地下牢の怪異
四肢が自由になったフィーナは急いで部屋の扉を開けようとするが
「先輩! 待って下さい! 今開けられちゃうのはちょっと……こちらで段取りしてるんで待って貰って良いですかぁ?……ニャ」
神力によるノープランゴリ押し脱出しか考えていなかったフィーナはミレットの意見に素直に従う。
彼女の話によると捕まっている娘達はこの牢屋だけでなく、他の部屋……もしかしたら敵の拠点は複数あるかもしれないらしい。
また、白銀の群狼として請けた依頼目的の少女はこの部屋にはいないそうだ。
だから、ここでフィーナに派手な立ち回りをされて敵に手がかりが隠滅されでもしたら困るという事らしいのだ。
(…………)
フィーナにとっては今日はとかく駄目出しばかりの一日である。ミレットに言われるがまま、部屋の隅に座っている彼女の横に腰を下ろす。
(そういえば……)
この部屋の娘達はどうしてベッドの上に座っていないのだろうか?
部屋の中央に置かれているベッドはかなり大きく石造りの床に座っているよりはよほど楽だと想うのだが……
「知らない方が良いと思いますよ。ホント気分悪くなりますから……ニャ」
何やら意味有りげに語るミレットの表情は暗い。
良く見たらこの部屋の少女達は部屋の隅に座っていると言うか、部屋の中央からなるべく遠い位置に居ようとしている様に見える。
どの少女も怯えている様に見えるのは気のせいでは無さそうだ。
「ミレットさん、明かりつけて良いですか?」
フィーナの問いにミレットは意味が分からずとりあえず頷いた。
(えいっ!)
ーパアアァァー
フィーナの手から放たれた光の玉はフヨフヨと上っていき天井に着いた辺りで
ーカッー
大きく輝いた後、適度な明るさで室内を照らしている。
「さすが先輩……。何でも出来ちゃうんですね……ニャ」
ミレットが素直な感想を述べると同時に室内の女の子達からも感嘆の声が上がっている。
フィーナは一通り女の子達を見てみたが、怪我をしている様な子は居ない様だ。
しかし、今後脱出するとなると腹ごしらえは必要だろう。見ればどの女の子もお腹を空かせている様に見える。
(えーと、何かあったかな……?)
自身の収納空間を物色し、普通のパンを取り出したフィーナは、全部女の子達に食べてもらう事にした。
食事がてら町娘的な女の子達に事の経緯を聞いてみたところ、どの娘も誘拐されてここに連れてきたらしい。
冒険者らしい二人……ハーフエルフの少女と戦士風の犬耳少女にも話を聞いたが彼女達も単純に誘拐されてここに入れられているらしい。
つまり、ミレット以外は純然たる誘拐の被害者という事になる。
(…………)
女神なのに普通に誘拐された事実に、フィーナは今更ながらショックを受けていた。
絶大な力を持っていながらこの体たらく……この一日でフィーナの自尊心はボロッボロになっていた。
「下から何か来る! 気をつけろ!」
その時、突然犬耳少女が叫んだ。次の瞬間
ーシュルシュルシュルー
中央に置かれたベッドの下から一本の触手の様なモノが伸びてきて兎耳の少女の首に巻き付いた。
ーギュウッ!ー
「うぐっ!」
兎耳少女に巻き付いた触手はそのまま中央のベッドの下に引きずり込もうとしている。
「うぐっ……かはっ!」
兎耳少女は首元に手を伸ばし何とか外そうとしているが、触手の力は強く振り解けずにいた。
「皆、押さえて!」
「わかった!」
反射的に周りの少女が兎耳少女に抱きついて抵抗しており、なんとか持ちこたえているという状況だった。
「このっ!」
ーシュパパパッ!ー
咄嗟に何が起きているのか分からなかったフィーナだが、急いで光の矢を触手に向けて放つ。
ードスッ!ー
細い相手だったので一度に複数本撃ったのだが、その内の一本が触手に命中した。
「キエェェェッ!」
何者かの叫びがベッドの下からエコーの様に響いてきた。
だが、触手は思った以上に弾力がある様で直接傷を付けるには至らなかった。
それでも光の矢が当たった衝撃により兎耳少女は解放されたのだった。
ーシュルシュル……ー
触手はそのまま不気味な音を立てながらベッドの奥へと戻っていく。
(い、今のは……?)
今の触手がミレットが言っていたベッドに近寄らない方が良い元凶だろうか?
ミレットに話を聞きたいところだが兎耳少女の状態も気になる。フィーナが兎耳少女に駆け寄ると
「ゲホッゲホッ!」
兎耳少女は大きく咳き込んでいた。床の上に寝かせられた彼女も息はしているので命に別状は無さそうだ。
首を強い力で引っ張られた時の外傷と床に引き摺り倒された時の打ち身や擦り傷がある位だ。
(急いで治療を……!)
