彼氏とイチャイチャしたいのに、ゲーム内拠点の合い言葉が思い出せない。
VRゲームの普及により、気軽な、お家デートならぬ拠点デートを楽しむカップルが急増していた。
「──オムライス……ミケランジェロ……あぁ〜。もお!」
「あははははっ! 腹痛い、腹痛いっ、なんだよ唐突なミケランジェロって。投げやりすぎだろっ」
玄関前へ這いつくばり、床を拳でバシバシと叩いて腹筋を崩壊させている彼氏に、私は涙目を向けた。
声認証の合い言葉にしたのが間違いだった。拠点に入れない。
特にここ数ヶ月は仕事がめっちゃ忙しかった。
ろくに使わないなら維持費もかかるし、私の方の拠点は一度解体しようと彼氏から提案をうけた。実質のゲーム内同棲だ。
でも、解体するなら1回中に入って設定をイジる必要がある。
「せっっかく久しぶりに会えたのにー!」
「本当にな。はぁー……笑った。まさかガチで忘れるとは」
「ねぇ、わかってるなら教えてよ」
合い言葉は日付けにしたと言う彼氏に、私は迷わず付き合った記念日の、今日の日付けを口にした。
「12月2日!」
「あのなぁ──まぁ、いいや。ちなみに俺の誕生日でもないからな」
「え?」
「はぁー……9月9日」
ガチャッと難なく開錠され、そのまま開けてくれたドアの先。
彼氏が壁に飾り付けた『ハッピーバースデー』の文字は9月からそのままらしい。
「え、ヤダ。ごめん、気づかなくて……」
「それはどうでもいい」
「よくない!」
「い〜や。いま大事なのはソコじゃねェ。お前、疲れてるよ」
自分の誕生日も祝えないくらい、自分の事を疎かにして、可哀想だと。彼氏の方が。
「え?」
「『え?』じゃねェよ。やめろ首かしげんな、カワイイだろ。真面目な話してんだこっちは」
「あ、ハイ。ゴメンナサイ」
合い言葉を覚えられないと言った私に、誕生日にすれば忘れないだろうと呆れた彼氏。
私が忘れたら自分が覚えてるからいいって。
その時は誕生日ごと忘れるなんて思ってなかった。お互いに。
「自分のこともっと大事にしろとか言葉で言っても、お前絶対しないじゃん」
「ぎくっ」
「お前を心配する事しか出来ない俺を可哀想だと思うなら、── 頼むから、リアルでも同棲しよ。飯ぐらいなら作ってやれるから」
「……うん」
「遅くなったけど、誕生日おめでとう」
「うん!」
生まれてきてくれてありがとうと言った彼氏に、この人には一生頭が上がらないかもしれないとワカラセられ。
拠点の合い言葉に彼氏の好きな食べ物を並べ立てる私に、どんだけ自分の事が大好きなんだと密かにテレさせていた。




