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レマニの夢はぎんいろ  作者: 黒森 冬炎


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14 魔物との攻防

 コオリオオカミの群れが、しつこく襲って参りました。月明かりの階段で、灰紫色の塊が唸り声を上げて押し寄せて参りました。氷と吹雪がぶつかり合って、夜の森よりも激しい嵐が吹き荒れました。立っていることすら難しい暴風でしたが、結局、魔法の吹雪はコオリオオカミに吸い込まれてゆくのでした。


「だめだ。やっぱり吹雪は吸い取られちゃう!」


 ブリジッドは泣きそうになりました。だんだんと弱気になっている様子です。


「どうしよう」

「落ち着け、ブリジッド」

「そんなこと言ったって」


 ブリジッドは半べそでした。涙が青緑色の眼に滲みます。アンリの励ましにも、鼻声でぶつぶつと何かを訴えておりました。



「ブリジッドの吹雪に気を取られているから、僕の炎は窓の氷を溶かすことができるんだ」

「どうせ吸い取られちゃうんだから無駄じゃない?」


 ブリジッドは口をとんがらせて、投げやりに言いました。


「無駄じゃないよ」


 アンリはいつものように、はっきりと主張いたしました。


「そうかな」


 ブリジッドは弱々しく微笑みました。少しは元気が出たようです。



 お昼までのブリジッドでしたならば、


「無駄だもん!アンリのイジワルー!」


 と泣き出したことでしょう。ですが今は、アンリが言うなら本当に無駄ではないように思えるのでした。


「無駄だ」


 無表情な魔物が言いました。けれども、ブリジッドは信じません。


「フン、強がり」


 ブリジッドは魔物を馬鹿にしてみせました。


 銀の巻毛を靡かせる吹雪の少女は今、ひとりではありませんでした。背中に太陽の模様がついた真っ赤なローブのアンリがいるのです。魔物の分厚い氷すら溶かしてしまった、頼もしいアンリが一緒にいるのです。


「なんと傲慢な」


 おじさん声の小さな魔物は、淡々と言いました。


「おまえの氷なんか、みんな溶けちゃうんだから!」


 ブリジッドはアンリの力を、自分の事のように自慢しました。



 コオリオオカミのリーダーが、大きな身体で飛びかかって参ります。


「ブリジッド、危ないッ」


 アンリの真っ赤な裾が波打ちました。アンリの小さな腕が、ブリジッドの背中を庇います。ブリジッドは吹雪を起こしながら、お月様のお船の底へと身を低くして避けました。


 このお城につれて来られた時には、怖くて避けられませんでした。それに、まだうまく吹雪を操れませんでした。みんなと離れて魔物に捕まり、コオリオオカミにも噛みつかれてしまいました。


 けれども今度は、噛みつかれたり引っ掻かれたりいたしませんでした。引き倒されることもございません。お月様のお船は、器用に狭い階段を滑っておりました。



 小さな魔物が急にお船に迫りました。


「わあっ」


 いきなり隣に現れた魔物の顔に、ブリジッドは腰を抜かしました。魔物は眼も眉も動かさずに、いきなり手を伸ばして来ました。


「やめろ!」


 アンリが針のようにした魔法の炎が、魔物の群れに降り注ぎました。


「キュルルルー」


 コオリオオカミたちが情けのない鳴き声をあげて、階段の上下に分かれて逃げました。魔物の主は炎の針を手の甲で払い除けました。ブリジッドはその隙に、アンリの脇へと這って移動しました。



「ブリジッド、しっかり雪をまとうんだよ」


 アンリが何かするようです。


「うん」


 ブリジッドは短く答えました。


「手間をかけさせるな」

「また魔物が勝手なことを言ってる」


 魔物の脅しにも負けないで、ブリジッドはアンリに言われた通りに雪を自分の周囲に踊らせました。銀色のお船の縁に、ブリジッドの雪がうっすらと積もっておりました。


(大きな町で見た、けえきみたいだな)


