小細工
司令部のテントを出たフィーナはグレースに挨拶をし、昨晩使っていたテントの所に戻る事にした。
時間はまだ昼前、敵の襲撃が何時になるかは分からないがシトリーからの話から考えると今日中に来るのは間違いない。
アルフレッドの事を考えると人の目に付きやすい場所に居た方が良いだろうが、フィーナが大々的に神力を行使して敵を退ける前提なら、人目につかない場所の方が個人的にはそちらの方が都合が良い。
(どこか適当な場所は……)
着々と迎撃の準備が進められている陣地内を見ていると、ここから大損害を受けて王女一行のみがギリギリ助かるといった未来が訪れる様には思えない。
自分はこうして何の制約もなく自由にしているし、死霊術師に囚われるはずだったアルフレッドも無事に隣に居る。
既にシトリーの語った未来とは随分変わってきたと見て良いのではないだろうか?
陣地では一基のバリスタを中心としたクロスボウの部隊を一つのユニットとし、陣地を囲う様な広域分散配置が進められている。
それらの中央に王女を始めとした聖職者達が集められている。
皆が乗ってきた馬車も中央に集められており、いざという時はこれを使って脱出やむ無しという事なのたろう。
「ふわぁ〜あ、なんだか騒がしいわね。起きちゃったわよ~」
間の抜けた大あくびと共にエルフィーネがテントから這い出してきた。
いつの間にかテントに忍び込んでいたらしいがフィーナは全く気付いていなかった。
「なんだか随分物々しいけど……なんかあったの?」
彼女が事情を分からないのも当然だろう。
「実はこんな事になってまして……」
フィーナは少し面倒くさそうに事の経緯と今後の想定される事態を説明した。すると
「なぁに? あの陰キャまたちょっかい出してくるっての?」
件の死霊術師が絡んでいると聞いたエルフィーネは不機嫌な顔を覗かせる。少し考え込んだ後で彼女の口から出てきた言葉は
「ねぇ、フィーナ? 貴女の服貸してくれない?」
「はい?」
エルフィーネの唐突な提案にフィーナも思わず聞き返してしまった。なに言ってんだコイツ……みたいな表情を隠そうともしないフィーナに対しエルフィーネは話を続ける。
「だからさ、あの陰キャはあんたを狙ってんでしょ? そこで私が囮になって油断させてシバいてやろうってのよ!」
自信満々なエルフィーネに対し、フィーナは完全に呆れていた。そんな事に引っ掛かる程間抜けな死霊術師とも思えない。
しかし、エルフィーネはこれぞ名案とばかりに自分の考えをゴリ押ししている。
「……わかりました。テントの中の鞄に入ってますから、お気の済む様にどうぞ」
完全に諦めたフィーナがテントを指し示すとエルフィーネはいそいそとテントの中へと入っていった。
そんな彼女を見てフィーナとアルフレッドの二人は顔を見合わせて微妙な顔をする事しか出来なかった。
「ちょっとぉ〜! スカートきついー! 上着ぶかぶかー! これ付け方分かんないしー」
テントの中から聞こえてくるのはエルフィーネの悪態ばかり。
放っておいたら服を駄目にされてしまいかねない……と、フィーナが慌てでテントに入りエルフィーネの着付けを手伝う事になった。
悪戦苦闘する事三十分ようやくフィーナがテントから出てきた。
「……あれ?」
外で待っていたアルフレッドが思わず首を傾げる。フィーナがテントから出てきたかと思ったら、後からフィーナと全く同じメイド服の金髪ポニテエルフが出て来たからだ。
「あの〜、こっちフィーナさん……だよね?」
アルフレッドはハトが豆鉄砲を食らった様な顔で二人を何度も見比べている。
一番身近に居たはずのアルフレッドが見分けられないのはよくよくであろう。
ーぎゅっー
すると最初にテントから出てきたエルフがおもむろにアルフレッドに抱きついてきた。
その光景を見た、後から出てきた方のエルフが慌てて二人を引き剥がそうとする。しかし
