王都への帰還
温泉宿を後にしてからの馬車旅は順調そのものだった。往路でのトラブルが嘘だったかの様に見事に何も無かった。
温泉宿を立ってから三日後の夕刻、王都の南門近くの広場で馬車を降りたフィーナ達はそのまま王都へと入り、そこでシンシアとは別れる事になった。
王都の東地区の教会で働いている彼女には帰ったら仕事が待っているらしい。
「よろしかったら、せひ教会にいらして下さいね。それじや」
そう言うと、シンシアは王都の人混みの中へと消えていった。
彼女と別れたフィーナ達がニワトリと踊る女神亭に入ると
「おかえり〜! いや〜、女神様から聞いだよ。大変だったらしいじゃないか」
予想外に女将さんに出迎えられてしまった。てっきり、リーシャの件で怒られるかと思っていたのだが……
「何日か前に夢ん中に女神様が出てきてねぇ。リーシャはフィーナちゃんが保護してくれてるから安心だって太鼓判をくれたんだよ」
レアも仕事が早いと言うか、フライドチキンの件も含めて二度目とは言え、一般人の夢に平気で顔を出すレアが心配になってくる。
「それにフィーナちゃん聖女になったんだって? 丁度腰が痛いから見ておくれよ。ハッハッハッ!」
眼の前で捲し立てられフィーナは完全に引き気味である。それでも言われるがまま女将さんの腰にヒールを掛けると……
ーパアアァァー
「あれぇ〜、痛みが引いちゃったよ! ちょっと、アン! お前さんもー!」
裏からアンと旦那さんまで出てきた。二人共おかえりといってくれてはいるが女将さんの目的は挨拶では無さそうで……
「お前さん、膝悪かっただろ? フィーナちゃん凄いんだよ、アンもほら! 見てもらっちゃいな」
今度は膝に持病を抱える旦那さんの治療の様だ。
「それじゃいきますよ?」
ーパアアァァー
フィーナが仕方なく旦那さんにもヒールを掛けていると、アルフレッドとリーシャは奥へと行ってしまった。
どうも、フィーナのマントやら手荷物やらを物置に片付けに行ってくれたみたいだ。
そんな二人の後をエルフィーネもついて行く……。
「あ、エルフィーネさん! 待って!」
ヒールを掛けているフィーナが呼び止めるもエルフィーネは気にする素振りもなく行ってしまった。
なんとなく、何かが記憶に引っかかっていたフィーナだったが止められなかったのなら仕方ない……。
何か引っかかるものを感じながらも、フィーナが旦那さんの膝にヒールを掛けていると
ーババババババッー
「あばばばばばばっ!」
店の裏手から電撃音と何者かの悲鳴が聞こえてきた。
「な、一体何が……!」
何事かとフィーナ達が店の裏手に駆けつけると、エルフィーネが物置の近くで黒い煙を上げながら倒れているのが発見された。
そして、荷物を置いてきたらしいアルフレッドとリーシャの二人が地面に倒れているエルフィーネを見て驚いているのも。
(やっちゃった……)
慰霊式典に行く前、アルフレッドが留守番する事を前提に物置周辺に防壁を仕掛けておいた気がしたが……。
解除した記憶が無かったのは気のせいではなかった様で、見事にエルフィーネが罠に引っかかっている。
(まぁ……)
だが、ある意味不審者が罠に掛かっただけなので気に病む必要は無いのかもしれない。
防壁の有効性は確認出来たし万が一も考えておくならこのまま現状維持でも問題は無さそうだ。
「アル、リーシャさん、こっちへ。お店に戻りましょう」
フィーナはエルフィーネを見て驚いている二人に声を掛けると、安全な店内に戻る事にした。
店内に戻りがてら旦那さんから膝治療のお礼を言われたのは言うまでも無い。
フィーナ達が店内に戻る頃には店は夕食時の時間帯へと入っていた。
女将さんは休んでていいと言ってくれたのだが、一週間も店を空けていた申し訳無さから仕事をするつもり十分のフィーナだった。
アルフレッドも同じ気持ちだったらしく彼も元気にキッチンへと入っていった。
