転生者の結末
ーカキイィィン!ー
渾身の力を込めて振り下ろした木剣は目に見えない防壁の様なモノに簡単に弾かれてしまった。
「甘いなぁ。この僕にそんなの通用する訳無いし。鑑定技能持ちだよ?」
ーブン!ー
ソーマはどこからか長剣を取り出すとフィーナを振り払う様に剣を払った。
「くっ!」
彼女は反射的に後ろに飛び退き距離を取る。一連の行動で彼女の透明化は既に解除されてしまっていた。
(…………)
彼の言う鑑定技能が何を意味するのかフィーナには分からないが、奇襲が失敗に終わってしまった事は明白だった。
こうなれば光の矢の連射で力押しするしか無いと左手をソーマに向ける。
前回は多数の光の矢で波状攻撃を放ったのだが、致命傷を与えたはずの目の前の死霊術師は何故かピンピンしている。
(貫通力より面での破壊力を……)
前回の光の矢で駄目ならば今度は身体を抉り取る位の高威力な光の矢を撃つしかない……とフィーナが思案を巡らせていると
「危ないなぁ。君も容赦無いからね。僕も楯を使わせてもらうかな」
ソーマはそう言うと魔法陣を展開し何かを召喚し始めた。
ーブウウウンー
魔法陣から発せられる黒いモヤの様なモノが収まると彼の言う楯が姿を現した。
「え……!」
フィーナは一瞬で言葉を失った。ソーマが召喚したのは王都に居るはずのリーシャだったからだ。
彼女は学生服のままで登校中に無理矢理召喚されてきた様だ。
「え……え、どこ?」
事態が分からず戸惑っているところをソーマが後ろから彼女の襟首を掴み軽々と持ち上げた。
「ああああっ!」
突然の事にリーシャは大きな悲鳴を上げる。彼女をフィーナの目の前に突き出しソーマは勝ち誇った。
「撃てるものなら撃ってみなよ。でも、この子も死んじゃうよ?」
ソーマは楯が十分に効果を発揮している事を確認するとフィーナの目の前に突き出していたリーシャを器用に抱え込んだ。
「くう……」
右手に長剣を持ち左腕にリーシャを抱えているソーマに対しフィーナは全く動けずにいた。あそこまで密着されていては不用意に光の矢は撃てない。
「君にチャンスをあげるよ。僕の物になると誓えばいい、僕に身も心も捧げると口に出して誓えばね」
形勢が完全に逆転したと見た死霊術師は饒舌に語り始めた。
「君もこの子も……あっちの沢山の有象無象のモブ達も、みんな助けてあげるよ」
死霊術師は彼なりの譲歩をフィーナに告げたつもりだった様だが、フィーナは当然誓いなど口にするつもりは無い。
(…………)
黙ったまま睨み続けるフィーナの態度は死霊術師のイラつきを増大させるのに十分な理由だった。
「僕の言う事をきけよ! 未開の土人の分際で! こいつが死んでもいいのかよ!」
目の前の死霊術師は精神が未熟で不安定だった。フィーナの目には物事が思い通りに進まずに癇癪を起こしている子供にしか見えない。
「僕が本気だって見せてやるよ! こんなガキ殺す事なんて訳無いからな!」
ージャキッ!ー
ついに彼はリーシャの首元に長剣を押し付けこれ見よがしにフィーナに見せ付けて始めた。
これ以上ソーマの神経を逆撫でするのは危険と判断したフィーナは
「わ、分かりました。分かりましたから……落ち着いて下さい」
少しでも時間稼ぎになればと誓いの言葉を口にする決心を見せる。
「やっとかよ! それじゃあ言ってもらおうじゃないか! 僕への絶対服従の言葉をさぁ!」
フィーナの反応にソーマはとたんに余裕を見せ始め誓いを聞いてやると言わんばかりの尊大な態度を取り始める。
そんな死霊術師にフィーナが
「私は貴方に……身も心もささ……」
「ダメだ!」
誓いの言葉を言いかけたところで、その言葉を遮るアルフレッドの声が響き渡る。
「うああああっ!」
彼は木剣を手にソーマの後ろから斬り掛かっていく。
ーブォン!ー
木剣を上段に振りかぶりながら駆けながらアルフレッドはそのまま渾身の力を込めて振り下ろす。
「ガキがっ!」
