花火
停泊している飛空艇のラッタルから地上に降り立ったフィーナは、西洋準拠のこの異世界では珍しい若草色の浴衣を身に纏った涼し気な格好をしていた。
髪型もいつものクラウンハーフアップからポニーテールへときちんとセットされ直してあり、華奢なうなじが必要以上に目立っている。
素足に草履というのは流石に慣れてない様で、フィーナは少し歩き辛そうにしている。
しかし、彼女の珍しい格好はアルフレッド王子を一撃で轟沈させてしまうには十分な破壊力があった様だ。
「ふ、フィーナ? その格好は……?」
海パン一丁のアルフレッド王子が尋ねるとフィーナは
「これは、母が用意してくれた夏の女性用衣類なんだそうです。東方の国で使われているとか……」
頬を赤らめながらアルフレッド王子の問いに恥ずかしそうに答えるのだった。
そんなフィーナの姿は間違いなく儚げで可憐だった。そんな二人のやり取りを見ていたクリーチャーは
「く、くく……!」
ーザバンッ!ー
圧倒的な実力差を見せつけられ逃げ出す様に引き下がらざるを得なかった。
「人魚の皆さん、デイヴが失礼致しました。母から皆さんもこの泉で楽しんでいって頂きたいとの事です。どうか、是非このまま日没までお待ち下さい」
泉の辺に近付いたフィーナは泉の中の人魚達に呼び掛ける。
そんなハイエルフの姿を前に人魚達は持参した人魚薬を使わないという選択肢を選ぶ他無かった。
人魚薬による二足歩行だけでもリスクがある現状、リスクを冒してまで目の前のハイエルフに勝てる要素が何一つ見出せないのが現実だった。
「皆さ〜ん! よろしければ飛空艇の中の浴場を使って下さ〜い! お着替えも用意してますからね〜!」
フィーナは泉で遊泳を続けている他の皆にも声を掛ける。
呼び掛けるフィーナの姿を見たアリア、パトリシア含めた女性陣達は
「わ〜! 何その服〜! 可愛い〜!」
「フィーナさん、とてもお似合いですよ」
アリアとパトリシアが真っ先に食い付いてきた。そんな二人を含めメアリー先生含む女の子達にフィーナは
「飛空艇の中にお風呂と着替えが用意されてます。どうぞご自由にお使い下さい」
皆に飛空艇の中の浴場を案内する。実際、飛空艇の中にはレアが取りそろえた色とりどりの浴衣一式が大量に用意されていた。
泉が日没を迎える頃には女性陣は飛空艇での入浴を済ませ、飛空艇から泉の辺へと戻っていた。
「なんだか、スースーするよね。この服」
「でも、ゆったりしていて疲れないですね。この履き物は歩き辛いですけど……」
アリアもパトリシアも女性陣達は皆、慣れない浴衣姿に戸惑っている。
日もすっかり落ちて泉の周りも暗闇に包まれてきたその時
ーヒュルルルル……ドーン!ー
泉の挟んだ向こう岸から上空に向かって光の玉が上がっていき、破裂音と共に綺麗な光の粒が球状に広がっていくのが見えた。
「わぁ……綺麗」
空を見上げている皆の前で火の玉が次々と空に打ち出されていく。
ーヒュルル……ドーン! ドーン! ドーン!ー
空を彩る色とりどりの花火に全員が目を奪われていた。そんな中
「火の玉に色がついてるなんて綺麗だね〜」
花火に見とれているアリアが誰にともなく呟く。
「こりゃ錬金術の類いだな。昔にはファイアーボールに粉を混ぜて色を変えてたとかあったらしいな」
開けたシャツに膝下の短パン姿のシュレイザ先輩が蘊蓄を語る。
「え、ファイアーボールに色付けるとか可愛い〜!」
魔術師の卵らしく、アリアがシュレイザ先輩に食いついている。
「可愛いって……本来の目的は超遠距離戦での弾着観測の効率化だからな? 昔々の他国との戦争があった頃の技術だ」
学院の在籍期間だけは長いシュレイザ先輩は蘊蓄を続ける。彼が言うには、過去の人間同士の戦闘において、魔術師の役割は現代で言うところの砲兵隊であったそうだ。
味方の主力である重装歩兵等が敵と激突する前の援護として放物線状に飛ぶファイアーボールを敵に当てて、戦意を削ぐのが常套手段であったのだ。
しかし、人数が多くなればどの部隊のファイアーボールが何処に飛んだのか把握できないのは効率が悪いのだ。
そこで部隊ごとに色が変わる粉を携帯させファイアーボールを撃たせれば、どの部隊の狙いを改善すれば命中率が良くなるのか一目瞭然となる。
そんな時代背景を長々と語るシュレイザ先輩だったのだが
「あたし、ファイアーボールピンク色にしようかな〜? なんかお洒落じゃない?」
シュレイザ先輩をさておいてパトリシアに自分の魔術師プランの構想を語っていた。
「人に話、振っておいて聞いてないってお前なぁ!」
シュレイザ先輩がアリアに一言物申そうとしたその時
ードサッ!ー
サラマンダーがシュレイザ先輩の肩に飛び乗り、彼の口を遮る様に両手を伸ばしてきた。
「んだよ……まぁ、分かったよ!」
花火中の言い争いは無粋とばかりに遮ってきたサラマンダーの意図を理解したシュレイザ先輩は大人しく花火を楽しむ事にするのだった。
泉では人魚達半魚人達も空に打ち出される色とりどりの花火をただ見上げていた。
「綺麗ね〜、何だか昔話みたい……」
「王子様に恋した人魚の話だっけ?」
「そうそう。パーティで王子様とダンスの時に色がついた火の玉が上がったってやつ?」
人魚達の間ではイケメン王子様と結ばれる話というのは一種の伝説となっている様だ。
しかし実際の王子様の横には先約が居るという悲しい現実がそこにあった。
「フィーナ、こんな催しを準備して貰えるなんて……まったく、君の母上には頭が上がらないな」
上空を絶え間なく彩り続ける花火を見ながらアルフレッド王子が隣で同じ様に空を見つめているフィーナに話し掛ける。
「皆さんに楽しんで頂けて私も嬉しいです。本当に綺麗ですね……」
アルフレッド王子に微笑むフィーナは花火の明かりに照らされてとても儚げに見えた。触れようとしたらフッと消えてしまいそうな……まるで妖精の様だった。それを見たアルフレッド王子の喉元に
「君の方が綺麗だよ」
という言葉が出掛かった。それはイケメンとしての口説き文句では無く彼の素直な感想だった。
しかし、曲がりなりにも幼少期からフィーナと関わってきたアルフレッド王子である。
そんな歯の浮く様な言葉を贈ったら彼女がどんな反応を示すかは察しが付いていた。
(……駄目だ。彼女の警戒心を返って高めてしまう)
まず間違いなくフィーナは距離を取り身構えてしまう。サラマンダーが席を外している千載一遇のこの好機を彼は逃す訳にはいかなかった。




