聖女の評価
フィーナの聖女生活も三日目を迎えた。二日目の時点で初日程の人数では無かったためか、三日目はさらに人列は少なかった。
幸いにも昼前には人列がはけてしまったため、何も気にする事無く王城に来る事が出来た。
入り口の衛兵に声を掛けたところ、グレースから新たな肖像画を預かったそうで、肖像画とフィーナを交互に何度か見比べられてしまった。
チラッと見えたがこれまでのフィーナの肖像画と大した違いは無く、ポニテのグレイの上からせーじよと書き足されているのみであった。
もちろん日本語のひらがなで書かれている訳では無いが、二十代半ばのグレースが書くには少々幼い文体である。
苦笑いで通してくれる衛兵に礼を言い、フィーナは王城の敷地を中へと進む。八年後に火薬倉庫となるはずの場所は相変わらず立派な神殿のままだ。
王城の一階に着くと以前見た様な人集りはなく、受付付近は比較的閑散としていた。
「あの〜、すみません」
フィーナは受付に居た男性に声を掛けた。以前グレースの部屋に案内してくれたゴーマンだ。
「これはフィーナ殿、本日はどのようなご用件ですか?」
にこやかに話しかけてくるゴーマンにフィーナは照れ臭そうに
「今日もグレースさんにお会い出来たらと思いまして……」
アポ無しで国の要人に合いに来るというのもどうかと思う。
だが、電話というシステムがこの世界に流通する様になるまで何百年掛かるか……そもそも、そんな未来が来るのかどうか。
エルフィーネの話からも考えると千年前からこの世界はあまり変化はしていない様だ。
平和な時代が延々と紡がれる歴史を繰り返しているだけで世界に大きな変化は無い様だ。しかし、フィーナがどう思おうと世界のやり方に従うしかない。
手紙という方法もあるが郵便という社会システムは無い。
それらは、せいぜい金銭に余裕のある者が冒険者に依頼を出し手紙や物品の配達をお願いするくらいである。
紙自体すら高価な世界では手紙の文化が発展するはずも無く……
「本日はグレース様は王都西の郊外にて新兵の教練に当たっておられますね」
ゴーマンが予定表に記されていたグレースのスケジュールを
読み上げる。
「お帰りは夕方以降になられると思いますが……アポイントはお取り致しますか?」
(ゆ、夕方……?それはちょっと……)
流石に毎回会える程、グレースは暇では無いらしい。夕方まで待つのはさすがに避けたい。
「それでは、明日以降にグレース様にお会いできる時間をお取りする事は出来ますか?」
フィーナは今日会う事は諦め、後日改めて約会う束しておく事にした。
「グレース様は……しばらくは空いている時間は日没以降となりますが、ご予約はお取りしますか?」
可能なら昼頃が良かったのだが、無理を言う訳にもいかない。
「はい。明日の日没以降でお願いします。」
また明日王城へ来なければならない。
アルフレッドに留守にする事を伝えたり、お店にも伝えなければならないし……と、王子様のせいでいい迷惑である。
「それでは失礼します。また明日……」
今日は明日の約束をしただけで終了と相成った。物事の進みが遅い気がするが仕方無い。これが異世界の作法なのだと納得するしか無いのだ。
グレースに会えなかった事に落胆しつつ、王子に見つからない様にフィーナは急いで王城を後にする事にするのだった。
フィーナが店に戻る為に王都の目抜き通りを歩いていると
「あ! フィーナさーん!」
誰かに遠くから呼び止められた。声の方を見ると神官の白い法衣を着た緑色の髪の女の子が駆けて来るのが見えた。
女の子はシンシアだった。同じ王都に住んでいるとは言え人口から考えると街中で偶然行き会うというのは中々珍しい話だ。
二人の日々の行動がその時間その場所で交差しているのなら出会うのも不思議ではないだろう。
しかし、本日フィーナは王城にアポ取りに行っただけであり、この時間に王都の目抜き通りを歩いているのは全くのイレギュラーである。
そんな時に偶然知り合いに会うというのは、フィーナの脳裏に幼い頃日曜の夕暮れに見ていた海産物メインの某国民的アニメを思い起させる。
「シンシアさん、こんにちは」
息を切らせながら駆け寄ってきたシンシアにフィーナは挨拶する。
結構な人通りなのだがフィーナがよほど目立っていたのか。
王都には自分より際どい格好をしている若い女の子の冒険者は決して珍しくは無いと言うのに。
だからそれほど浮いているはずは無いとフィーナは思っているのだが、自身と周囲からの評価は得てして違うものである。
そもそもフリフリメイド服のエルフと言う時点でこの世界では一点物と同義に近い。その事実にフィーナが気付くのはいつになるのだろうか……?