ーカキイィィン!ー
死霊術師はアルフレッドを面倒そうに見ると、彼の木剣をあっさりと弾き
ードズッ!ー
「うぐあっ!」
無防備なアルフレッドの腹部に容赦無くボディブローを叩き込んだ。
「クソガキがぁっ!」
ーガッ! ガツッ! バキッ!ー
「うあっ! ぐふっ!」
地面に倒れ込んだアルフレッドをソーマは執拗に蹴り始めた。
ードスッ! ガスッ! ドガッ!ー
「なんなんだよ、こいつは! 僕より主人公しやがって! 僕の方が主人公なんだぞ!」
激高したソーマはアルフレッドに全ての注意が向かっていた。また、人質を手にしている自分に向かってくる者などいないと完全に油断していた。
ードスッ!ー
「がはっ……な?」
突然、ソーマのみぞおちに鈍い傷みが走った。
見れば自分が抱えているリーシャがいつの間にか木剣を手にしており、自分のみぞおちに木剣を叩き込んでいたのだった。
その木剣はアルフレッドが渡したものだったがソーマがその事実に気付く事は無かった。
「このガキがっ……」
予想していなかった痛みにより、たまらず息が出来なくなりリーシャを抱えていた左腕の力が緩んでしまった。
リーシャは死霊術師の腕からスルリと逃げ出し、倒れているアルフレッドに駆け寄る。
ースパッ!ー
「うあっ! 腕が!」
そリーシャを再び捕らえようと伸ばしたソーマの左腕に突然痛みが走った。
「よくも……好き勝手……やってくれた……わね。」
声の方を見るといつの間にか起き上がっていたエルフィーネが短刀でソーマの左腕を斬りつけていたのだ。
相当な重力で押し付けて意識も無くしていたはずの彼女がこんなに早く回復するとはソーマは考えていなかった。その時、頭上に何かの気配を感じ視線を上に向ける。
「なっ!」
いつの間にかフィーナがソーマの頭上から奇襲をかけてきていた。反射的に長剣でフィーナの木剣を受けようと長剣を構えようとしたその時
「はあっ!」
ーパアァァァッ!ー
フィーナの左手からホーリーライトの光が発せられた。ソーマは思わず目を背ける。その一瞬にフィーナは木剣を全力で振り下ろした。
しかしソーマにはまだ魔法の防壁があった。ただの鈍器による攻撃など防壁の敵では無い。
ホーリーライトに眩んだ視界の中でソーマは魔法防壁の発動を待った。しかし
ーゴキャッ!ー
頭の中に響く鈍い音、そして形容し難い痛みに包まれたところで彼の視界は暗闇に包まれたのだった。
「く……」
ソーマは自身の状況を確認した。仰向けに倒れている自分は全く動けない。
顔の痛みは激しく少し触れた感じからすると頭は大分変形してしまっている様だ。
自慢の魔法防壁はフィーナのディスペルで先に解除されていたのだった。
しかし、ソーマには魔法の並列処理という概念が無かったためホーリーライト以外の魔法を使っているなど夢にも思っていなかったのだ。
現時点においても死霊術師は魔力防壁が機能しなかった理由を理解出来ていない。
厳密に言えばフィーナが使っているのは魔法では無く、神の奇跡に分類されるモノであるので死霊術師が思い至らないのも無理は無い。
しかし、神に選ばれたと信じていた自分の敗北はソーマの心に暗い影を落としていた。
(もう終わりだよ。この異世界……僕を受け入れない世界なんか……)
ーカッ!ー
彼は最後の力を振り絞り魔法信号を上空のワイバーン達に送った。地上への総攻撃を意味する信号だ。
(これで引き分けだ……)
と、近くに立っているメイド服の人影の方向に視線を向ける。
(あ……見え)
ーゴキャッ!ー
彼女のスカートの中が見えたかと思ったところで再びソーマの頭部に衝撃が走り、彼の意識はそこで途絶えてしまった。
死霊術師にトドメの一撃を叩き込んだフィーナは一目散に地面に倒れているアルフレッドに駆け寄った。
「アル! 大丈夫ですか! アル?」
酷く蹴られてはいたが、重傷と言う程ではない……しかし
(小さい子相手に大の大人が………!)
