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41. 眼光鋭き老人

「まあ、正式には枢機卿に認めてもらって、調印式を行わねばならんが……」


「うん! うん!」


 聖女は子供のように頷いた。


 そして――じっと、ゼノヴィアスの顔を見つめる。


「ど、どうしたのだ?」


 その視線の熱さに、魔王が戸惑う。


 聖女が小首を傾げた。酔いのせいか、その仕草は妙に色っぽい。


「あなた……、よく見たらイケメンね……」


「お、おいおい! 何を言い出すんだ!」


 ゼノヴィアスは慌てて体を引いた。


「魔王と聖女……」


 聖女はずいっと近づいてくる。その瞳が、とろんと潤んでいる。


「道ならぬ恋……禁断の関係……。何か、そそる響きがあるわね……」


 彼女は自分の言葉に酔いしれるように、頬を赤らめた。


「いや? 全然そそらんが……」


 ゼノヴィアスは必死に距離を取ろうとする。だが――。


「あら、つれないのねぇ……」


 聖女が急に飛びついてきた。


「うわぁ!」


 そして――。


 んむ!?


 柔らかい感触が、ゼノヴィアスの唇を塞いだ。聖女が、キスをしてきたのだ。


 いきなりの出来事に、五百年生きた魔王の思考が完全に停止する。目を白黒させながら、ただ硬直していた。


「んん~!」


 聖女は積極的に唇を押し付け、吸い付いてくる。ワインの甘い香りが、鼻腔をくすぐった。


(ちょ、ちょっと待て! これは外交問題では!?)


 ゼノヴィアスは押しはがそうとしたが、手が豊満な胸に当たってしまい、気が動転してうまく体が動かない。


 永遠にも思える数秒が過ぎ――。


「ふぅ……」


 聖女がようやく唇を離した。その顔は、恍惚とした表情を浮かべている。


「ふふっ」


 彼女はゼノヴィアスのほほを優しく両手で包み込み――甘い声で囁いた。


「好き……」


 バタッ――――。


 そのまま、ゼノヴィアスの胸に崩れ落ちた。


「お、おい! 聖女!」

 

 ゼノヴィアスは慌てて彼女の体を支え、揺さぶる。だが、すでに意識はなく、幸せそうな寝息を立てている。


「なぁ、ちょっと、これ……」


 魔王は助けを求めるようにリリスを振り返った。


「どういうこと?」


「さぁ?」


 リリスは頬を膨らませて、プイッと横を向いた。


「知りません!!」


 その声には、明らかに不機嫌な響きが含まれていた。


 魔王城の晩餐室に、聖女の寝息だけが響く。


 後にこの晩餐は、『魔王と聖女の和解の夜』として、歴史書に刻まれることになるのだが、不可侵条約が結ばれたこと以外は何があったか、一切誰にも知らされることはなかった――――。



      ◇



 王都から馬で半日。深い森に囲まれた、ひっそりとした一軒家があった。苔むした石壁、煙突から立ち上る細い煙。まるで時が止まったような、静寂に包まれた場所――――。


「師匠ーー!!」


 静寂を破って、一人の青年が扉を蹴破るように飛び込んできた。


「来週、教国に行っていいかな!? なんと賞金百万ゴールドの大会があるんだ!」


 青年の瞳は、まるで宝物を見つけた子供のようにキラキラと輝いている。額には汗が浮かび、息を切らせていた。


「ほほっ」


 暖炉の前で茶を啜っていた白髪の老人が、ゆっくりと顔を上げた。深い皺が刻まれた顔に、穏やかな笑みが浮かぶ。


「百万ゴールドとはまた豪気な話じゃのう。ほっほっほ」


「そうなんだよ!」


 青年は興奮を抑えきれない様子で、テーブルに両手をついた。


「【美少女剣士マオ】を倒すだけで、百万ゴールドなんだ!」


「ん? 女の子を倒すだけで百万?」


 老人の眉が、ピクリと動いた。


「そんな話は詐欺じゃろ。お主、また騙されとるぞ?」


「いやいや!」


 青年は必死に首を振った。


「神聖アークライト教国がスポンサーの公式大会だから、間違いないんだ!」


 そして、声を潜めるように付け加える。


「それにマオちゃんは……勇者とも互角に戦った、結構な手練れなんだよ」


「勇者と!?」


 老人の表情が一変した。温和な笑みが消え、鋭い光が瞳に宿る。


 勇者レオン・ブライトソード――神の祝福を受けた、大陸最強クラスの戦士。その男と互角ということは相当の手練れだろう。だが――――。


「そんな娘、聞いたこともないぞ」


 老人は首をかしげる。大陸トップクラスの剣豪が、突然現れるはずがない。ましてや、美少女などと――。


「録画があるから、見せるね!」


 青年は懐から魔導具を取り出し、テーブルの上に映像を投影した。


 青白い光が広がり、勇者との一戦の映像が浮かび上がる。


「こ、これが……マオ……?」


 老人は身を乗り出した。


 銀髪の少女が、たった一本の角材で、勇者の猛攻を受け止めている。聖剣の一撃一撃を、まるで羽のように軽やかに捌いていく。


「防戦一方だけど、角材で聖剣と互角に張り合ってるんだよ。凄くない?」


 青年は誇らしげに言った。まるで、自分の友人のように。


「……違う」


 老人の声が、震えた。


「これは……」


 彼の目は、マオの一挙手一投足を追っている。その動き、重心の移動、呼吸のタイミング。全てを見逃すまいと、食い入るように見つめる。


「え? 何が違うの?」


「彼女は……」


 老人はキュッと口を結んだ。額に、冷や汗が浮かんでいる。


「勇者を倒さないよう、巧みにあしらっとるんじゃ」


「へ?」


 青年が目を丸くした。


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― 新着の感想 ―
この老人恐らく若かりし頃は二つ名とか持ってそう。
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