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レマニの夢はぎんいろ  作者: 黒森 冬炎


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22 上へ上へと

 意気揚々とお船に戻って来たブリジッドは、またもや舳先に立ちました。お船は回廊を通って、狭い階段へと差し掛かります。


「さあ、もうすぐだね」


 ブリジッドの声が弾みました。


「うん。お月様、お願いします。僕は夢に戻って、それから起きますから。どうか僕を夢の中に帰してください」


 アンリがお願いすると、来た時と同じように、お月様のお船は銀色の光を溢れさせるのでした。


「大丈夫そうだね」

「きっと上手くいくよ」


 ふたりの幼いレマニは、にこにこと笑い合いました。ふたりは、もう何だって出来るような気持ちになりました。



 お船は、折れ曲がった急な階段を滑るように昇ります。お船から出る銀の光が、暗く冷たい階段を柔らかに見せておりました。


「まったく無駄なことばかりだな」


 魔物の言葉に気持ちは表れておりません。けれどもふたりには、それが負け惜しみのように聞こえました。


「観念しなさいよ。もう逃げられないんだからね」


 ブリジッドがツンと顎を反らせて宣告致しました。


「ご苦労なことだな」


 魔物はなおも話続けました。


「氷の蔓でがんじがらめなくせに」


 アンリは魔物を鼻で笑ってやりました。


「生意気な人間だ」


 魔物の眼がぬらりと光りました。生気はありません。より気味が悪くなっただけです。



 魔物の王様が肩をぶるりと震わせました。


「うわっ?」

「きゃあっ!」


 魔物の体からは、性懲りも無く吹雪やコオリオオカミが生まれ出しました。


「ああっ!ブリジッド!前っ!前見て!ぶつかるよー!」


 吹雪は窓を凍らせました。岩の壁をくり抜いただけの細長い窓です。窓は、階段の所々に空いています。それがみんな、分厚い氷で塞がれてしまいました。あっという間の出来事でした。


「こんなことしたって、どうにもならないよ」


 アンリは魔物をじろりと睨んで、氷の壁を溶かそうとしました。



 ところがどうしたことでしょう。溶かすよりもぶつかりそうな方が早かったからでしょうか?今さっきまで窓を抜けようとしていたお船は、氷の壁を避けて向きを変えたのです。


「ああっ?」


 急に向きが変わったので、アンリはグラリとよろめきました。ブリジッドは舳先から転げ落ちてしまいました。


「あいたたた」

「ごめんね、アンリ」

「いいよ、大したことない」


 ブリジッドは、船底に落ちたまでは良かったのです。落ちた先にアンリが転がっていたのがいけませんでした。そしてその先には、氷の棘に囚われた魔物が蹲っていたのでした。


「やんなっちゃう」


 ブリジッドの元気がシュンと萎んでしまいました。



 ブリジッドのトゲに縛られたまま、魔物は攻撃を仕掛け続けておりました。お船は上へ上へと昇って参ります。


「父ちゃんたちは来ないねぇ」

「真っ白な女の人たちを引き留めてるのかな?」

「そういえば、あの白い魔物たちも見えなくなったね」


 逃げ出す時に生まれたきり、真っ白な女の魔物たちは増えておりません。けれども、いつまたブリジッドの魔法から新しい魔物が生まれないとも限らないのです。


「もう生まれないといいんだけど」


 ブリジッドはポツンと呟きました。


「こいつを捕まえとけば、安心じゃない?」


 アンリは、コオリオオカミや魔物の吹雪をジュッとやりながら言いました。大人が追いついてこないので、存分に紫色の氷を溶かせるのです。



「でもこのお船は、どこに向かっているんだろう」

「来た道に戻れなくなっちゃったね」


 ふたりは不安そうに行手を仰ぎ見ました。お船は階段を昇り続けておりました。魔物の王様は、自分が起こす吹雪や、氷が溶けた魔法の水からさまざまな魔物を作りました。


「数ばっかり増えたって、大したことないね」


 アンリが見せる足の運びは、優雅なダンスを踊っているように見えました。ブリジッドは、アンリは炎の国の王子様なんじゃないかと思いました。


 手から、足から、体全体から、アンリの炎は柔らかな曲線を描いて燃え上がりました。小さな氷の魔物たちは、魅せられたように炎に飛び込んで行きました。紫色の水になり、ねじくれた木や蛇や、この世には存在しない生き物を形造ります。



 アンリはいたずらそうな笑顔を浮かべました。


「アンリ、いいこと思いついた?」

「思いついたよ」


 アンリが答えて、真っ赤なローブの袖口から細い手首を突き出しました。アンリは魔物の王を見据えながら、魔物たちに向かって熱風を送りました。


 その時、お船がまたガクンと揺れました。お船は直角に曲がります。階段が一旦途切れて、細くて暗い廊下に入ったようでした。


「わあっ」


 船底で転がって、船の壁にブリジッドがぶつかりました。


「ブリジッド!大丈夫?」


 アンリは魔法を繰り出す手を止めて、ブリジッドの方へとかがみこみました。


「大丈夫だから、気にしないで!」


 ブリジッドは、ぶつけた腕をさすりながら言いました。


「銀の粉があるもの」

「そっか!そうだよね!」


 アンリも納得して、また熱風を送り始めました。



 アンリの炎が辺りの空気を巻き込んで、熱い風が氷の魔物たちを吹き返します。魔物たちの群れは、溶けながら炎と戯れ遊んでいるようにも見えました。ブリジッドはその光景を不思議そうに眺めておりました。