ーパアアァァー
フィーナはすぐさま兎耳少女にヒールを掛けていく。
「はぁ……はぁ……」
治癒魔法が効いてきたのか兎耳少女の表情は和らいできた。そんな少女の様子を見てフィーナがほっとしていると
ーシュルシュル……ギュッ!ー
「……えっ?」
触手の這いずる音が聞こえたと思ったその時、フィーナは自身の足首に生暖かい感触を感じた。
ードシャッ!ー
「きゃあっ!」
強い力で足を引かれフィーナは床に倒されてしまった。
ーザザァー!ー
「や……いやぁーっ!」
フィーナは何が起きているかも分からず部屋の中央に引っ張られていく。
「嫌っ! 離してっ!」
ーガッガッ!ー
うつ伏せで床に手を伸ばしたフィーナは、まだ自由の効く足で触手を蹴りつけ何とか抵抗しようとする。
ーグググググッ!ー
だが触手がフィーナの足を引っ張る力は強くどんどん部屋の中央に引き寄せられてしまっている。
このままではベッドの下に引きずり込まれてしまいそうだ。
「くうっ!」
一か八かフィーナは左手を自分の足元に向けた。
今の状態では正確な狙いは定まらないが他に手は無い。フィーナが光の矢を撃とうとしたその時
「えいっ!」
ースパッ!スバッ!ー
ミレットの爪を立てた猫パンチにより、触手は切り裂かれた。輪切りに出来る程の威力は無かった。
「くっ……」
だが、傷を負った触手の拘束力は弱まりフィーナはどうにか逃れる事が出来た。
「はぁ……はぁ……」
四つん這いの状態で部屋の隅に移動したフィーナが腰を下ろした時には息が完全に上がってしまっていた。
「危なかったですね、先輩? 暗かったからあんな化け物がいるとは思いませんでしたけど……ニャ」
攻撃を終えたミレットがフィーナの横にやってきた。彼女の話によるとミレットが部屋に入れられた時には今より多くの少女がいたらしい。
しばらく部屋で過ごしていたところ、突然何人かの悲鳴が聞こえすぐに声は止んでしまった事があったそうだ。
部屋が暗かった為に何が起きているのかはまるで分からなかった様だ。
だが、声の聞こえた方が部屋の中央だったために、少女達は部屋の中央から遠ざかる様に壁際に座っていたらしい。
「よくは分からないんですけどベッドの下に何かありそうですね。先輩、なんとか出来ませんか?……ニャ」
ミレットが言うのはベッドの下が気になるからベッドを退けてくれと言う事なのだろうが、さっきあんな目にあったばかりだと言うのに、いつ触手が飛び出してくるのか分からない場所に、フィーナは流石に近寄りたく無かった。
単純に部屋の中央にあるベッドを誰も居ない部屋の片隅に転移させれば良いだけなのだが、フィーナがその結論に至るまでかなりの時間を要した。
「えいっ!」
ーパアァァァ!ー
その事にようやく気付いた彼女がベッドを転移させると、そこには地下へと続く正方形の縦穴があった。
もしあのまま触手に引き寄せられ続けていたら縦穴の中に引きずり込まれていただろう。
(わ、私……あと少しであの中に……)
ちょっと考えただけでもフィーナの身体には震えが走る。しかし、怯えるフィーナを他所に
「ちょっと覗いてみましょうか……ニャ」
ミレットは彼女なりに用心しながらも縦穴に近付いていく。
「先輩! 来て下さい! ハシゴがありますよ!……ニャ」
良いもの見つけましたと言わんばかりにミレットがフィーナを呼ぶ。
(うぇ……)
来て下さいと言われても正直近寄りたくない。いきなり何が出てくるのかも分からないのだ。
そんなフィーナが竪穴に近寄るのを渋っているとミレットから
「この下に拐われた女の子が居るかもなんです! 早く!……ニャ」
さらに大きな声で呼ばれ、仕方無しにフィーナは恐る恐る縦穴に近付いていく。
(な、何も出てきませんように……)
フィーナが恐る恐る縦穴を覗いてみると、底はかなり深い様でハシゴも先が見えなくなっている。
「……あ、あの……もしかしなくても、これを降りるんですか?」
答えは決まっていそうだが、とりあえず一縷の望みを賭けてフィーナはミレットに尋ねる。
「私が先に降りますから大丈夫ですよ。これでもシルバーのスカウトですから、大船に乗ったつもりで付いて来て下さい!……ニャ」
ーポフッー
力強く自分の胸を叩きミレットは信頼性をアピールする。
彼女も曲がりなりにも冒険者だけあって相当に肝が座っている様だ。
「……わ、わかりました」
ミレットに比べたら一般人レベルな胆力しかない自分に項垂れながら、フィーナはミレットの後に続いて縦穴のハシゴを降りていくのだった。