「さぁ、少年。フィーナお姉さんですよ〜? 思う存分甘え給え〜」
アルフレッドの顔にまっ平らな胸をこれでもかと押し付けている。
あまりに悪ふざけを止めないエルフィーネに業を煮やしたフィーナはエルフィーネのポニテを思い切り引っ張った
ーグキリ!ー
「うぎゃ!」
エルフィーネの首から鈍い音が発せられるともにアルフレッドから手を話した彼女は地面に倒れ込んだ。
ードサッー
「フィーナさん……!」
不審者に抱きつかれていた不快感から逃れようとアルフレッドはフィーナに駆け寄った。
ぱっと見では大きな違いは分からなかったが改めて見るとフィーナとエルフィーネには違いがあった。
エルフィーネの方が目つきがやや鋭く、全体的に顔つきがキツイ印象がある。
また、前述の通りエルフィーネの胸部はフィーナと違いぺったんこなのだ。
それでもフィーナは着痩せするタイプなのでそこまで違いがハッキリしている訳では無い。
傍目からは萩原と荻原の違い程度にしか差異が見つけられないかもしれないが、アルフレッドにとっては十分見分けが付けられる判断材料である。
「それじゃ、私は少年と一緒に目立つ場所に居る様にしとくわ」
と、エルフィーネは聖職者達が集っている集団の端辺りを指差した。
こんな小細工で本当に敵の目を欺けるのかと心配になってくる。
「アル、これを持っていて下さい。いざとなったらこれで身を守るんですよ」
フィーナがアルフレッドに差し出したのはいつもの木剣であった。刀身部分に聖属性を付与してある特別仕様であり刀身がぼんやりと白く光っている。
「あ、ありがとう! フィーナさん!」
彼は腰の留め具に木剣を通すと小さく頷いた。そんなアルフレッドの様子にフィーナはちょっとだけ安心出来た。
「もし身の危険を感じたらいつも通りハンドベルを鳴らして下さいね」
彼女はそう告げるとエルフィーネのマントを羽織り、フードも目深に被って聖職者達の集団に紛れていくのであった。
しばらくは陣地内に静寂が流れていた。全ての準備を整え終えた兵士達の間には、昼下りののどかな時間が過ぎている様な感じだろう。
それは聖職者達の間でも同じ事で不思議な静寂であった。
緑色の草地が地平の向こうまで広がっている平原、澄み渡る青空に白い雲、近くには魔物の影すら感じられない平和そのものの光景が広がっている。
そして……その時は不意におとずれた。突然空気が冷えてきたのだ。突然の寒気に人々の中に不安が広がっていく。そして
「霧だ! 霧が出てきたぞ!」
瞬く間に辺り一帯は濃い霧に包まれてしまった。ほんの数メートル先すら見通せない濃霧である。
「周囲を警戒しろ! 同士撃ちには気をつけろ!」
周囲の兵士達の大きな声があちこちから聞こえてくる。不安を顕にする兵士達の動揺の声に、聖職者達の中にも不安の声があちこちから上がり始める。
「レイスだ! 亡霊が出たぞー!」
誰が発した声かは分からない。しかし、動揺し始めた集団が無秩序な恐慌状態となるには十分な理由だった。
レイスは実体を持たない幽霊だが、物理的に斬り裂いてきたりと攻撃はしてくる。自らの意思で物理的な判定を発生させたり無効にさせたり出来るので、対抗策を持たないとかなり厄介な相手である。
次第に聖職者達の近くにもレイスが現れ始めた。中にはレイスを見るのも初めてという聖職者も少なくは無い。
視界が悪い事も手伝い、聖職者達には次第に恐怖が広がり始めていった。
「はぁっ!」
そんな中、フィーナは近くのレイスを聖属性の木剣で倒すのに明け暮れていた。
広範囲のターンアンデッドを使う事も考えたが、こうも接近されてしまうと精神集中する時間すら作れない。
また、彼女には近くの聖職者が襲われているのを黙って見過ごす事も出来なかった。
結論から言えば無理にでもフィーナがターンアンデッドで消し去ってしまった方が早いし安全なのだが、フィーナ自身その判断に到れる程冷静でも無かった。