 ブリジッドの口元が、思わずほころびました。賑やかな町の華やかなお店に並んでいた、真っ白なクリームや銀色の粒で飾られたお菓子を思い出したのです。お母さんは、そのお菓子をケーキと呼んでおりました。


 ケーキはとても高いので、旅するレマニには買えませんでした。ブリジッドは、ただ美しいケーキの姿を見て楽しむだけでした。



 ブリジッドは、銀お船の縁を飾る雪を見ているうちに、ちょっとなめてみたくなりました。


(ケーキはとっても甘いって聞いたけど)


 自分で出した雪なのです。甘い筈はありません。雪は甘くないことくらい、ブリジッドはもう知っておりました。それでも、お月様に積もる薄雪は魅力的に見えました。


 ブリジッドは、船縁に積もる白い雪を細い人差し指で掬いとろうといたしました。


「ブリジッド、下がって」


 途端に、アンリに注意されてしまいました。ブリジッドは、渋々指を引っ込めました。



「こちらへ来い」


 魔物は、ブリジッドに命令をいたしました。そして四角い氷の盾を出して、アンリの投げつける炎の針を受け止めました。盾はひっきりなしに降る炎の針に、しばらくは持ち堪えておりました。溶けて薄くなりますと、魔物は盾を氷で修復いたしました。


「行かない」


 ブリジッドは、青緑色の瞳に強い意志を宿しております。


「ブリジッド、出口はわかる?」


 アンリは顔を魔物に向けたまま、ブリジッドに話しかけました。アンリの周りに、黄金色の火の粉が渦巻きはじめました。アンリの炎を警戒して、コオリオオカミは姿を隠しておりました。目の前で敵意を向けて来るのは、このお城に住む小さな魔物の王様だけでした。



 ブリジッドは急いで答えました。


「このお城から外に出られる場所なら、窓の他は、この階段をおりた先にある」


 アンリは黙って頷きました。そのすぐ後で、炎がゴウっというたてて激しく燃え上がりました。魔物が構える氷の盾が一瞬で溶けて、ジュッと蒸発してしまいました。


「きさま、何をする」


 魔物は驚く様子もなく、後ろに跳んで炎を避けました。ちょうど出口の方向です。この城から抜け出すためには、コオリオオカミの主を追い払わないとならないようでした。


「ブリジッド、前に進むよ」

「わかった。階段を降りたら回廊に出るはずよ」

「そこで魔物をやり過ごせるかな?」

「回廊の下は吹き抜けの玄関ホールになってるの」

「そしたら、もうすぐ外に出られるな!」



 お月様のお船は、窓から入って参りました。けれども、窓から出ることが出来なかったのです。そうなると、お城の塔まで登って飛び立つか、ブリジッドも入って来た正門から逃げるか、ふたつにひとつです。


「門が開くといいんだけど」

「そんなの、燃やして仕舞えばいいさ」

「それで通れるならいいんだけど」


 ブリジッドは不安そうでした。なにしろここは、魔物のお城なのです。普通とは違います。窓を塞いだ魔法の氷ののように、外へと続く城の門もアンリの炎で焼くことができるでしょうか。



「他に出口は?」

「あるかもしれないけど、知らない」


 ブリジッドは門を入ってから、一直線にあの部屋まで連れて行かれたのでした。お城の中がどんな造りになっているのかなんて、わかる筈がありません。


「それじゃ、とにかく門まで行ってみるしかないね」


 アンリはきっぱりといいました。


「そうだね」


 どのみち、そうするしかなさそうでした。


「お月様、このまま階段を降りたら回廊から飛び降りてください!」


 アンリがお船に頼みました。ブリジッドの雪でお化粧をした銀色のお船は、黙ってスピードを上げました。船縁の雪が弾みで飛び散りました。狭い両壁に雪がぶつかって砕けます。砕ける側から、アンリの炎がくるりと巻き込みました。



