聖女の日常
朝食を終えたフィーナ達は各々の日常へと戻っていった。アルフレッドはリーシャと一緒に魔法学校へ。
ミレットとプロージットはいつもの冒険者衣装に着替えると白銀の群狼の面々と一緒に冒険者ギルドへと出掛けていった。
残るフィーナもいつもの店員……ではなく、昨日から始まった人々の列の処理という名の診療というタダ働きをしなければなくなっていた。
今日も最後尾がどこなのか分からないくらいには人が並んでいる。また、昨日とは違い冒険者らしい人もちらほら並んでいる。
(はぁ……)
心の中で小さく溜め息をつきながらフィーナは本日の業務を始める。
やる事と言えば、話を聞いて該当箇所にヒールかキュアを掛け最後に協会へのお祈りを促して一仕事終わりとなる。
それが何百…もしかしたら千人位いってるのかもしれない。
もっとも、アルフレッドとリーシャが帰ってくる頃には女将さんとアンが列の解散を進めてくれるだろうから、それまでの辛抱とも言える。
愛想笑いを浮かべながら治療を続けるフィーナをエルフィーネが暇そうに朝食を食べながら眺めている。
昨日から突然店に行列が出来始めたのだから、何も知らない常連客等は何が何やらだろう。
メイド服のエルフが主に老人を相手に魔法を掛けているのだから……しかも、魔法を掛けられた者は足取り軽やかに去っていくのである。
初見で理解しろと言うのも無理があるだろう。
ガラが悪い冒険者などは無理に列に割り込もうとするのだが、そういった者はフィーナの目の届く範囲で狼藉を働く為、エルフィーネよろしく神力で調整した雷撃弾を受けて悶えながらの退場となる。
仕事が始まって三時間程、フィーナの表情も疲労の色が濃くなってきた。
そんな時、暇そうにしていたエルフィーネが大きな声で人々の列に向かって
「はーい! ここで聖女様は一旦お花摘みに参りまーす!」
と、人々の列はそのままに強引にフィーナを裏庭に連れ出した。花を摘むという言葉を理解する人が多かったのか特に苦情の声は上がらなかった。
裏庭に来たエルフィーネはイタズラっ子っぽい顔をしながら
「ねぇ、アンタの服貸してくれない? ちょっとくらい休みたいでしょ?」
と、フィーナの服を貸す様に言ってきた。元々フィーナの服を着るのは乗り気では無かったはずだが、前回の馬車旅の件で心境の変化でもあったのだろうか?
「服なら物置のクローゼットに入っでますけど……」
そう言いながらフィーナは防壁の通行可能者にエルフィーネを加える。
フィーナが目で合図するとエルフィーネは最初はおっかなびっくり、ある程度進んだら一目散に二階へと上がっていった。
「ちょっとぉー! これまだ腰きついー! 胸もぶかぶかー!」
一通りの苦情を言いながら、フィーナと瓜二つの容姿のエルフィーネが二階から降りてきた。
同じ金髪で髪の長さも同じくらい。顔付きが少し違うくらいで身長もほぼ変わらない。
エルフィーネの胸の方が平坦だという点を除けば、概ね双子と言っても差し支えは無い。
エルフを見慣れた者なら区別がつくだろうが、見慣れない人種の区別は中々難しいものなのだ。それはここ異世界でも何も変わる事は無い。
「それじゃ、アンタは休んできなさいな。少しの間は私がうまくやっとくから」
そう言うとフィーナが止める間もなくエルフィーネは店に入って行ってしまった。
うまくやっておくと言われても、外見のみ萩原と荻原くらいの紛らわしさがあるくらいで、実力の方向性も内面もまるで違う別人である。
そんなエルフィーネが大勢の人々相手に何が出来るのか……。
(大丈夫でしょうか……?)
