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第二十七話「オレにもう一度アヤメを殺せって言うのかッ!?」


「ぐあッ!?」


 咄嗟に腕で防ぐ態勢は取ったのですがその威力には敵わず、蹴りを受けたパリピは吹き飛びました。

 先ほどの実兄と同じように壁に叩きつけられると、力なくうずくまっています。


「アヤ、メ? 何、を」

「君が悪いんだよ、ハルアキ君」


 何とか起き上がろうとしているパリピに向かって、ホウロクが勝ち誇ったような声を上げます。


「アヤメちゃんの中に子蟲をそのまま留めておいてくれるなんてねぇ。村人全員分の子蟲があれば、例え人式神だろうと母蟲には逆らえない。一度彼女ごと滅して再召喚すれば良かったものの……ああ、そっかぁ。アヤメちゃんは人間だったもんねぇ。そんなことできないかぁ」

「ッ!」

「やれ、アヤメ」


 パリピが目を見開いています。ホウロクが笑っています。指示を受けたアヤメちゃんが、再びパリピに襲い掛かっています。


「霊符、界ッ!」

「無駄じゃ」


 彼は取り出したお札で結界を張って防戦に回りますが、アヤメちゃんは蹴りで軽々と破ってしまいます。


「ガハァッ!? グハァ! げ、ゲホッ、ゲホッ!」


 結界の破片が舞い散って消えていく中、パリピはアヤメちゃんに殴られ、蹴られ、血を吐いています。発作も続いているらしく、彼の動きはひどく鈍いです。

 わたしには細かいことはよく分かりません。式神も、蟲も、全てにおいて素人です。何となく陰陽師っぽいものなんだろうなと、その程度のイメージしかありません。


 ですが、聞きかじったことからでも、分かることがあります。


「素晴らしい、これが人式神の力か。レン君が霞んで見えちゃうねぇ」

「何をしているんですかパリピ、さっさとアヤメちゃんを滅するんですっ!」


 先ほどのホウロクの言葉。もしアヤメちゃんが人間ではなく式神とやらであるのなら、一回滅して再度呼び出す、みたいなことをすれば済む話っぽいのです。

 勝てる方法が、目の前に転がっている。


「……できない。できる訳がない。ガフッ!?」


 顔を殴り飛ばされたパリピは、頑なに拒否しています。一方的にアヤメちゃんから暴力を受けるばかりで、反撃すらしていないのです。

 わたしは苛立ちを隠せませんでした。勝てる戦いをみすみす逃してしまうなんて、普通に考えてあり得ないからです。


 問い詰めようとわたしが再度息を吸い込んだ時、被せるようにパリピが声を上げました。


「オレにもう一度アヤメを殺せって言うのかッ!?」


 悲痛な叫び。彼の一喝で、わたしは声を引っ込めざるを得ませんでした。彼の心の中にある、一番大きな闇を見てしまったから。


「天才だなんだともてはやされて。調子に乗って、神を降ろして。制御できなくなって、暴れて。オレはたくさんの人を傷つけた挙句……アヤメを、この手で、殺してしまった……あんなこと、もう、二度と」

「そうだそうだ、君はそういう人さぁ」


 代わりにと言わんばかりに、ホウロクが得意げに立ち上がっています。


「アヤメちゃんを滅するということは、彼女が人間じゃないと認めてしまうことだ。違うかいぃ?」

「黙、グハァッ!?」


 パリピの顎を、アヤメちゃんのアッパーカットが殴りぬきます。


「君は禁忌に手を出してまで彼女を作った。いや、蘇らせたと思い込みたいんだ。そうしなければ」

「ゴホォッ!?」


 パリピの腹を、アヤメちゃんが蹴り上げます。


「自分の失敗に、罪悪感に、耐えられないんだろう?」

「ガフッ! グハァッ!?」

「飲んで、酔っていなければ、とても正気ではいられないくらいに。だが、現実は非情だ」

「ゲホ、ゲホォッ!」


 アヤメちゃんの暴力が止まりません。

 ホウロクの言葉も、止まりません。


「アヤメちゃんは式神だ。君の妹は死んだ。君が殺したんだよ、ハルアキ君」

「ッ!」


 トドメと言わんばかりのホウロクの断言に、とうとうパリピは一切の動きを止めてしまいました。

 必死になって目を背けてきたことをまざまざと突き付けられた結果、彼は放心してしまったかのように呆けた顔で膝から崩れ落ちます。


 膝立ちの状態も長くは続かず、彼はその場に蹲って背中を丸め、弱弱しく震え始めました。


「もういいぞアヤメ、下がれ。後は儂がやる」


 アヤメちゃんが身を引いた後、血を吐いているパリピの元に歩み寄ったホウロクが、彼の髪の毛を掴み上げます。

 無理やり目線を合わせたかと思ったら、ホウロクは空いている方の手でパリピを殴りました。


「よくも、儂の村を、祭りを、滅茶苦茶に、してくれた、なぁ、ええ?」

「うぐッ! あぐッ!?」


 腹に据えかねていることを全て吐き出すかのように、低い声で文句を吐きながら、ホウロクはパリピを殴ります。

 最早抵抗する気力さえないのか、パリピはなすがままに殴られていました。


「ふんッ。まあいいわ、どうせこの後、こいつも神に食わせるんだしなぁ」


 少しして気が済んだのか、ホウロクは地面にパリピを投げ捨てると踵を返しました。


「どうせ神に食わせる時は死体でもいい訳じゃし……お前にはお似合いの末路を迎えさせてやろう」

「っ!」


 奥へと続く穴の手前で立ち止まったホウロクは、首だけで振り向いて吐き捨てましたです。わたしの中に嫌な予感が走ります。

 わたしは解き放たれたかのように動き出しました。明かされた真実に圧倒されてずっと何もできずにおりましたが、ここに来てわたしの足は前へと駆け出すことができました。


「アヤメ、ハルアキ君を殺せ。自分を殺した兄に復讐するんだ」

「はいじゃ」


 ホウロクの言葉に、アヤメちゃんが迷いなく走り出しました。そのまま足を振り上げて、パリピの頭目掛けてかかと落としをたたき込もうとした、ほんの少し前。


「ダメ、ですっ! あぐぅっ!?」

「ッ!」


 ギリギリのところで、わたしは彼らの間に割って入りましたです。振り下ろされる彼女の足を、両腕を交差させて受け止めました。強烈な衝撃が両腕に走り、思わず声が漏れてしまいます。

 でも、間に合いました。少し離れたところから、何かにヒビが入る音がしました。


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