王都の伏兵
ーダッダッダッ!ー
「おい! 何か来たかと思えばエルフが紛れ込んできたブヒ!」
「世間知らずの馬鹿エルフブヒ!」
「コイツはさっさと姦っちまうブヒ!」
さっきまで何かの気配をまるで感じなかったのに、フィーナの行く手を遮る様に多数のオークが廃墟の影から現れ始めた。
「な、何ですか! 私は急いでいるんです! そこをどいて下さい! どかないと……」
もう少しで目的地だというのに突然邪魔をされたフィーナは、話し合いが通じなければすぐに魔法で蹴散らすつもりでいた。
「なんだ? こんな場所にエルフなんて珍しいブヒ」
「女ブヒ! エルフの女なんて何年ぶりが分からないブヒ!」
ーザッザッザッ!ー
「たっぷり可愛がってやるブヒ!」
「本当におマヌケエルフブヒ!」
ーザッザッザッ!ー
「っ! こんなに魔物が……?」
しかし、フィーナが話している間もオークの数は時間と共に増え続けていた。廃墟のあちこちから果てしなく湧いて出てくる様だった。
「ブッヒッヒッ! よ〜し、かかれブヒ! 今夜はパーティーブヒ!」
リーダーらしきオークの掛け声を皮切りに、オーク達が一斉にフィーナに向かってきた。そんなオーク達に対しフィーナは
「ファイアーボール!」
ーゴオオオオオッ!ー
魔力を最大に注ぎ込んだファイアーボールを右手に生成した。見た目だけで分かるその破壊力を察したオーク達は
「た、退避ぃーっ! 逃げろブヒ!」
リーダーの号令の元、オーク達は蜘蛛の子を散らす様に遮蔽物となりそうな廃墟へと隠れに逃げ出した。
(い、今のうちに……)
進行方向のオークが居なくなった事を確認したフィーナは大通りを北に向かって駆け出した。そして
ーヒュルルルル……ズドオオオン!ー
オーク達の待ち伏せ地点から十分離れたところまで逃げ切ったフィーナはファイアーボールを上空に打ち上げて爆発させたのだった。
渾身の魔力をオーク達にぶつける選択も考えてはいたが、廃墟とは言え王都に確実に被害を齎す選択は取りたくなかったのだ。
魔力はほぼ枯渇してしまったが、あれだけの数のオーク達から逃げられたのだ。
だから結果的には悪くなかったとフィーナは駆けながらそんな事を考えていた。
それにこの先は貴族街、そこまで行ければ自宅までは直ぐだ。母に話せばきっと何とかしてくれる……。
王都がこんな惨状になっていても、家族は自宅で待っていると信じて疑わないフィーナの目の前に現れたのは……
「な、何これ!」
明らかに造りの違う王都中央地区の光景だった。まず、貴族街と平民街を隔てる城壁が無く、ただのフェンスでしか無かった事。
いくらなんでも、自分が不在だった一週間そこそこでここまで街並みを変えられるはずも無い。
しかも、この位置から見えるはずの自分の屋敷の遠景も綺麗に何も無かった。まるで初めからそこには屋敷など何も無かったかの様に……
「ここ……何処……?」
この時、フィーナは初めて認めたくなかった現実を無慈悲に突き付けられていた。
心の拠り所にしていた家族に会える可能性など初めから無かった事を思い知らされたフィーナは
「こんなのやだぁ……ママ……どこなの……?」
石畳の通りに力無く蹲ってしまい、自分の右手薬指に嵌めている金の指輪に左手を添えて懸命に母親に念じていた。
しかし、どんなに母親に念じてもフィーナが求めている温もりが返ってくる事は無い。その時
「あそこブヒ! 今がチャンスブヒ!」
ーザッザッザッザッザッザッ!ー
「ひ……ひぃっ!」
さっきのオーク達が集団で自分を追い掛けてきているのが見えた。
慌てて立ち上がったフィーナだが、何処に逃げたら良いのかまるで分からなかった。
「ど、何処か逃げ道は……?」
周囲を見回し、適当な裏路地を見つけたフィーナはただそこに逃げ込む事しか考えられず、その判断に疑いなく従うのだった。
廃墟と廃墟の隙間から裏路地に逃げ込んだフィーナは身を低くしながらあちこちの狭い横道に入っていく。
「どこ行ったブヒ!」
「まだこの辺りに居るはずブヒ!」
「探せブヒ! 指揮官様に献上するブヒ!」
自分を見失ったオーク達が狼狽えている声が聞こえてきた。
(これって……!)
ほんの少し冷静さを取り戻せたフィーナは、あまりにも狭すぎる路地にはオーク達は入ってこられない事に気付いた。
声や足音、あらゆる物音から離れる様にしていれば、いつかオーク達から逃げられる様な気がしてきていた。
建物の窓の高さを確認しながら周りから見えない様に静かに身を隠していればきっと巻ける……フィーナがそんな希望を抱いた時だった。
ーパキィィィーッ!ー
地面に落ちていたガラスの様な何かを踏んでしまった瞬間、自分でもビックリするくらいの高い音が辺りに鳴り響いてしまった。
「こっちから何か聞こえたブヒ!」
「多分、この辺りに隠れてるブヒ!」
「入れる道を探すブヒ!」
オーク達の声は四方八方から聞こえてくる。今のままではどの方向に進んでも見つかってしまうだろう。
「ど、どうしよう……!」
辺りを見たフィーナは廃墟と木箱の隙間に僅かなスペースを見つけた。
そこなら通りから見通すのは無理そうだし、今のフィーナの位置まで来る事が出来なければ見つけるのは無理なはずだ。
(神様……)
フィーナはしゃがみながら隙間に入り、中でなんとか身体の向きは変える事が出来た。
(ここなら……)
周りを遮蔽物に囲まれている事に安堵したフィーナはその場に座り込み、マントと足を引っ込めて体育座りのまま息を殺し身を隠すのだった。




