国王陛下と王都の夜
「これは可愛らしい御嬢さんだ。……立てるかな?」
力強く身体を支えられ、バランスを取り直せたフィーナは声の主にお礼を言う為、顔を声の主の方に向ける。
(へ……?)
声の主は壮年の男性で灰色の口髭に同じ色の長髪、顔立ちは整っており若い頃はかなりの美男子だった事が伺える。
頭の上にのせられた金色の王冠と赤いマントが言葉で説明されずとも彼の素性を明らかにしていた。
「お、王様……! あ、いえ……国王陛下!」
フィーナが転ばない様に身体を支えてくれていたのはこの城の主でありこの国の最高権力者であった。
慌てたフィーナは意味のない言い直しをしたが、当の本人は何も気にしていない様だ。
フィーナがすみませんすみませんと何度も水飲み鳥の様に御辞儀を繰り返すが国王は
「いやいや……」
と、逆に気を使わせてしまっていた。
(あ……)
フィーナがふと見ると、二人のやり取りを見ていたグレースがすぐ側で真っ青になっているのが分かった。
「君は確か女神様から聖女の役目を仰せつかった女性だそうだね。娘が面白い人だと言っていたが……」
穏やかな表情でフィーナに語り掛ける国王は気さくな男性という印象しか感じられない。
「聞けば息子が君にちょっかい出しているそうだね。君の迷惑になってなければいいのだが……」
ジークハルト王子の奇行はすでに国王の耳に届いていた様だ。
「め、迷惑だなんて……それより王子様がお店にいらっしゃるのは色々と大変なのではないかと……」
フィーナはなるべく失礼にならない様に言葉を選びながら王子が店に来ない様に期待を込めて国王に伝える。
「国王陛下。間も無く城門が閉じられます。聖女様には早く入り口に向かって頂かなくては……」
懐中時計を見て時間を気にしていたグレースが国王に進言する。
「ああ、すまない。それでは私は失礼させてもらおう。おやすみ、聖女フィーナ嬢」
国王はそう言うと別館の方へと歩いていった。ゆっくりと去っていく国王の後ろ姿にフィーナは何度もお辞儀を繰り返していた。
そんなフィーナにグレースがゆっくり近付き
「……フィーナ殿、貴女は少し落ち着きが無さすぎます」
さっきまでの仮免教習の延長のネリでグレースのお小言が始められる。
「普段は落ち着いているのに、一度慌てると雪だるま式に収拾がつかなくなってしまうのは今後の事も考えると早急に改めた方がよろしいかと……」
短くないお小言とガチのダメ出しがグレースからフィーナに無慈悲に告げられた。
腰に手を当て説教を続けるグレースに対し、元々が小柄で華奢なのもあるが肩を落としションボリしているフィーナはより小さく見えた。
「抱きかかえてくれたのが国王陛下だから良かったものの、偏屈なレイシストのお貴族様相手だったら慰謝料を請求されていてもおかしくなかったのですよ」
このままではグレースのお小言は果てしなく続くかに思われた。しかし。
ーゴォーン! ゴォーン!ー
閉門を知らせるであろう鐘の音が響き渡ってきた。
「こうしてはいられません! 急ぎますよフィーナ様?」
残り時間が少ないという事で
「よろしいですか? フィーナ様。貴女はもう少し心にゆとりを……」
城の入り口までの歩きながらの説教となったが、もし時間があったなら何時間も説教は続いていたであろう……。
話の内容的にフィーナの事を考えてのものであったため、フィーナはただ黙ってグレースの説教に耳を傾ける他無かった。
そんなこんなで城内を進んでいるとやっと城門が見えてきた。丁度城門の衛兵が門を閉鎖しようとしているところだった。
「門の閉鎖待て! 人が通る!」
グレースが大きな声で静止すると門を閉じようとしていた衛兵は動きを止め、半門の状態のまま待機の状態を取った。
「それではフィーナ殿、お気をつけてお帰り下さい。ジークハルト王子の事は早急に対応させて頂きます」