心配になったフィーナが扉の隙間から中の様子を伺っていると
「あなた、どこも悪いとこ無いでしょ? なんで並んでんの?」
エルフィーネが明らかに健康そうな男性に声を掛けているのが見えた。
これは男性を帰らせて列を少しでも減らそうとするエルフィーネなりの配慮なのだろう……と、納得しフィーナは物置の二階で一息つく事にした。
一方、店内では
「だって、聖女様は俺の方を何度も見ていた! 目が合ったら笑ってもくれた!」
「聖女様は俺と結ばれるべきなんだ! おい、本物の聖女様を出せ!」
エルフィーネから指摘された男性達が興奮していた。どうやら、彼等にはフィーナとエルフィーネの区別がついている様だ。
その騒ぎに釣られてか列の後ろの方からも
「聖女様の運命の人は僕なんだ! 聖女様は夢に出てくれたんだぞ!」
「いや、俺なんか聖女様と同じ誕生日だから俺と繋がってる!」
「俺なんか聖女様と食べ物の好み同じだぞ!」
多分デタラメであろう聖女様情報を根拠に、我こそはと名乗りを上げる男達がワラワラ出てきた。
彼らは見るからに三十代後半から四十代、異世界でも人の親となっていてもおかしくない年齢の男達だ。
長命なエルフであるエルフィーネから見ればまだまだ子供と言えなくもないが、傍から見ればただのオッサンの集まりでしかない。
しかし、そんなオッサンの集まりから聞こえてくるのはエルフィーネへのブーイングばかりであった。
「お前! 聖女ちゃんをどこへやった!」
「成りすましだ! 引っ込めまな板!」
「金返せ!」
などと散々な言われ様ではある。しかし、見分けるのが難しいフィーナとエルフィーネを判別出来ている辺り、彼らはかなり訓練されている精鋭……フィーナガチ勢と言えるだろう。
アルフレッドには見せてはいけない光景と言えるが、当のフィーナも気付いていない話である。
ここはエルフィーネの解決能力に期待するしか無い。
さて、フィーナガチ勢のオッサン達に散々罵声を浴びせられているエルフィーネではあるが、このまま言われっ放しで終わらせるつもりなど無い。
そもそも彼女は怒りの沸点が高い方では無い。子供どころか子孫にも等しい世代の罵倒を許しておける成熟さなど持ち合わせてはいないのだ。
「誰がまな板だゴルァ!」
ーバキイッー
「ぐへぇ!」
エルフィーネのグーパンがオッサンBの頬に炸裂する。オッサンBはそのまま後ろで騒いでいたオッサン達を薙ぎ倒しながら転がっていった。
「市民に暴力を振るうのか!」
「横暴だぞ! 偽物!」
と、残ったオッサン達は自分の置かれている状況を理解出来ないでいた。
仮にもプラチナランクの超一流冒険者を怒らせているという事実に……
ースパアァァァン!ー
「へぶしっ!」
今度はハイキックがオッサンAの首筋に決まった。オッサンAはよろよろと後退りし
「ピ、ピンク……だっ……た」
後ろのオッサン達に倒れかかり、後ろのオッサン達は彼を支えきれずに雪崩売って尻もちを付くハメになった。
店内は結構な騒ぎとなっているが騒いでいるのはフィーナガチ勢のみ。
一般のお客さんはフィーナが混雑整理の為に実力行使しているとしか考えていない様だ。
その証拠に女将さんもアンも見て見ぬフリ……と言うより本業を優先して働いており、オッサン達がどうなろうとどうでもいいらしい。
残るオッサンCとその後ろに控えるオッサン達だが彼らも状況を理解していなかった。
「お前、聖女様じゃないな! はしたないぞ!」
「お前なんか性女だ! 恥を知れ!」
エルフィーネがハイキックを繰り出した時にスカートの中が見えてしまっていたのだろう。
オッサン達から性女の大合唱がこだまする。
もっとも口語ではせいじょだから、単語だけでは蔑称と判断するのは難しいがオッサン達の発言には明らかに侮蔑の感情が含まれていた。
ーバキィッ!ー
再びエルフィーネの鉄拳がオッサンCを襲う。オッサンCも後ろのオッサン達を道連れにしながら後方に吹き飛んでいく。
ニワトリと踊る女神亭が混沌とし始めていた一方その頃、裏の物置では……
物置の二階で休んでいるフィーナは一人なのを良い事に、神力でクリームソーダを創造し懐かしい文明の味を一人堪能していた。
(懐かしいメロン味〜、冷たいバニラアイス美味しい〜! しあわせ〜♪)
店に戻ったフィーナが惨状を見て絶望するのはもう少し先の話である。




