化かし合い
「どこ行ったあのエルフブヒ!」
「もしかしたら、もう違う場所に行ったんじゃないかブヒ!」
「まずは街の入り口から固めるブヒ! そうすれば見つかるブヒ!」
「あの小賢しいエルフ、絶対分からせてやるブヒ!」
その声を最後にフィーナの元からはあらゆる物音が潮が引く様に消えていってしまった。
(…………)
音が聞こえなくなってから息を殺しながら耳を澄ませていたフィーナだが、彼女の耳にも何も聞こえなくなっていった。
(もう少し……様子をみましょうか)
敵が去ったと思ってノコノコ出ていったら待ち伏せに遭うというのはよくある話だ。
こういうのは根比べ……とフィーナが籠城を心に決めたその時
「居たブヒ! 木箱の反対側、建物との間に隠れているブヒ!」
オークの大きな声が目の前の建物の上階から聞こえてきた。
建物の二階以上は殆ど壊れているかと思っていたが、オークの居る建物はまだ二階に上がれる様になっていたらしい。
頭上から丸見えだったフィーナがすぐに捕まらなかったのはただの幸運でしか無かった。
(に、逃げなきゃ!)
フィーナは慌てて立ち上がると建物の隙間から抜け出し、再び裏路地を駆け始めた。
ータッタッタッタッタッ……ー
少しの間だけでも身を隠していたのが功を奏したのか、集まっていたオーク達は今は広い王都にすっかり散開してしまっていた。
「はぁ……はぁ……」
物音の少ない方を判断してその方向に駆けていくフィーナは、無事にオーク達の包囲網を突破して南の正門に辿り着けるかに思われた。
「あっちに逃げたブヒ!」
「今度こそ逃さないブヒ!」
「挟み撃ちにするブヒ! 急ぐブヒ!」
オーク達はフィーナを囲もうとしているが足の速さでは彼女には敵わず、オーク達の声は再び遠ざかり始めていた。
その現実に少しホッとしたフィーナの希望を打ち砕いたのは……
「い、行き止まり! 戻らなきゃ……」
完全な袋小路を前に立ち止まったフィーナは直ぐに来た道を戻ろうと振り返ったものの……
「あっちに逃げたブヒ!」
「今度こそ捕まえてやるブヒ!」
「エルフの女なんて久しぶりブヒ! たっぷり可愛がってやるブヒ!」
少なくない数のオーク達がこちらに向かっているのが分かった。
彼等の声の位置からすると、今引き返したらすぐそこで鉢合わせしてしまうのは確実だった。
(ここで何とかしなくちゃ……)
細い通路の先は木箱が積まれた荷物置きスペースの様だった。
左右に廃墟がありそれぞれに中へと続く入り口のドアがある。
(…………)
少し考えたフィーナはさっきと同じく、正面の木箱と建物の隙間に隠れる事にした。
まさか、似たような隠れ場所を短時間で二度も選ぶとは思わないだろう。しかし、それだけでは不安なフィーナは
(後はこうしておけば……)
彼女は自身の白いマントを脱ぐと右の建物のドアを開け、ドアにマントを引っ掛けてゆらゆらとドアを揺らしておく事にしたのだった。
これなら右の廃墟に逃げたと誤認させられるかもしれない。不安は尽きないが今のフィーナに出来たのはここまで。
(女神様……)
オーク達が迫る中、彼女は急いで木箱の陰に身を隠すのだった。
「あそこブヒ!」
「あんなので隠れてるつもりブヒ!」
「ブッヒッヒッ、すぐに捕まえてやるブヒ!」
フィーナが木箱の陰に身を隠した直後、オーク達はやってきた。オーク達の動向を掴むためフィーナは耳に全神経を集中させている。
ーダッダッダッダッ!ー
オーク達は真っ先にマントを掛けたドアの前までやってくると……
「この中に逃げ込んだブヒ!」
「バカなエルフブヒ! 自分で逃げ場の無い場所に入っていったブヒ!」
「さっさと捕まえてやるブヒ!」
ーギギィ……ー
そう言うとオーク達はズカズカと建物の中へと乗り込んでいく。
全員がレミングよろしく一斉に建物に入ってくれれば良いのだが……
「単純な奴等ブヒ! 奴はきっとこっちの建物に潜んでいるブヒ!」
「さっすが隊長ブヒ! 頭のキレが違うブヒ!」
「さぁ、家探し始めるブヒ!」
ーガチャー
別のグループはそのまま反対側の廃墟へと入っていった様だ。
左右の建物からはオーク達が家中ひっくり返している音が聞こえてきている。
路地からオークの気配が消えたのを確認したフィーナはソロリソロリと物陰がら路地に出てきた。
(今のうちに……)
右の建物に掛けたマントを回収し再び身に着けながらフィーナは魔法の詠唱を始めた。
「ホーリーウォール」
ーパアアァァー
展開された光の壁は左右のドアにつっかえる様にして中のオークが出られない様に封鎖した上で路地そのものを封鎖した。
これでしばらくは時間が稼げるだろうと、フィーナがその場から立ち去ろうと歩き始めたその時
「見つけたブヒ! あいつ逃げ出そうとしてるブヒ!」
ドアにマントを掛けていた左の建物からオークの声が聞こえてきた。咄嗟に足を止めて振り返ったが建物のドアは光の壁で封鎖されたままだ。
(は、早く逃げなくちゃ……)
フィーナがその場から立ち去ろうと駆け出した瞬間
「逃さないブヒ!」
ーガシッ!ー
「ひゃっ!」
建物の下から伸びてきたオークの手がフィーナの足を掴んできた。
「な、なんでっ……?」
ありえない場所から出てきたオークの腕にフィーナは混乱していた。
「捕まえたブヒ! 逃がさないブヒ!」
ーグイッ!ー
「あっ!」
足を掴まれて逃げられないフィーナはオークの腕力で力任せに地面に倒された。
ードシャッ!ー
「うぐっ!」
地面に倒されたフィーナが自分の足元を確認すると、建物の地下の換気孔らしい隙間からオークが腕を無理矢理伸ばしてきているのが分かった。
「ドアが開かないブヒ!」
「早くぶっ壊すブヒ!」
動けないフィーナを捕らえようとオーク達はドアに殺到している様だ。
だが、ドアはホーリーウォールで開かない様にしている為、オーク達は未だに路地に出てこれずにいる。
「離してっ! 離してぇっ!」
ーガッ! ガッ!ー
オークの手から逃れようとフィーナは必死に手を蹴り続けている。だが、オークの握力が緩まる事は無く……
ーボゴォッ!ー
遂には換気口を破壊したオークが建物から強引に這い出してきてしまった。
「ブヒヒ! もう逃げられないブヒ!」
ーグイッ!ー
「ぎゃあああっ!」
立ち上がったオークは捕まえているフィーナの足をそのまま力任せに持ち上げてしまった。
「離してっ! 嫌ぁっ!」
逆さ吊りに持ち上げられたフィーナに出来る事は無く、釣り上げられた魚の様に身を捩って逃れようとするので精一杯だった。
反射的にスカートが捲れ落ちない様に押さえてしまっているので、両手も自由に使えないでいた。
仮に使えたところで魔法を唱えられるほど、今のフィーナが冷静ではいられるはずも無かった。
「お前は指揮官殿のところに連れてってやるブヒ!」
こうしてフィーナは釣果を自慢される魚の様に、逆さ吊りのままオークの集団の中に晒されにいくのであった。




