平穏な旅路
馬車での旅も二日目を迎えた。移動は日中のみで日が落ちると兵士達が用意してくれた暖かい食事を摂りテントで就寝した。
馬車に乗っているだけで疲れた顔をするのは申し訳無い気がするが、同じ姿勢で座りっぱなしというのは疲れるものだ。
隣に座っているアルフレッドにも疲れの表情が出てきている。
ーボウ……ー
フィーナはアルフレッドにキュアを掛ける。小さい子にはとっては長旅は負担なのだろう。
キュアが多少の効果を発揮したらしくアルフレッドからは疲れの表情が和らいでいた。
二日目も天候は崩れる事無く快晴が続いていた。
街道の左右は平原が広がっており、進行方向の先にはうっすらと山地が見えてきている。
王都の方を見てみると中央に高くそびえる塔の頂点がうっすらと見える程度になってしまった。
この世界においても人々が暮らしているこの大地は球体であり空に瞬く星々についての考察もある程度は天文学として進んでいる。
地上から星の動きを観測する事で宇宙空間の位置関係を割り出すなんて頭の良い人はどこにでもいるものだと改めて感心する。
窓の外の景色をボーッと見ながらフィーナがそんな事を考えていると平原の向こうからこちらに駆け寄ってくる人影が複数見えた。
フィーナがその人影に気付いた時には周りの乗客達も気付いており馬車は停車させられ、護衛の兵士達が迅速に人影の前に立ちはだかる様に隊列を形成した。
人影の人数は五人程、各々が革鎧を着用した見るからに山賊といった風貌だ。
大勢の兵士達が待ち構えている場所に突撃してくるなどとてもじゃないが正気の沙汰とは思えない。
フィーナはアルフレッドを庇うようにし、馬車の窓を開けいつでも迎撃できる体制を取った。
(あれ……?)
しかし、山賊達が近付いてくるにつれて彼等の様子がどうもおかしい事に気付く。
山賊達は必死の形相で息を切らせながらこちらに駆けて来ている。
見たところ武器は何も持っていない。兵士達に捕まればその場で切り捨て御免されてもおかしくは無いのに躊躇なく近付いてくる。
山賊達もこちらが発見できたのか何か大声を上げながら近付いてきていた。
「お! お! お助け〜!」
「こ、殺されるー!」
「俺達のねぐらに化け物がー!」
あまりの山賊達の慌て様に兵士達も戸惑っている。兵士達の所に辿り着いた山賊達は力尽きた様にしゃがみ込み皆が乱れた息を整えていた。
山賊達の様子を見るに見かねた兵士の一人が山賊達に事情を尋ねる。
「一体、何があった?」
兵士の問いに山賊達は息も絶え絶えでまともに返答出来そうに無い。
「お、俺達の……ねぐらに……ば、化け物が……来やがったんだ!」
ようやく会話出来る様になった山賊達の話によるとここからおよそ三km西の林の中にある彼等の拠点に何者かが襲撃してきたらしい。
山賊達は総勢五十を下らなかったが襲撃者は薄ら笑いを浮かべながら山賊達を次々と殺していったそうだ。
それでここに居る山賊達は命からがら逃げ出して来たと言うのだ。
話を聞いた兵士達は馬車隊の先頭付近に居るはずの司令部に向けて伝令を走らせた様だ。
馬車の上から彼らの話を聞いていたフィーナにはこれ以上の話は分からなかったが、どうも嫌な予感がする事だけは理解できた。
山賊達の扱いをどうするかで協議が難航しているのか馬車は動き出す気配がまるでなかった。
フィーナはどのみち馬車が動かないのなら……と、アルフレッドに食事を摂ってもらう事にした。
収納空間から取り出したるはレタス、トマト、ベーコンを挟んだサンドイッチである。鮮度そのままな収納空間が使える女神ならではの芸当である。
