていうのは簡単な事ではないのね……改めてそう思わされた。

　足も限界だしいい加減どこかで休みたい。

　そう思った時だった。

「おや？何かお困りかい？お嬢さん」

「こんな朝早い時間に一人でフラフラと何をしているのかな」

「……」

　明らかに胡散臭いですよ、といった雰囲気しかない男性二人に声をかけられた。

（夜ばかりを警戒していたけれど、朝、早すぎるのも逆に目立ってしまうものなのね）

　というより、女性の一人歩きが危険っていう話かと理解する。

「いいえ、特に困ってはいませんので、お構いなく！」

「ははは、そんな様子でその言い分が信じられると？」

（ですよね……）

　私の返答はあっさり笑われて一蹴される。

「大方、親に捨てられたか、雇い主に捨てられたか……そんな訳あり娘ってところだろう？」

（───いえ、私が捨てて来ました！）

「そんな嬢ちゃんにいい店があるよ。お金、欲しいだろう？手っ取り早くお金が稼げるお店を紹介してあげるよ」

「……」

「ほぅ、よく見りゃ綺麗な顔してんじゃね？磨けばそれなりにいけそうだな」

「……」

　てっきり盗み目的かと思いきや……

　この人たちはおそらく、今の私みたいに捨てられたりして行き場所や頼る相手がいなさそうな女性に上手いこと言って危険な店に誘っているに違いない。

（とりあえず、誤魔化してでも逃げないと）

「いいえ、知り合いの所を訪ねる為に来ただけです。ちょっと早く着きすぎただけですので本当にお構いなく」

「いやいや、そんな言い訳が通用すると？」

　男たちはニヤニヤしながら私の全身を舐めまわすように見つめてくる。

「いいえ！よく見て下さい。私があなたたちの言う“訳あり”ならこんなに少ない荷物で歩いているはずないでしょう？」

　私はそう言って男二人に持っていた小さなバッグを見せる。

　荷造りしていて自分でも驚くくらい持っていける荷物は少なかった。

「ん……いや、だが」

「いやいや、やっぱり怪しいって。そんな簡単に騙されねーぞ」

（ダメか……）

　一瞬、揺らいでいたようだったけれどやっぱり甘くなかった。

「ほらほらお嬢さん、無理すんな。寝床もあるし頑張りゃ金も稼げるし、悪いようにはしないよ」

「いえ、本当に結構ですのでお構いなく」

「つれねーな。しかし、なんだ？お嬢さんはもしかして貴……」

　男の一人がそう言って私に手を伸ばそうとした時だった。

「───僕の連れにそんな汚い手で触らないでもらおうか？」

「なっ!?」

「はぁ？」

　突然、そんな男の人の声が聞こえてきた。

　そしてその声の主は、私に向かって伸ばされていた男たちのその手を叩き落とした。

（えっ!? だ、誰?? 連れ!?）

「彼女はね？僕の所に来る予定だったんだ。邪魔しないでもらおうかな」

　その男性は頭からローブを被っていて、表情がよく見えない。

　そんな謎の男性は堂々と嘘をつく。

「本当かよ!?」

「そう言ってお前もこのお嬢さんを横取りしようとしているんじゃないのか!?」

「ふざけんな！最初に目をつけたのは俺たちだぞ!!」

　けれど、男二人は怯まない。

　しかし絡まれた謎の男性も引かなかった。

「さ…………だ、全く面倒な」

（……？面倒な、の前はなんて言ったのかしら？）

「お前達のような男が出てくる所じゃないんだ、大人しく引っ込んでいてくれないか？」

　物腰は柔らかい気がするのに何故かしら？表情が見えないから？

　この人、謎の威圧感がある。

　男二人もそれを本能で感じ取ったのか、「うぅ……何だこいつ……」と躊躇いを見せている。

「……早く引っ込まないと──……」

「っっ！わ、分かった！分かったよ」

「このお嬢さんは諦める……！だから、その殺気をしまってくれ!!」

（……殺気!? この威圧感は殺気なの??）

　急に怯え出す男二人の言葉に私もびっくりする。

「俺らはまだ死にたくないーー！」

　そんな言葉を吐きながら男二人は一目散に逃げて行った。

（えぇぇ!?）

　とっても執拗そうだったのにあんなに慌てて逃げるなんてと驚いた。

　そうしてこの場には私と謎の殺気を放つ男性が取り残される。

「……」

「えっと……ありがとう、ございます……？」

　いまいち、状況は飲み込めていないけれど、彼は私を助けてくれたのだと思う。

　私がおそるおそるお礼を伝えると、謎の男性はローブの下で微笑んだ気がした。

「……怪我はない？」

「はい、ありません」

「どこか、触られたりは？」

「いえ、どこも」

　あなたが、叩き落としたのでって。

　そこまでは言わなくていいかしらね？

「良かった……」

　謎の男性はホッと安心したようにまた微笑んだ気がした。

「……あ、あの」

「今、僕はそこの建物の二階に泊まっていてね？」

「……は、い？」

　そう言って男性は私たちがいる所から向かいにある宿らしき建物を指差した。

「早くに目が覚めてしまって窓の外を見ていたら女性が絡まれていた」

「もしかして、そ、それで助けてくれたのですか？」

　コクリと頷く男性。

　まさか、それだけで助けに駆けつけてくれたの??

　見ず知らずの私のために??

「無事でよかったよ。思っていたより行動が早くて焦ったけど……まさか、もう街に……」

（……？）

　後半の言っている意味がよく分からないけれど彼に助けられたことは事実。

　私は頭を下げてお礼を言う。

「あの、ありがとうございます……」

「いや……大した事はしていないから」

「……いえ、本当に……」

　世の中にはこんな良い人もいるものなのね。

　そんな事を思ってもう一度お礼を言って立ち去ろうとしたその時だった。

　ぐーきゅるるるるるぅぅぅ～

　安心したせいなのか、私のお腹が本日一番の大きな音を鳴らして来た。