学習能力皆無
王城の一階に着いたフィーナは真っ先に受付へと向かった。
「これはフィーナ殿、グレース様は自室にてお待ちになられております。これを」
受付のゴーマンは相変わらず腰の低い対応をしてくれた。また、フィーナに紙の様な何かを差し出してきた。
(何でしょう……?)
受け取った紙を見てみると、それは受付からグレースの部屋までの案内図であった。
当然手描きで描かれており、城内で目印になる様なモノから、通路の特徴まで事細かに注釈まで書かれている。
自分の為に用意して貰ったかと思うと申し訳ない気持ちで一杯になる。
「ありがとうございます! えーと……」
これなら迷わずグレースの部屋まで辿り着けると、喜び勇んで地図を受け取ったフィーナが地図を見ながら何の気無しに身体の方向を変えると
「お待ち下さい! 地図はこの向きで! どこに居ようとここの向きでご確認下さい!」
慌てたゴーマンから、注意が入る。
今のフィーナが取った自分中心で地図を見る行動は地図を持っていても迷う人の典型的な例である。
「……はい」
グレースの部屋まで独力では迷って辿り着けないと思われているばかりか、地図を読めない子扱いまでされてしまいションボリなフィーナ。
彼女の特徴的な長い耳も力無く垂れ下がってしまっている。
(…………)
気落ちしたまま地図を手にフィーナは王城の通路を進み始めた。
中庭を抜ける辺りはきちんと覚えているが、中庭を抜けた先の別棟……だとは思うが、地図と現場を見ながらフィーナは慎重に先に進む。
地図に書いてある注釈の室内灯の数や台に置かれた壺、通路の左右に置かれた甲冑など、指摘されれば確かに目印となりそうなモノは確かにある。
地図のお陰か今回は周囲に目を配る心理的な余裕がある。
フィーナが地図と見比べながら通路を進んでいると、通路の先から赤いマントを羽織った壮年の男性が歩いてくるのが見えた。
(あれは……!)
頭に載せられた王冠に膝上丈の膨らんだパンツ。どう見ても王様のそれである。
目標は単独で通路を直進中、このままではフィーナが彼と接敵するのは免れない現実となる。
(あわあわあわ……!)
フィーナは慌てて進路を変え横の通路に入る。歴史に影響を明確にもたらす王様と接点を作るのは極力避けたい。
王子や王女と顔見知りになっている現状では今更かもしれないが、現在の最高権力者本人と無意味に関わるのは避けておくべきだ。
自分の一挙手一投足が歴史にどんな悪影響をもたらすか……考えただけで不安一杯になる。
なるべく不自然に思われないように…と、フィーナは通路を足早に進む。
多少道順を変更したところで地図でおおよその場所は分かる。不安になったら来た道を戻れば良い……フィーナはそう考えていた。
その考えの浅はかさに彼女が気付くのは割りとすぐ後の事であった。
(うむむむむ……)
地図を持っているからと油断していたフィーナだったが見事に迷っていた。
王様との接触を避けるべく横の通路に入りつつ近道となる様に進んだつもりだったのだが……
(あれ……?)
しばらく進んでみても地図に書かれている目印が一向に見えてこない。これはおかしいと来た道を引き換えしたつもりだったのだがどんなに歩いても王様を見かけた通路に戻る事が出来なかった。
事ここに至っては地図はもはや無意味……フィーナは涙目になりながら広い城内を一人彷徨う他無かった。
こうなったら王城の関係者に行き会う事を期待するしか無いのだがこういう時に限って誰ともすれ違う事が出来ない。
(どうしよう……)
オロオロと地図を見ながらフィーナは周囲を見回す。
だが、残念ながらそんな事で目印が見つかる程王城は甘いものでは無い。
「フィーナ殿!」
びっくりしフィーナが声のする方を見ると白い軍服に白いスカート姿のグレースが駆けて来るのが見えた。
「フィーナ殿、どちらへ行かれるのですか? そちらは騎士団の武器庫や宿舎となっておりますが……」
日頃から鍛えているグレースは少々走ったところで息を切らす事は無い様だ。
話しながら駆けてきても息の乱れなどは無い。
「すみません。迷ってしまいまして……地図は頂いたんですが」
ションボリとグレースに頭を下げるフィーナ。感情に合わせて長い耳が垂れ下がっている。
「私の部屋はあちらになります。後をついて来て下さい」
グレースはそう言うとフィーナを先導して通路を進み始めた。
遅れない様にグレースの後に続くフィーナだったが、後日きちんと辿り着ける様に辺りを見回しているが、そんな事ですぐに覚えられるならそもそも最初から迷子になったりはしない。
しばらく進んだところでようやくグレースの部屋に到着した。
どうやら、違うルートで進んでいた為通り過ぎていた事にも気付かずにフィーナは城内を彷徨っていた様だ。
「……失礼します」
ひと声掛けて部屋に入るフィーナ。部屋に入るとグレースがソファーに案内してくれた。
促されるままフィーナはションボリしながらソファーに腰を下ろす。
「フィーナ殿、私に御用とはどういったご用件でしょう?」
フィーナの対面のソファーに腰を下ろしたグレースが尋ねてきた。
道に迷った事で頭が一杯になってしまっていたが、危うく本来の目的を忘れるところだった。
「実は先日私の働いているお店にジークハルト王子がいらっしゃいまして……」
グレースに相談すればきっといい方向に向かうだろう。フィーナは期待を抱きながら言葉を続ける。
「ご予約も無しにいらっしゃられても対応出来ませんので……今後は事前連絡無しにお越しにならない様に伝えては頂けませんでしょうか?」
フィーナは伝えたい事を一気に喋りきった。彼女の話を聞き終えたグレースは話を聞くなり頭を抱えていた。
「……先日……ですか。大事な会鍵があったというのに、急用が出来たと言っていたから何があったのかと思っていたら……」
グレースは大きな溜め息をついて頭を抱えている。何かを考えている様で黙ってしまった。そこに
ーコンコンー
「失礼します! アルヴィン騎士見習いです! お茶をお持ちしました!」
元気な声と共に扉をノックする音が聞こえてきた。
「……ああ、入れ」
グレースが返事すると同時にティーセットをのせたお盆を手にしたアルヴィンが入室してきた。
慣れた動作でお茶をテーブルに置くアルヴィンは立派に騎士への道を歩んでいる様だ。
オーウェン家で悪魔呼ばわりされて剣の稽古をしていた頃が懐かしく思える。
「ありがとうございます」
お礼と共にフィーナは頭を下げる。そんな彼女の態度にアルヴィンは顔を赤くして照れてしまった。
アルヴィンとはさほど接点が無い訳ではないはずだから今更照れられるとは思っていなかったが、彼が過ごしているのは体育会系な男社会だから異性への免疫が出来ていないだけなのだろう。
(…………)
詳しくは分からないがアルヴィンはグレースの世話係も努めているはずである。
彼とグレースのやり取りを見ている限りアルヴィンがグレースに対して照れている様子は無い。
(う〜ん…。)
やっぱりアルヴィンにとってのグレースは怖い上司なのだろう。事ある事に殴られていれば当然の話とも言える。
「それでは失礼します!」
アルヴィンはそう言うと退出していった。
一方、グレースはアルヴィンが用意してくれたお茶を啜りつつ未だに頭を抱えていた。




