燻る火
フィーナとパトリシアによるホーリーウォールが効力を失う頃にはエリオットの魔法による爆炎の影響は辺りからすっかり消え去ってしまっていた。
女の子達に抱えられたエリオットは変わらず白目を剥いたまま……。そんな彼に視線を落としたフィーナは
「彼が目覚めたら呼んで頂けますか?」
エリオットを膝枕する様にしゃがみ込んでいるシーディに一声掛けてアルフレッド王子達のところに戻っていくのであった。
一方、パトリシアのホーリーウォールによって難を逃れたアルフレッド王子達は屈めていた身を起こし、周囲の状況を確認し始めた頃だった。
「パトリシア、すまなかった。私のマジックシールドでは直撃弾は防げなかったはずだ」
メアリー先生が咄嗟に発動させていた防御魔法を解除しながら、ホーリーウォールで皆を守ったパトリシアに礼の言葉を述べる。そんなメアリー先生に対しパトリシアは
「そ、そんな……事無いです。フィーナさんに言って貰わなかったら光の壁の魔法を使う事も思いつかなかったかも……」
少し照れた様子ではにかみ頬を赤らめながら答える。そんなパトリシアに対しメアリー先生は
「神聖魔法の……それもホーリーウォールを使えるなんてそこらの神官にも出来る事じゃない。パトリシアには聖女の可能性があるのかもな」
この世界でも語り継がれる偉人である聖女の存在を口にした。
「そうだな。パトリシアなら聖女に相応しいんじゃねーか? なぁ?」
メアリー先生に同調する様にシュレイザ先輩ですら、パトリシアが聖女となる可能性に疑問を挟む事無くアリアに同意を求めている。
「パトリシア、いーなぁー。聖女なんて卒業したら引っ張りだこじゃん。あたしもなりたいなー」
アリアはこれまた素直な感想を口にしている。しかし、なりたいからとホイホイなれる程聖女は簡単な存在では無い。
「そしたら毎日毎晩神様にお祈りしなきゃなんねーなぁ」
シュレイザ先輩がこの異世界における一般的な聖女感を口にする。彼の中では聖女とは一日中お祈りしてる様な敬虔な信徒のイメージでしか無いらしい。
「それだけで聖女になれるなら苦労は無いぞ。一日中祈るだけで聖女なら、今頃は聖女のバーゲンセールだ」
ここでメアリー先生から、聖女になるのがいかに狭き門かが皆に説明される。
聖女となる為には、まずはホーリーウォールの神聖魔法が使えなければならない。
その上で光の矢の神聖魔法、セイクリッドアローを会得しなければこの世界では聖女とみなされる事は無く、それすらもただの出発点でしか無い。
「多数の敵相手に光の矢を撃てれば、紛れもなく聖女様だろう」
メアリー先生の説明ではどうすれば聖女になれるのか?の核心には触れられなかった。
「先生〜? 結局どうすれば聖女になれるんですかぁ?」
長々とメアリー先生の講義を受けていたアリアが本題を突いてきた。
「そんな事が分かる訳無いだろう。そんな事が解明されていたらそれこそバーゲンセールだ」
メアリー先生の知見はこの異世界で得られる人間達の知識の限界を示唆していた。まさか、聖女の合否判定が女神レアの胸先三寸だとは夢にも思わないだろう。
「まぁ、聖女様は心清らかで責任感と使命感の強い清楚な女性という事だ。聖女になりたいなら……まぁ、頑張れ」
これが一般的な聖女のイメージから大きくかけ離れたアリアに贈る事が出来る、メアリー先生からの最大の激励の言葉だった。そんな事を話している集団の中に
「メアリー先生、エリオットさんは今は気を失っています。しばらく目を覚まさないとは思いますが……」
エリオットを気絶させたフィーナが戻ってきた。彼女の意図は明確であり、それを読み取ったメアリー先生も
「やれやれ、教育的指導をしなければならんか。フィーナ、一緒に来てくれ」
自分がすべき事を認識している様だ。また、
「皆は水分の補給をしておけ。半魚人さんに失礼の無い様にな」
アルフレッド王子達に最低限の指示を出し、フィーナを伴ってエリオット達の所に戻っていくのであった。
「う……あぁ……」
気を失っていたエリオットが意識を取り戻しかけていた。
魔法を撃ったところで突然身体から力が抜けていったところまでは朧気に思い出してきていたが……
「いつっ! あ、顎が……!」
頭が覚醒すると同時に顎への痛みが強烈に響き始めてくる。その痛みにより、気を失う前の自分の状況
、そして今の自分がどうなっているのか……
「はっ……!」
目を開けたエリオットが見たのは青い空に白い雲、そして明らかに自身を見下ろしているメアリー先生とフィーナの二人。
「お、俺は一体……?」
地面に寝かされている事を自覚したエリオットは起き上がろうとするがうまくいかない。
「エリオット、お前は魔法で何でも出来ると勘違いしているな?」
自分を見下ろしているいるメアリー先生から叱責する様な口調で問われている。
「か、勘違いだと……! 俺には絶大な力があるんだ! この力があれば何だって出来る!」
「出来てないだろう。半魚人さん達とのトラブルをお前は解決出来なかった。だから無かった事にしようとしたのだろう?」
メアリー先生はエリオットに自身の精神の未熟さを説く。
「それだけじゃない、お前は自分の魔法で自滅する寸前だった事に気付いていないのか?」
「な、なんだと……?」
パトリシアのホーリーウォールで跳ね返されたエリオットの爆炎魔法。それに対する方法は同じホーリーウォールで跳ね返す以外には無い。
マジックシールドでは威力の高い攻撃魔法の直撃弾を防ぎ切る事は出来ない。
「コイツに感謝するんだな。フィーナが何もしなければお前達は爆煙で重傷を負っていた」
メアリー先生がフィーナの肩をポンポン叩きながら讃える。
「エリオット・ランドウェイカー、お前の魔法の夏休み中の使用を禁ずる。一度、精神から見つめ直せ」
メアリー先生はどこからか取り出した魔法の杖をエリオットに向ける。そして
ーブウウウゥゥンー
「マインドギアス」
何かの魔法をエリオットに施す。緑色の靄が現れエリオットを包んでいく。
「な、何だよこれは!」
「魔法を使おうとすれば全身を耐え難い苦痛が襲う魔法だ。夏休みの間くらい、魔法無しで過ごしてみろ」
エリオットの向こう見ずな行動はメアリー先生の堪忍袋の緒を切るには十分だった。こうして彼は不自由な夏の合宿を余儀なくされてしまったのであった。