お客さんの入りはいつもと変わらなかったが女将さんの腰が正常に戻ったので労働力が単純にいつもより上乗せとなったので、フィーナ達の負担は相対的に軽くなっていた。しかし、良い事ばかりでもなく……
「いやねぇ、うちのフィーナちゃんが聖女に選ばれたらしくてねぇ。あたしなんか腰を治して貰っちゃったんだよ~」
なんていう、女将さんの接客+世間話な応対がそこかしこのテーブルに振りまかれており、フィーナがその状況に気付いてアワアワしている間に、話を聞いたお客さん達がフィーナの元へと列を成してしまっていた。
「俺も腰が痛くてさぁ」
「ワシは最近目が見えづらくなっとってのぅ……」
「俺は昨日寝違えた」
等々口々に身体の不調を訴えている。
しかし、ある程度の不調なら街の教会に多少の寄付をすればヒールなりキュアなり掛けてくれるはずである。
しかし、こうなってしまっては無下に断る訳にもいかず……
「……わかりました。その代わり近い内に教会に足を運んで神様にお祈りを捧げてきて下さいね?」
治療の代わりに教会での祈りをお願いするという交換条件を示すくらいしか思い付かなかった。
その後列の人々にヒールやキュアを掛けていったが、治療した相手には必ず教会での祈りを念押しするフィーナだった。
年配者などは治療修了と同時に彼女に祈りを捧げようとしたため何度もフィーナが慌てて祈りを止めさせる光景が見られた。
「私の力は神様からのものです。感謝の心は神様にお示し下さい」
こう言って何度も何度も対応していると、その様を見ていた人々から
「なんて奥ゆかしい」
「やっぱり聖女様は違う」
なんていう声が聞こえてくる様になってしまった。そんな声が聞こえてくるたびフィーナは
「私が凄いんじゃなくて神様が凄いんです!」
必死に自分下げ神様上げの文言を繰り返すbotと化してしまっていた。
そんな言動がますます逆効果となってしまう事にも気付かずに……
ようやく人々の列が無くなって来た頃、冒険者パーティーが店にやってきた。
「聖女っつってもフィーナだろ?」
「そうそう」
「もっと清楚な女の子だと良かったんだけどな〜」
「あいつ痴女、オレ幻滅」
「何言ってるんですか!先輩が聖女なら適材適所ですよ……ニャ」
「あの人の魔法凄かったから……」
まだ店の外に居るのに中でも聞こえる声量で話しながら、何処かで聞き覚えのある声の集団が入店してきた。
「先輩〜お久しぶりでーす……ニャ」
やってきたのは白銀の群狼の面々だった。最後に会って以来ひと月以上ぶりとなる。
元気そうなミレットの姿にフィーナの顔も緩んでしまう。
「こんばんは、ミレットさん。ご無事でなによりです」
死と隣り合わせな冒険者家業で無事に戻ってくるのは大変な事である。
仕事の失敗でも死ぬし道に迷っても死ぬ。想定外の魔物に襲われても死ぬし悪天候で命を落とす事だってあるのだ。
そんな冒険者の一員であるミレットが屈託の無い笑顔で飛びついてくるのだから、表情筋が緩んでしまうのも仕方が無い。フィーナの心は安堵の気持ちで一杯である。
プロージットも最初の頃の新米っぽい余裕の無さも消えていて落ち着いた冒険者の一員の顔付きへと変わっていた。
白銀の群狼がこの店にやってきたのは食事がてら噂の聖女様を拝む目的だったらしい。
しかし、店に近付くにつれ聖女の正体がフィーナだと判明していくと男性陣は急速に萎えていき、対象的にミレットとプロージットは誇らしげになっていった様だ。
おまけとして、聖女の噂が街中に広がりかけているという情報ももたらされており、その事実はフィーナを青ざめさせるのに十分であった。
(これから、私どうなるんでしょうか……)
仮に王都の住人全員にヒールやキュアを掛けたとしても枯渇しないくらいの神力は残っている。
しかし、そこからさらに不測の事態が起きれば対処しきれる自信は無い。
(レアさん……恨みますよ)
フィーナの唯一の希望は聖女の仕事を押し付けた超本人である女神レアからのフォローが何かしら為されるであろうただの希望的観測であった。