と、フィーナの中に小さくない怒りが湧いてくる。
ーパアアァァー
すぐさま彼にヒールを掛けると、蹴られて傷ついたであろうアルフレッドの顔や腕が綺麗になっていく。
ここでようやくリーシャに気を向けられるくらいの気持ちのゆとりが出来たフィーナは
「リーシャさん、お怪我はありませんか?」
リーシャに尋ねるも、見た感じ彼女に怪我をしている様子は無い。
しかし、あの死霊術師の事である。何をやらかしているか分かったものではない。
ーガッ!ー
その時、後ろの方から誰かが何かを蹴飛ばす音が聞こえてきた。
「フィーナ! こいつ何かやったみたい! 気をつけて!」
地面に倒れていたソーマの様子を見ていたエルフィーネから警告の声が飛んできた。
それと同時に空が再び騒がしくなってきた。雲は幾分薄れてきたがそれでも上空の視界は悪い。
ーシャアァァァッ!ー
突如、雲の切れ間から大量のワイバーン達が急降下してきた。
今度は長蛇の列を作って攻撃を継続して加えてくるのでは無く、一度に大量のワイバーンが同時攻撃する事で面制圧を心みてきた様だ。
対する地上では王女から眩い光が放たれたかと思った次の瞬間には、
ーパアアアアァァァッ!ー
陣地全てを覆う程の巨大なドーム状の防壁が発動された。
ードシッ! ドガッ! バシッ!ー
「ギャアッ!」
「グギャ!」
「キエッ!」
突然現れた巨大な光のドームにワイバーン達は次々と激突し弾き返され、ダメージを負ってヨロヨロと上昇していくモノばかりだった。
数度に渡る攻撃を失敗したワイバーン達は上空に退いて上空を旋回していたが、突如無数の魔法陣が現れたかと思ったら
ーブウウウゥゥゥン!ー
ワイバーン全てが何処かへと転移されられていったのであった。
魔物を退けた事が確定すると人々の間から王女を称える声、神に感謝する声が次第に上がり始め、周囲の兵士達の喝采も合わさり、大きな歓声となっていった。
恥ずかしそうに手を振り観衆の声援に応えるプリシア王女と熱狂的な人々……と、少し離れた場所で静かに佇むフィーナ達。
彼女らの当面の問題は地面に倒れている死霊術師ソーマの扱いだった。
半端な拘束では逃げられてしまいそうで、どうしたものかと処遇を決めかねていた。そんな時
「フィーナちゃーん、うまくやってくれたみたいね〜」
何処からかシトリーが転移でやってきた。もはや自分が悪魔だというのを隠す素振りも無く
「その陰キャは貰ってくわね。こいつの勝手のせいで魔王も激おこだし」
シトリーの話によると今回の魔物達の襲撃はソーマによる独断専行であり、魔王は王国との関係悪化を憂いているらしい。
だからソーマは連れ帰って何かしらの落とし前をつけさせるとの事だ。
もっとも、それが終わったところで彼を放逐する気は無く、死霊術師ソーマの魔界逝きも考えているそうだ。
「そういう訳でそれじゃあね〜♪」
話すだけ話してシトリーはソーマと共に嵐の様に消えてしまった。
ワイバーン達も全てが転移され消えてしまったのもシトリーの仕事なのだろう。
「はぁ……」
ようやく全てが終わった気がしたフィーナは小さく溜め息をついた。
彼女はアルフレッドとリーシャに手を引かれ、エルフィーネに背中を押されつつ大歓声に包まれる王女達の所へと戻るのだった。




