聖女の受難
聖女生活二日目も中々にハードであった。普通の治療と協会への案内だけならまだしも、まさか王子がやってくるとは思ってもいなかった。
今回はエルフィーネに押し付ける事でどうにか難を逃れられたが、次またいつやってくるかは分からない。
一国の王子なのだからそこまでフットワークが軽くないとは思いたいが、フィーナが聖女として知られる様になってまだ二日での襲来である。
(…………)
これからの事を考えるとどうにも不安である。なんだったらエルフィーネと王子がくっついて貰えれば御の字なのだが、当のエルフィーネが嫌なのだそうだ。
イケメン好きの彼女なのだから丁度良さそうなものだが、エルフィーネ曰く
「馬鹿はキライなの」
だそう。とにかく、このままでは通常の業務にも響きかねない。
明日、時間を見て王城に行きグレースか王女プリシアに会って王子を止めて貰うよう頼みに行くべきだろう。
明日の予定が決まったのはなによりだが、アルフレッド達が帰って来る時間になるというのに人列が無くなる気配が無い。
もっとも、それはフィーナから見える範囲の話なだけなので店の外の列は無くなってきているのかもしれない。そういえば女将さんもアンも店内の仕事に掛かりっきりだ。
希望的観測として見るならば、外の人列は大した事が無くなってきている可能性が高いと思っていていいのかもしれない。フィーナが最後尾が見えるのを今か今かと心待ちにしていると
ーカランカランー
店の扉が開きアルフレッドとリーシャの二人が帰ってきた。
「……ただいま帰りました」
「ただいま帰りました〜」
二人共、いつものテンションでただいまの挨拶をするとフィーナに声を掛けてきた。
「フィーナさん、外の人もう少なかったよ? 今日も僕、お茶の用意するよ」
「私も……お手伝いします。それにアル君と見てもらいたい事もありますので」
目の前の人列の消化に手一杯のフィーナは二人の言葉を深く考える余裕も無く
「わかりました。くれぐれも気をつけて下さいね」
と、最低限の注意をするくらいで終わってしまった。そんな二人が裏に引っ込んで少し経ってから
「うわあぁぁぁぁっ!」
「きゃあぁぁぁぁっ!」
裏から二人の悲鳴にも似た叫び声が聞こえてきた。フィーナは並んでいる人達に離席する事を告げると急ぎ裏庭へと向かった。
急いで裏庭に来たものの井戸付近にも物置一階の炊事場にも二人の姿は無い。残るは物置の二階だけ……フィーナが階段を上がっていると顔を真っ赤にしたアルフレッドとリーシャが階段を駆け下りてきた。二人は階段の途中にも関わらずフィーナにしがみついてきた。
「ど、どうしたんです?」
フィーナが声を掛けるも二人はしがみつくばかりで何も話そうとしない。そんな時
「あによー! 純情奪われそうになったんだから慰めてくれてもいいじゃないのよぉー!」
上から呂律がおかしいエルフィーネの声が聞こえてきた。とりあえずフィーナが二階に上がり、リビング代わりのソファーのあるスペースへの扉を開けると
(……っ!)
ーバタン!ー
扉を開けた瞬間目に飛び込んで来たのはメイド服を脱ぎ散らかして下着とガーターベルトとストッキングのままでソファーに寝転んでいるエルフィーネの姿だった。
思わず扉を閉めてしまったがあんな格好アルフレッドはもちろんリーシャの教育にも良くない。
(ここは強硬策で……)
ーパアアァァー
フィーナは神力でエルフィーネにメイド服を強制的に着用させた。
「ぐえっ!」
中からうめき声が聞こえてきたが気にしない事にした。そもそも人ん家で飲んだくれて下着姿で酔い潰れている方が悪いのだ。
二人が用意したのだろうティーセットは扉の横の台の上に置かれている。
これから部屋に入ってお茶の準備をしようとしたところでさっきの痴女を見てしまったのだろう。
二人はまだフィーナの背中側にしがみついている。よほどショックだったのだろう。
「お二人共、今日は一旦お店に戻りましょう」
このまま部屋に入るのは二人に悪影響と判断。フィーナはお店への避難を決断した。
今の時間ならお客さんも少なく、フィーナが人列を消化する間くらいはお店で過ごしていても問題は無いはずである。
という訳でフィーナはお茶のセットを手に二人を連れお店に戻る事にするのだった。
お店に戻ったフィーナだったが人列の消化は思ったより早く終わらせる事が出来た。
昨日今日とお店の事を何もしていなかったから手伝おうとしたら、女将さんには止められアンには怒られてしまった。
二人が言うには自分を大事にしろ、と言う事らしい。女神な身体は人より頑丈なのが取り柄なのでそう簡単には駄目にはならないのだが……。
確かに人間離れな事を繰り返していたら悪目立ちしてしまうかもしれない。やはりここは二人の意見に従って、今更ながら人間らしい所作を心掛けて行くべきだろう。
聖女を襲名させられてしまった為、周囲からの注目度も相当高くなってしまっているはず。まだ二日目なので自覚が足りなかったかもしれないが、自分はなるべく目立たない様な日陰者として歴史を歩んでいかなければならないのだ。
聖女が目立つ事はあっても聖女フィーナが目立っては駄目なのだ。願わくば名も無き聖女として歴史の中に埋もれていきたい……アルフレッドとリーシャが美味しそうに紅茶を飲んでいるのを見て、フィーナはそんな事を考えていた。
(そういえば……)
帰ってきた時にリーシャが言っていた見せたいものとは何なのだろう……と、思い出したフィーナは二人に聞いてみた。すると、二人から疲れているところは無いかとの質問が返ってきた。
「う〜ん、私より女将さんとかアンさんの方が疲れているんじゃないかな?」
と、言ってみるも二人は不服そうだ。あまり疲れは感じていなかったが、一日中神力の使いっぱなしの両腕と協会への案内で酷使した喉が疲れているかもしれない。
フィーナがその事を二人に伝えると、二人は嬉しそうに席を立ちアルフレッドはフィーナの首の喉辺りに手を添え、リーシャはフィーナの両腕に手を添えた。
「……動かないで下さい」
「じっとしてて下さいね?」
ほぼ同時に声を掛けられ思わず笑ってしまいそうになったフィーナだったが、二人の真剣な表情に押されそんな感情も何処かへ行ってしまった。
ーパアァ……ー
なにやら二人は精神を集中している様で、首を動かせない今のフィーナからは見辛いが、アルフレッドもリーシャも手がぼんやり光っている様だ。それと同時にフィーナの腕から疲れが、喉からは何かが絡む様な不快感が消えていく感じがした。
明らかに何か身体の調子が良くなったとフィーナが自覚した時には二人の手から光は収まり、ほぼ同時に溜め息を付いていた。
「お二人共、今のはヒール……?」
フィーナの言葉を聞いて、嬉しそうにはにかみながら頷くアルフレッドとリーシャの二人。
そんな三人を見ていた女将さんとアンはフィーナ以上に大興奮だった。
その日、ニワトリと踊る女神亭は数年に一度あるかないかの臨時休業日となり、家族と常連客の騒ぐ声が夜遅くまで聴こえていたのだった。