 先ほどまでは灰色の闇が広がっていた階段に、今はアンリの炎が走ってゆくのでした。炎の舌は石の段々を舐め、壁を這い、天井へと燃え広がって参りました。


「けっこう高い階段だな」

「そうね。でも、思ったよりは出口が近い」


 辺りは真昼のように明るく、熱に満たされておりました。闇に隠されていた行先も、あかあかと照らし出されてよく見えるようになっていたのです。


 暗闇の中を進むときには、先が見えないので不安です。気が遠くなるほど遠く感じてしまうものです。ですが、見えてしまえば、案外近く感じるのでした。



 お月様のお船は、あっという間に回廊へと進みました。そこでは、コオリオオカミの群れが待ち構えておりました。


「ホールが氷で蓋をされてる」

「あのくらいなら、余裕で溶かせるよ」


 アンリは請け合いました。目の前では、魔物の氷が分厚い床を作っておりました。回廊の向こうとこちらにある何もない空間を埋めるように、紫がかった魔法の氷がふたりの行手を塞いでいたのです。


 氷で作られた床一面に、毛を逆立てたコオリオオカミたちが歯茎を剥き出しにして並んでおりました。背中を低くして、ギュルルというような奇妙な唸り声を漏らしながら。



「逃しはしない」


 抑揚のない声が、足元から響きました。見れば、コオリオオカミの足の下、分厚い氷の中に魔物の主が横たわっておりました。仰向けで氷漬けになっていたのです。


「ひいいっ!」


 ブリジッドは、恐ろしさに身を縮めました。氷の中から、血のように赤い眼が、まっすぐにブリジッドの眼を覗き込んで来たのですから。


「捕まらないよ」


 アンリは静かに宣言しました。ブリジッドはアンリの炎で焼かれないように、真っ白な吹雪で全身を覆っておりました。外からはブリジッドが見えません。それなのに、魔物は両眼でジッと見つめているのでした。



 身の毛がよだつとはこのことでした。ブリジッドはブルブルと震え出してしまいました。


「あんなやつ、怖くないよ」


 アンリが手を握ってくれました。


「そうね、アンリの炎があれば、捕まらないかもしれないね」


 ブリジッドは少し落ち着きました。


「そうだよ。氷の魔物なんか、みんな溶かしちゃおう」


 アンリが自信満々に言いました。ブリジッドはにっこり笑いました。


「うん、溶かしちゃってよ」


 それから氷漬けの魔物を睨み返すと、叫びました。


「あたしだって、負けないんだから!」



 ブリジッドは吹雪を強めました。氷の礫が魔物の氷を削ります。コオリオオカミに吸い取られてもなお、吹雪は勢いを弱めることがありませんでした。


「いいぞ!ブリジッド」

「無駄なことを」

「おまえの氷、削れて薄くなってるくせに!」


 動じない魔物のことを、ブリジッドは鼻で嗤ってやりました。


「きさまは花嫁なのだ。この城から出ることは許さぬ」

「何を言ってんの!」


 ブリジッドが怒りました。


「花嫁じゃないよ」


 アンリも強い口調で反論しました。


「断じて許さぬ。吹雪の力を持つ者よ。我が城の妃となる宿命(さだめ)を受け入れよ」

「ひとりで決めないでよ!」

「何がサダメだよ。決めつけるんじゃない」


 ブリジッドは、アンリの真似をして氷を針のように致しました。針の雨と霰の猛攻で、コオリオオカミどもは怯んでおります。コオリオオカミの足元を、雪と炎の竜巻がかわるがわるに襲っていました。


「いいぞ!ブリジッド」

「アンリ、その調子!」

「たかが小童の火の粉など、痛くも痒くもない」

「アハハ!嘘つくんじゃない!おまえ、氷に逃げ込んでるでしょ」


 ブリジッドは声を上げて笑い出しました。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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[良い点] 暗闇の中を進むときには、先が見えないので不安です。気が遠くなるほど遠く感じてしまうものです。ですが、見えてしまえば、案外近く感じるのでした。 ⬆ 人生しかり!! 仕事でも何でも、自分の行く…
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