「魔物たち、炎は美味しいかい?」


 アンリは紫色の水が作る魔物の群れに聞きました。魔物は言葉を話しません。けれどもどこか嬉しそうに、紫色の飛沫をあげてひらりひらりと舞い踊るのでした。


「アンリの魔物なの?」


 ブリジッドは横目でアンリを見ながら聞きました。


「ブリジッドの魔法から真っ白な女の人たちが生まれたように、僕の炎からは踊る水の群れが生まれたみたいだね」


 ふたりには銀の粉がたっぷり付いておりますから、気兼ねなく魔物の氷を溶かせます。その結果、思いがけないことが起きたのでした。



 コオリオオカミの王様は、自分が生み出した筈の魔物たちに責め苛まれておりました。魔物たちは、乱暴なことをしたわけではありません。ただ美しく、紫色の水煙とゆらめく蜻蛉を纏って遠く近く魔物の王様の周りで踊っていたのです。


「役立たずが」


 魔物の王様は、とうとう魔物を生み出すのをやめました。アンリはこの時とばかりに強い炎を上げました。炎は龍や獅子の姿となって、魔物の王様に飛びかかってゆきました。


「真似したのね?」

「そうだよ」


 アンリは、魔物の王様が氷や雪解け水をいろんな形に変えたのを真似たのでした。しかもアンリは、魔物が作った水の魔物が、自分の炎に飛び込んでくるのを利用したのです。


「紫色の魔物たち、コオリオオカミの王様を逃すんじゃないぞ」


 アンリは巧みに炎と熱を操りました。魔物たちは喜んでアンリの炎を食べました。



 暗い廊下には、扉がいくつか並んでおりました。この廊下には窓がありません。天井は高く、お月様のお船はさながら峡谷を進む小舟のようでした。


 奥の見えない暗闇の廊下を、アンリの炎が照らしました。廊下の途中に、また上へと続く階段を見つけました。今度も細い階段です。袖壁に隠れておりましたから、アンリの火がなかったら見つけることは出来なかったかもしれません。


 お月様は、階段の手前で速度を落としました。今まではずんずん進んでおりましたのに、急に様子を伺っているのです。


「お月様、どうしたんだろう」

「僕の夢に戻る道じゃなくなったから、困ってるんじゃないかな?」

「だったら、どうする?」


 ブリジッドはアンリに聞きました。ブリジッドは、アンリが自分で決めるのが良いと思ったのでした。


「お月様にもう一度お願いしてみるよ」



 夢に帰るのはアンリです。ここにいるアンリは、夢から出て来たアンリでした。このアンリが夢に戻らないと、ほら穴で寝ているアンリは目を覚ますことができません。


「お月様、ぼくを夢の中に戻してください」


 アンリは丁寧に話しかけました。


「来た道とは違うけど、お月様なら出来るでしょう?」


 アンリの信頼は、お月様の心を捉えたようでした。お月様のお船は、眩い銀色の光を放ちました。


「やっぱり上に行くみたいね」


 お月様が再び舳先を上げて階段を昇り出したので、ブリジッドはひとつ頷いたのでした。



 ガクンガクンと曲がりながら走るお船は、霜だらけの通路にやって参りました。突き当たりの扉は、すっかり白銀の霜に覆われておりました。


「開かないね」


 その霜は、アンリの炎でも溶けません。


「人間の魔法など効かぬ」


 魔物の王様が告げました。


「お月様は、ここを通りたいみたいだよね」

「そうだね、アンリ」


 ふたりは、魔物の王様なんか放っておきます。どうせブリジッドの氷が作るトゲトゲな蔓に巻かれて動けないのですから。



 ブリジッドは、じっと扉を見つめました。


「この霜、なんだか見覚えがある」

「ほんと?ブリジッド?」

「どこだったかなぁ?」


 霜はまるで植物のようでした。普通の霜ではありません。霜と霜とがくっついて、白銀に輝く灌木の茂みに見えるのでした。


 霜は扉にだけ降りているのではありませんでした。扉の周りにある壁も真っ白にしております。びっしりと壁を覆う霜は、そのまま天井にまで続いておりました。地を這い壁を登るイバラのように。


 天井の霜は、イラクサの茂みにも似た様子でありました。ブリジッドは、何かを思い出せそうで、ぐぐっと眉を寄せて天井を睨みました。



「あっ、なんだ?」


 パキパキと霜柱が折れる音がいたしました。石造りの廊下に、冬の音が満ち溢れました。


「喰らってしまえ」


 魔物の王様がいいました。ブリジッドの蔓に縛られて船底に横たわっているので、命令を放ってもどうにもしまりません。


「霜の林から何かが出てくるよ」


 アンリは上を見ながらいいました。ブリジッドは黙ってアンリの手を握りました。ちょっぴり怖かったのです。



 廊下に並ぶ扉から、コオリオオカミが飛び出して来ました。銀紫のオオカミたちは、氷の牙を剥き出して、鋭い爪を振いました。


 次々に飛び上がるコオリオオカミたちが、天井の霜を削ってゆきました。そこに何かがいるのでしょうか。削れた霜はキラキラとアンリの炎に映えました。


「あっ!そっか!」


 ブリジッドの顔がぱあっと輝きました。コオリオオカミに荒らされている天井の霜から、チラリと何かが覗いたのです。ブリジッドはアンリの顔を見て、嬉しそうに告げました。


「きっと助けてくれるよー!」








お読みくださりありがとうございます

続きます

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