「フィーナさん、ありがとうございます! うちの教会に良く来るおばあちゃん、喜んでましたよ! 腰が楽になったって!」
シンシアが話してきたのは自身の教会に通っている信徒の事であった。
彼女の話からするとフィーナが治療した人々の中に彼女の教会に通っている人が居た様だ。シンシアの協会は東地区であったはずである。
(もうそんな遠くまで話が……)
王都は狭い街では無い。人口も多いはずなのにもうそんな範囲にまで噂が広がっているのか……とフィーナは驚いていた。
「でも、教会の偉い人達はあんまり嬉しそうじゃないんですよね。信徒の人達は喜んでるしお祈りにもたくさん来てくれる様になったのに」
シンシアが不思議そうに話す内容にフィーナはなんとなく見当がついていた。
教会では魔法による治療も受けてはいるが、無料ではなく寄付やお布施という形で金品を受け取る対価として行っている。
そんなところに自分が現れて、病人を治してしまったのだから……教会の運営に関わる者からすれば面白くない話なのも当然だろう。
(…………)
しかし、それはフィーナの責任でもない。
フィーナが街の人々に集まる様に大々的に広報していたのならともかく、彼女は街の飲食店で勤務していただけである。
無料で治療してしまった事は軽率だったかもしれないが、様々な身体の不調に対した料金体系など作る余裕は無かった。
そもそもフィーナは昨日まで必死に人々を治療していたのだ。
公平性を考えるなら今後も有料にするのは難しいし、聖女の立場としても助けを求める人を無下にする事は出来ない。
「そ、そうなんですか……」
歴史の乱れを気にする女神と言えど、直接関係の無い組織の利害関係にまで気を使ってはいられない。
「それじゃ、私仕事がありますので……失礼します」
「あ、待って下さい! 実はフィーナさんにお願いが……!」
気まずさからその場から逃げる様に立ち去ろうとするフィーナ。そんな彼女をシンシアが呼び止める。
「はい?」
お願いと言われてもフィーナにはさっぱり心当たりが無い。何だろうと話を聞いてみると…
「私の教会の周りで深夜に不審な人影の目撃例がたくさんあるんです。冒険者ギルドにお願いしようにも偉い人達は顔をしかめるばかりで……」
不審者対応らしい。シンシアの可愛さから考えると不審者が出るのも不思議は無い。
自分の列に並んでいる人列の中にも不審者として形容して差し支え無い様なオッサンが紛れている位である。
いたいけな女の子を怖がらせるとは、異世界にも迷惑な人間は居るものである。
「……わかりました。今日の深夜からでよろしいですか?」
シンシアに危害が及んでは大変とばかりに安請け合いしてしまう聖女フィーナ。
ここ毎日神力がレア経由で天界から支給されているのもフィーナの気が大きくなってしまっている要因であった。
「ご、ご協力して頂けるんですか? ありがとうございます! これで信徒の皆さんも安心して暮らせます!」
フィーナの返事にシンシアは顔一杯に喜びの表情を浮かべた。
不審者対応と言う事でストーカー的な中年男性位の案件と考えていたフィーナが異世界の話だと再認識させられるのはもう少し先の話である。




