忍び寄る暗闇
(お母様、助けて……ノルンさん……)
ヨロヨロと壁を支えに立ち上がったフィーナが母親へ助けを念じるが
(感じられない……)
金の指輪をはめた時に感じられた母の温もりが今は何も感じられなかった。
また、いつも一緒に居てくれたサラマンダーも今は居ない。彼はどうなってしまったのか、気持ちは逸るが今のフィーナには何も出来なかった。
「ギャッギャッ!」
フィーナが歩き出そうとしたその時、フィーナの進行方向からゴブリン達らしき声が聞こえてきた。
音を頼りに耳を澄ませてみると彼等はこの通路の真っ直ぐ先に居ると思われる。
(ま、魔法で……倒すしか……)
フィーナは壁に手を当てながらファイアーボールの魔法を唱え始める。
「ファイアーボール!」
ーゴオオオオッ!ー
授業でいつも感じている熱気が遠ざかっていくのが分かる。そして
ーバアアァァン!ー
「ギャアーッ!」
ファイアーボールが破裂した音が聞こえ、魔物の叫び声も同時に聞こえてきた。しかし
「ギャギャッ!」
「ウギャー!」
魔物の気配も物音もまだまだ止む気配は無い。
「ファイアーボール!」
フィーナは前方から迫ってくる魔物の気配にファイアーボールを連発する。
ーバアアァァン!ー
「ギャアアアアッ!」
ファイアーボールを撃つたびに前からの物音が少なくなっていく。その現実がフィーナを安心させていた。
しばらくファイアーボールを放ったところでようやく辺りが静かになってきた。
魔物の気配が感じられなくなった事に安堵したフィーナがほっとため息を付いたその時
ーブウウウウンー
背後から魔物の物音とは全く違うものと気配が出現した。
「く……!」
フィーナが壁伝いになんとか距離を取ると
「お前、ただのエルフでは無いな? お前から感じるその雰囲気……面白い。予定変更だ」
謎の気配から声が聞こえてきた。恐らくタチアナが従えている闇の精霊だろう。
フィーナが闇の精霊と距離を取りながら対処法を模索していると
「おい! あそこに居やがったぞ!」
「もう逃げられねぇぞクソエルフ!」
「たっぷり可愛がってやるぜ!」
闇の精霊の後ろからバーキン達がやってきたのが分かった。
(ど、どうしよう……)
自分の身に危険が迫っていると言うのに、フィーナの中の常識が彼女にバーキン達への攻撃魔法の行使を躊躇させる。
「シェイド、もういいわ。アンタは下がりなさい」
バーキン達に続いてタチアナの声も聞こえてきた。おそらくアレス王子も同行しているのだろう。
(に、逃げるしか……!)
どうしても彼等相手に魔法で戦うという決断が出来ないフィーナが後ずさり始めたその時
ーガサガサー
「な、何……?」
突然背後に何物かが動く気配が出現した。居るはずの無い場所からの不気味な気配にフィーナが狼狽えていると
「よし! 捕まえろ!」
「もう逃げられねぇぞ!」
「鬼ごっこは終わりだ!」
ータッタッタッタッー
バーキン達が駆けてくる足音が聞こえてきた。両方を敵に囲まれたフィーナが再び光の壁を展開するべく魔法を唱えようとしたその時
ーシュルシュルシュル!ー
「うわっ! なんだこりゃ!」
「い、糸が! ネバついて取れねぇぞ!」
「天井に引っ張られ……離せ! 離しやがれ!」
突如バーキン達の狼狽える声が聞こえてきた。何が起きているのか分からないフィーナはただただ困惑する事しか出来ない。
「止めろぉ! 離せぇ!」
「嫌だ! 死にたくない!」
「タチアナ! こいつ闇の精霊が呼びやがったブラックウィドウだろ! 早く止めさせろ!」
バーキン達の声は次第に緊迫感を増してきている。
「シェイド! 何をしてるのよ! 止めなさいよ! 下がりなさい!」
バーキン達の叫び声の合間に、焦るタチアナの声も混じって聞こえる。
「止めろ、止め……!」
「ひゃあぁぁぁっ! 糸が、糸が!」
「早く助けろぉ! こんな死に方嫌だぁぁぁ!」
「な、下がりなさいって言ってるでしょ! アンタ何を……」
「愚かな……闇の精霊などという従順な使い魔が本当に居ると思っていたのか?」
バーキン達の叫び声に加えて焦るタチアナの声、フィーナは状況の変化に全くついていけていなかった。
「エルフの娘……いや、天に関する者か。貴様の肉体は私には不要だ。魂だけをゆっくりと回収させて貰うぞ」
「ひやあああああっ!」
ータッタッタッタッー
次に聞こえてきたのはタチアナと闇の精霊の交わった様な不気味な声、そしてアレス王子の情けない悲鳴と逃げ去っていく足音だった。
ーザッザッザッー
タチアナが近付く足音が聞こえてくる。
もうどうしようもないと、フィーナが光の壁を展開しようとしたその時
ーシュルシュル……ギュッ!ー
「きゃっ!」
自分の足首に何かが絡みついてきたとフィーナが気づいたその瞬間
ードシャッ!ー
「きゃあっ!」
何かに足を強く引かれたフィーナは地面に倒されてしまった。
ーザザザザザー
「嫌っ! いやあぁぁぁっ!」
上下左右も分からなくなったフィーナはただただ地面を引きずられていく。
ーガサガサー
自分のすぐ近くに何かの気配の存在を感じたフィーナは
「いやっ! 助けてぇ! お母様ぁ!」
両手を地面の石床を掴んで、何とかして不気味な気配から必死に逃れようとする。
「やだっ! やだぁ! ママ……ママぁー!」
しかし、足には何かがしっかり巻き付いていて全く逃げられずにいた。
「天の者と魔物が交わると何が生まれるのだろうな。楽しみだ」
フィーナを見下ろす様な場所から聞こえてくるタチアナの不気味な声に、フィーナは自分を待ち受ける運命を嫌でも自覚させられた。
「いやぁっ! 助けて、ノルンさん! デイヴっ!」
涙を流して必死に叫ぶフィーナは何かによって強引に足を開かされていた。
ーズゥッ!ー
「ひいっ!」
身体に伝わってくる何物かの気配と体温にフィーナは怯えた声を上げる。
「誰かぁ……助けてぇ! アルぅー! お願いっ! こんなのいや
あっ!」
その時、両手を伸ばして必死に助けを求めていたフィーナの手を
ーギュッ!ー
何かが優しく握ってきた。そして暗闇に包まれていたフィーナの目にはぼんやりと光る誰かの手が、自分の手をしっかりと握ってくれているのが見えた。
「フィーナさん、待ってて! 僕が助けてみせるから!」
「えっ……?」
聞き覚えのある声が何処かから聞こえてくる。
次の瞬間には自分の手を握る手によって引っ張り上げられている感覚にフィーナは満たされていた。
(良かった……もう大丈夫だから……)
何者かの声に励まされながら引っ張り上げられると共に、目の前に広がるトンネルを抜けていく光景にフィーナの意識は遠のいていくのであった。




