疲労困憊からの復活
(…………!)
フィーナの目が覚めた時、室内どころか外まで暗くなっているのに気が付いた。
ソファーで寝てしまっていたフィーナだったが毛布以外にいつの間にか布団も掛けられていた。
ちょっと仮眠のつもりだったのだがどのくらい眠ってしまっていたのだろう……?
ティーセットもいつの間にか片付けられており、フィーナは魔導具に明かりを灯し室内を見てみる。
衝立の向こう、寝所の様子を覗いてみるとアルフレッド、ミレットとプロージットの組み合わせでベッドに寝ている。
窓の外の様子はどう見ても深夜であり、うっすらと東の空が白んでいる様に見えなくもない。
(……寝過ぎちゃった?)
起きたばかりで頭が働いてなかったが、外のひんやりした空気のお陰で頭がハッキリしてきた。夕方前にウトウトし始めたのは覚えている。
空の雰囲気を見る限りどう見ても今は明け方近い。
(…………)
どうやら十二時間以上寝ていた様だ。目の前の現実にサーッと血の気が引いていくのが分かった。
昨日やるべき家事をほとんどしていなかったばかりかお店の仕事も無断欠勤してしまっていた。
(と、どうしよう……)
今更悩んだ所でどうしようもない。フィーナは昨日の失態の挽回とばかりに時間の掛かる朝食の準備を始めた。
トロトロに煮込んだ肉と野菜のシチューという朝から重いかもしれない献立だ。
昨日の夕食がどうしたのか分からない以上、栄養のある食事は摂ってもらわなければ……という気持ちの現れであった。
シチューが出来上がる頃になると、空はすっかり明るくなっており、周囲の建物からも人々が起きてきた声が聞こえてきた。
ミレット達も眠い目をこすりながら階下へと降りてきた。
「あ、先輩。おはよーございまーす……ニャ」
「おはようございます」
二人は誘われる様に井戸へと歩いていく。顔を洗ったり水を飲んだりするのだろう。
(今日の天気は雨でしょうか……?)
ミレットが顔を洗っている光景を見ながらフィーナは取り留めもない事を考えていた。
「フィーナさん、おはようございます。からだ……大丈夫?」
遅れて降りてきたアルフレッドが挨拶してきた。昨日のフィーナの様子から、まだ心配してくれているみたいだ。
「はい。アルのお陰で元気になりました。ありがとうございます」
昨日はお茶の用意をさせてしまったりソファーで横にさせてもらったり……色々と心配させてしまった様だ。
今日からはまたいつもの日常に戻らなければ……と、フィーナは心の中で軽く決意をするのだった。
(フィーナちゃ〜ん、元気〜?)
珍しく天界のレアから連絡が来た。もしかしたら何か用事があるのかもしれない。
まぁ、彼女は気分屋なところもあるので単なる暇つぶしかもしれない。
(……まぁ、それなりに。で、なんですか?)
フィーナの応対はやや素っ気無い。全く愛想の感じられない返答だがそれなりの付き合いの長さからくる慣れの様なモノだろう。
(フィーナちゃんのお陰でいつもよりたくさん信仰心が上がってきたのよ〜。フィーナちゃんの上司の人も喜んでたし〜)
昨日治療した人々が神に祈りを捧げてくれた様だ。全員が全員では無いのだろうが神に祈りを捧げてくれたのはありがたい。
(そういう訳でフィーナちゃんに神力送っておいたから♪ これからも頑張ってね〜!)
レアからの交信は嵐の様に過ぎ去っていった。彼女に言われた通り、神力はフルで回復している様だ。
(…………)
久しぶりの神力フル充填は心地良いものだった。フィーナの心は文字通りの万能感に包まれる。
「アル、顔を洗ったら二階で待っていて下さいね。すぐに朝食をお持ちしますから」
そんなフィーナの言葉にアルフレッドは首を横に振る。
「ううん、僕も手伝う」
そう言うと、アルフレッドは四人分のパンとお皿を手に二階へと上がっていく。
「それじゃ、私達は残りを……ニャ」
「他に何か用事がありましたら、お呼び下さい」
ミレットとプロージットも残りの皿や食器を手に二階へと上がっていく。
これで残るはシチュー入りの大鍋のみとなった。朝ご飯にするにはもう丁度良い時間だろう。
フィーナはシチュー入りの大鍋を両手に二階への階段を上がっていく。
ーギシ……ギシ……ー
この狭い階段を重い物を持って登るという行為が中々疲れるのだ。
女神特製の収納空間を利用する手段はあるのだが、これまで周りから不自然に見えない様に配慮していた手前、今更大っぴらに使う訳にはいかない。
聖女=収納空間の使い手という構図が王国の人達の共通認識で確固たる物となっていれば話は別なのだが……。
そんな事を考えながら階段を上がっていると上からアルフレッドが降りてきた。
「フィーナさん。僕も手伝います」
彼はそう言うとフィーナが手にしているシチューの大鍋に手を伸ばしてきた。
「あ! 熱いから危ないですよ!」
フィーナが慌てて静止しようとするがアルフレッドは手伝う気満々だ。急な階段で重い荷物、何も起こらないはずもなく……
「「あっ」」
二人同時に声を上げた時にはシチューの大鍋は宙を舞っていた。アルフレッドが大鍋を無理に持とうとした為にフィーナがバランスを崩し力を入れ過ぎていたアルフレッドの持ち上げる力がそのまますっぽ抜けた格好だった。
その瞬間がフィーナの目にはスローモーションの様に見えた。宙を舞う大鍋、勢いそのままにぶち撒けられる中身、その下で驚いているアルフレッド……。
(……!)
フィーナは咄嗟にぶち撒けられたシチューを大鍋ごと収納空間に転移させた。
「アル! お怪我はありませんか?」
当座の危機を回避したフィーナはアルフレッドの怪我の有無を確認する。
大鍋の転移を迅速に行えたのでアルフレッドには何の怪我も無かった様だ。
アルフレッドが無事だった事にフィーナはホッと胸を撫で下ろす。
「フィーナさん、ごめんなさい。僕……」
アルフレッドは階段に腰を下ろし震えていた。普通だったら熱々のシチューを頭から被っているところだったのだから、恐怖を感じていても不思議は無い。
フィーナはアルフレッドを立ち上がらせるとギュッと抱きしめ
「私を手伝ってくれようとしたんですよね。ありがとうございます」
なるべくアルフレッドを安心させようと彼の耳元に声を掛ける。突然の事にアルフレッドの顔は真っ赤だ。
「でも、無理はダメです。何をするにしても怪我はしないように気をつけて下さいね」
フィーナは彼の耳元で諭すように囁きながらアルフレッドを抱きしめつつ彼の背中をポンポンと叩く。
「それでは行きましょう。お二人も待っているでしょうから」
アルフレッドから身体を離し立ち上がっていたフィーナの両手には、全てが元通りとなったシチューの大鍋が握られていた。
「え? あれ?」
目まぐるしく変わった目の前の状況にアルフレッドは混乱を隠せずに居た。
「あれ? 僕……たしか……?」
フィーナに促され階段を上がるアルフレッドには、さっきの出来事のどこからが夢でどこからが現実だったのかさっばり分からなくなってしまっていた。
首を傾げながら階段を上がるアルフレッドの後ろ姿を見ながら
(PTSDの心配は無さそうですね……)
彼の様子に安堵するフィーナであった。