何だかんだで今日もグレースに送ってもらう結果になってしまった。
「すみません、グレースさん。お手数お掛けしました」
フィーナがその事について反省と謝罪の言葉を述べると……
「お気になさらないで下さい。それより貴女には多数の改善点が見受けられます。そちらを改められる様、くれぐれもお願い致します」
やんわりと注意で返されてしまった。
「……善処致します」
消え入りそうな小さな声でフィーナは答える。
「それでほ御機嫌よう。お気をつけて」
グレースの表情が穏やかなものだったのが唯一の救いか。フィーナは城門を抜け夜の王都へと帰っていくのだった。
夜の王都を歩くフィーナだったが、考えてみればこの時間に王都を歩くのは初めてだったかもしれない。
先日死神の件で街に出た時はすでに街が寝静まった後だからあの時とも様子が違う。
そこかしこの店で冒険者達が騒いでおり、さしずめ仕事終わりのリーマンが居酒屋で騒いでいる様なそんな喧騒だった。
(早くお店に帰らなくちゃ……)
フィーナは店を目指して歩みを進める。しかし目抜き通りは混雑しており思った様には速く進む事が出来なかった。そんな時
(……?)
自分の背後からピッタリと後ろをついてくる何者かの気配を感じた。
フィーナは歩く位置を変えてみたりするが後ろの何者かはそれでも後ろを離れずに付いてくる。
相手の意図が分からずフィーナが次の行動を決めあぐねていると
ーガシッ!ー
(え?)
突如何者かに後ろから抱きつかれ、あっという間に口と両腕を抑えられた。
フィーナは助けを求める間も無く横の路地へと連れ込まれていった。
「くうっ……んんっ!」
ーズズズッ!ー
裏路地を引き摺られている間、フィーナは足を踏ん張ったり身をよじったりと出来る限り抵抗したが、何者かの力は強く抵抗には何の意味も無かった。
(何? なんなの……?)
混乱の最中、転移で逃れようかとも考えたが今の状態で転移しては後ろの何者かに拘束されたままの転移になってしまう。
(転移は今は無理……?)
転移するにも機を伺ってからという事ですぐに転移で逃げるという手段は保留となった。
そうこうしている内にフィーナの両腕は後手に縛られ口には猿ぐつわもされ、身体の自由はすっかり奪われてしまっていた。
ーガバッ!ー
「んんーっ!」
両腕の自由が奪われたところでフィーナは担ぎ上げられてしまい今度こそ自由を失ってしまった。
まだ自由の効く両足をバタバタさせるが無駄な抵抗だった。
「少しは大人しくしろってんだ」
ーギュッ!ー
両足首も紐で縛られてしまい、フィーナは完全に何も出来なくなってしまった。
二人がかりで担ぎ上げられてしまってはどうしようもない。
「とんだ上玉がいたもんだ」
「これならボスも大喜びだな」
肩に担ぎ上げられているフィーナの視点では彼等の人相は分からない。分かるのはかなり体格の良い男達という事くらいだ。
二人の男は裏路地にある一つの古ぼけた建物にフィーナを運び入れた。建物の中はまともな明かりもなく非常に埃っぽい。
男達は建物の地下にやってくるとある部屋の扉の前で止まり
「ここで大人しくしてな」
部屋の扉を開けるとフィーナを無造作に投げ入れた。
ーポフッ!ー
「んぐっ!」
無造作に放り投げられたフィーナだったが、部屋の中のベッドが緩衝材となった様で特に怪我を負う事は無かった。
猿ぐつわは解かれる事も無く両腕も後手に縛られたまま両足の紐も解かれてはいない。この状態ではうまく転移出来るかどうかも分からない。
ーカチリッー
男達は部屋の扉に鍵を掛けると何やら話しながら上へと上がって行ってしまった。
(どうしよう……?)
取り残されたフィーナが途方に暮れていると、同じ部屋の中に自分の他にも何人か人が居る事に気付くのだった。