サンドイッチの一つを窓際の小さな台に載せもう一つをアルフレッドに手渡す。いただきますを言い美味しそうにサンドイッチを頬張るアルフレッドを見ながら収納空間から水の入った革袋を取り出す。
「あれ?」
取り出した革袋と入れ替わりに窓際の台に置いておいたサンドイッチを取ろうとしたフィーナは思わず声を出してしまった。
ついさっき台の上に置いたはずのサンドイッチが忽然と姿を消してしまっていたのだ。
とっさに窓から身を乗り出し地面や周りを見てみるが、サンドイッチはどこにも無い。目を離した隙にカラスにでも持っていかれたのかとも考えたがそれらしい鳥はどこにも居なかった。
(うーん……)
どうにも釈然としない思いを抱えながらフィーナは首を傾げつつ座席に座り直す。
仕方なく革袋を台に置き何か手軽に食べられる物を……と、収納空間を物色していると視界の端で革袋がすぅっと消えていくのが見えてしまった。
思わず二度見してしまったが、今度も革袋は影も形も無くなってしまっていた。
どう見ても魔法か何かを使う者の仕業である。試しに次はリンゴを丸ごと一個置いてみる事にした。
そして何気なく台から視線を逸らすフリをすると……やはりリンゴも透明になっていく様に消えてしまった。
(…………)
収納空間内にはある程度備蓄があるし、食事を摂る事が必須では無いとは言え、楽しみにしていたサンドイッチを奪われてしまうのは面白くない。
フィーナは再び収納空間をからリンゴを取り出すと台の上に再び置いた。
それと同事に自身の片目に神力で赤外線サーモグラフィで視認できる能力を付与した。
この世界では流石にまだ赤外線の存在は知られていないだろう。相手が魔法で姿を消しているのならまた、餌に食らいついて来るはず……。
フィーナがさっきと同じ様に視線を逸していると何者かの上半身が屋根の上から垂れ下がって来ているのが見えた。
赤外線サーモグラフィの視界なので個人の特定は難しいが人の輪郭はしっかり見えている。おまけに人間ではありえない横に長い耳まではっきりしていた。
視線を逸らしていたフィーナが人影に迷いなく顔を向けると耳の長い人影は相当驚いた様だ。
身体をビクッと震わせたのが容易に確認出来た。
ーガシッ!ー
フィーナは間髪入れずに人影の頭部を両手で掴むと神力で電撃を流し込んだ。
ービリビリビリビリー
「あばばばばばばば!」
電撃を流すと同時に悲鳴が響き渡り謎の人影の姿が顕になり始めた。
しかし、フィーナはそんな事お構いなしに電撃を流し続ける。楽しみにしていた食事を奪った罪は重い。
その身で贖えと言わんばかりに執拗に電撃を流し続けている。
ードサッー
ある程度の電撃を流したところでフィーナが人影の頭から両手を離すと金髪を揺らしながら地面へと落ちていった。
地面に倒れている人影の正体はエルフィーネだった。馬車の屋根から落ちてきた事を考えると、いつからかは分からないが無断乗車していた様だ。
「すみませーん、その人不審者です」
フィーナは近くにいた兵士に声を掛けた。兵士は二人がかりでエルフィーネを抱き起こし彼女を何処かへと連れて行った。
兵士に連れて行かれるエルフィーネは白目を剥き泡を吹いていた。せっかくの美少女が台無しとなっている。
「ふぅ……」
フィーナは小さく溜め息を付くと改めて座席に腰を下ろした。
「フィーナさん、今の人エルフィーネさん……」
一連のやり取りを見ていたであろうアルフレッドが不思議そうな顔でフィーナを見ている。
「アル、何でも無いんですよ。ちょっと不審者の対応をしていただけです」
そう言いながらフィーナは収納空間から予備の革袋を出してアルフレッドに手渡す。
結局その日は馬車は動く事は無くそのままその場で一夜を明かす事になったのだった。




