第一波
濃い霧の立ち込める中レイスの襲撃は続いていた。
霧に紛れて正確な数が分からず兵士達には打つ手が無い。これがもし街道を移動中の伸び切った隊列で襲われていたとしたら、今以上の惨状となっていただろう。
レイスの攻撃に曝されていたが、高位の神官三人が業を煮やしたのかターンアンデッドを唱え始めた。
三人を高位の神官を基点に広範囲に浄化の光を広げたためか、陣地の中に入り込んでいたレイスは成す術無く霧散していった。
レイスが消えた事で、聖職者や兵士達から歓声が上がる。神を称える言葉や神への感謝など……それらは正に神への信仰心そのものだった。
(あれが使えれば……何でも出来そうなんですけどね)
そんな光景をフィーナは複雑な表情で見ていた。あれだけの信仰心があれば、おそらくここに出現したレイスを殲滅しても十分お釣りが来る。
(…………)
ここで物欲しそうにしていても仕方ない。何年も神力の支給を受けていないとは言ってもそこまで枯渇している訳では無い。今この場で対処出来る位の神力は十分にあるのだ。
それに、こうまで周囲が混乱していれば自分がこの場で多少神力を行使したとしても目立つ事は無いだろう。
フィーナは周りにレイスがいない事を確認した上で、広範囲のターンアンデッドでレイスを一掃しようと精神を集中したその時
「危ない!」
突然、何かが自分の頭の上を掠めていく感覚がした。
慌てて身を屈めながら声の方を振り向くと、そこには錫杖を手に息を切らせている駆け出しの僧侶らしき少女が立っていた。
「ぼーっとしてたら危ないですよ。レイスに取り憑かれでもしたら大変ですから」
白い法衣に見を包んだ緑色のセミロングの髪の少女だった。
どうやら彼女が近くに居たらしいレイスを追い払ってくれたらしい。
「すみません、ありがとうございます」
フィーナはフードを下ろし頭を下げ礼を言う。周囲に危険は無いと確かに確認したつもりだったのだが……。
見落としていたのか精神集中している間にレイスの接近を許したのか……それは分からない。
(え〜と……)
周りを見ると再びレイス達が近くまで現れ始めていた。近くの聖職者達も各々杖や錫杖を手にレイス相手に白兵戦?を繰り広げている。
しかし、そのほとんどはレイスに弄ばれている様な有り様であり、聖職者達の攻撃は空を切る事がほとんどだった。
「ぐぁ……グオオオオッ!」
「うわっ……ウガアアアッ!」
しかも、その内の何人かはレイスに取り憑かれてしまい、近くの聖職者を襲い始めるという被害まで現れ始めてしまっていた。
レイスに取り憑かれた者達はゾンビの様な動きて盲目的に王女プリシアの元へ向かい始めている。
王女の周囲には護衛は数える程しか無くこのままでは数の暴力に押し潰されてしまうだろう。
そうなる前にターンアンデッドで辺り一帯を浄化したいところなのだが、絶え間なく現れるレイスの数の暴力の前には為す術も無かった。
「あなた、ターンアンデッドは使えますか?」
フィーナは隣で錫杖を振るう緑髪の少女に尋ねる。
「は、はい。ですが、範囲はあまり広くはありませんし、一日に一度位しか使えないですが……」
緑髪の少女は少し自信が無さそうに答える。
彼女が言うにはターンアンデッドが使えるには使えるのだが、先程の神官が見せた様な立派なものは無理との事だった。しかし
「かまいません。私が援護しますのでお願いします」
フィーナはかまわず緑髪の少女にターンアンデッドを委ねる。緑髪の少女はフィーナの熱意に圧倒されつつもターンアンデッドの詠唱の準備に入った。
「全能なる慈悲深き女神よ。迷える魂達に真なる安らぎと平穏を与え給え」
近くのレイスを倒しながら緑髪の少女の詠唱を聞いていたフィーナだったが、少々気恥ずかしかった。
同僚である女神レアが自身を称える文言を言わせているのだろうと考えると、異世界の住民も大変なんだなぁとは思う。
あの女神レアをどれだけ美化したイメージで見ているのだろうと……。
実際のレアは人の気苦労もお構いなしに自分の愉しみを優先する女神なのだが。
フィーナがそんな取留めのない事を考えてる内にターンアンデッドの発動の準備が整ったらしい少女の身体が光に包まれている。
フィーナは慌てて彼女の後ろに回るとその背中にそっと手を添えた。
「ターンアンデッド!」
ーパアァァァー
緑髪の少女が魔法を発動させると地面から光が立ち上りレイス達を次々と霧散させていった。
また、レイスに取り憑かれていた人々も正気を取り戻し、陣地内の混乱は一気に収束していった。
「はい……? なんで……」
この状況が飲み込めなかったのはターンアンデッドを唱えた当の緑髪の少女だった。
それもそのはず、彼女にここまで広範囲に浄化の力を広げられる実力は無い。
今回はフィーナが自身の力を加える事で緑髪の少女の魔法を増幅させただけなのだが……
「きっと今回は神様が手伝って下さったんですよ。お疲れ様でした」
白々しいフォローをしつつフィーナが緑髪の少女に話し掛ける。
「申し遅れました、私はフィーナと言います。よろしくお願いします」
「そ、そうなんですかね……。あ、私はシンシアです。王都の東地区のシュネーヴァイス教会で僧侶を務めさせて頂いてます」
自分の発動させた魔法の効果に戸惑いながら、シンシアと名乗る緑髪の少女もフィーナの自己紹介に自己紹介で応対してきた。
この頃には深く立ち込めていた白い霧も薄れてきており、かなり遠くまで見える様になってきていた。
また、混乱していた陣地内も落ち着きを取り戻し始めつつあり、レイスに物理的に怪我を負わされてしまった者や取り憑かれてしまった事による心身の不調を訴える者への治療も進められていた。
その点では過剰とも言える聖職者の数が役に立っていた。そんな時
「レイス程度じゃ足りなかったかなぁ? 王女様も、もうちょっと楽しんでいってよ」
どこからか軽薄な若い男の声が聞こえてきた。魔法か何かで増幅しているのか陣地内全ての人間に聞こえる程に響き渡っていた。
(この声……!)
フィーナにはその男の声に聞き覚えがあった。間違いなく何度も相対した死霊術師の声だった。
シトリーから聞いていなければ彼が生きているとも信じられなかったはずだろうが、事前に知っているだけでも意外性は薄くなる。
彼は自分を狙っている様だが……いつ仕掛けてくるのかは分からない。
それも、聖職者の人混みの中に紛れている自分をピンポイントで突いてくるのか、離れた場所にいるオトリ然としたエルフィーネとアルフレッドの方に向かうのか……?
目視でエルフィーネたちの方を確認してみるが特に異常は無い様だ。
(…………)
しかしながら、改めて見るとメイド服を着たエルフィーネの姿は非常に浮いて見える。
エルフィーネと自分が違うとは言っても萩原と荻原程度の差しかないから傍目から見た自分もこんな風に映っている訳である。
そう考えると今更ながら恥ずかしさが込み上げてくる。
「どうかされたんですか?」
一人で顔を赤くして俯いていたフィーナが気になったのかシンシアが声を掛けてきた。
「あ、いえいえ。何でもありません」
フィーナが苦笑しながらシンシアに返事をしたその時
ーゴォォォォォ!ー
燃え盛る火の玉が空からこちら目掛けて落ちてくるのが視界の端に見えた。




