ハンドベル
フィーナがグレースに未来の出来事を伝えに行った日から二週間が経過していた。
その日から数日後、王城からグレースの使いがニワトリと躍る女神亭に来訪し式典の日取りと当日の集合場所の説明をしていった。
使いの者の話によると、フィーナが向かうべき集合地点は王都南門の広場とされた。
そこで式典に参加する聖職者達と一緒にピックアッブしてくれるのだそうだ。
また、アルフレッドにも式典に参加してもらう旨伝えたところ、嬉しそうな表情を覗かせたものの、留守番となるリーシャの事を心配している様だった。
彼の話によると二人には残念ながらまだ友達が出来ていない様だ。
アルフレッドは自分から他人に関わろうとする性格では無いし、リーシャは平民という事で周りが貴族ばかりな為、一線を引かれている様だ。
こればかりは時間による解決を待つしか無いのだろうが……何とか乗り越えていって欲しいものである。
南の森での式典についてだが、リーシャ本人も女将さん達も気にしないで出かけておいでとは言ってくれたものの、一週間近く不在になるにというのはリーシャの事が不安になってくる。
さすがにリーシャも式典に連れて行くというのは、出過ぎた真似と言うか余計なお世話と言うべきか……フィーナから誘うには無理がある話だ。
日々の仕事をこなしつつも、数週間後に控えている式典への道中への気掛かりは頭から離れる事は無い。
しかし、自分がフリーであれば多少の魔物が束になって来ようと何も問題は無い訳で、やはり問題となるのは死霊術師の存在だ。
アルフレッドが人質に取られるという話だったから彼さえ守れれば問題解決だとは思う。
後は死霊術師に対し気を抜かず確実に息の根を止める事……。
そういえばシトリーの話では死霊術師は自分で転生を繰り返していると言っていたが、そんな事本当に出来るのだろうか?
それが本当だとすれば天界の定めた理に反している事になるし放置出来ない事案でもある。
以前、レアからも死霊術師は見つけ次第処理しろと言われてはいる。
しかし、致命傷だったはずの光の矢による波状攻撃を加えたのにピンピンしているのは……どういう事なのだろう?
(う〜ん……)
なんとか治癒魔法を間に合わせたとかそういう力技だろうか?
次こそは致命傷でも済まさず、敵の急所を抉り取るくらいの気持ちで臨まなければならない。
物理的に主要な身体の一部が無くなればさすがに生きてはいけないはずだ。
考え事ばかりのフィーナがランチタイム後の食器の片付けをしていると
ーチリンチリンー
小さな金属音が聞こえてきた。この音はフィーナが生成したハンドベルの鳴らされた音である。
今持っているのはアルフレッドに渡した物を譲り受けたミレットと、新しく生成した物を持たせたエルフィーネのはず……。
音の聞こえる方角が魔法学校のある方向である以上、エルフィーネからの呼び出しに違いない。
ーチリンチリンチリンチリンー
フィーナが少し考えている間にもハンドベルはしきりに鳴らされている。
今の時間は魔法学校では昼休憩の時間のはずで下校時間にはまだ早い。魔法学校で何かがあったに違いない。
「アンさん、すみません! ちょっと席を外します!」
忙しく食器の後片付けをしているアンに声を掛けフィーナは裏の物置へと急ぐ。周りに誰も居ない事を確認しすぐさま法陣を展開。
ーパアアァァァー
フィーナの身体が光に包まれると同時に指定した場所へと転移していくのだった。
転移の光が収まったフィーナが見たのは魔法学校の正門前だった。
音の発生源に直接転移する事が出来ない訳では無いのだが行った先がどうなっているのか分からなければ直接転移は避けたい。
今回の話で言えばエルフィーネが高所にいた場合、フィーナが転移した先が何も無い空中になるという可能性もある。
転移して転落死となってはさすがに笑えない。また、転移した先が壁の中となる可能性も否定は出来ないのだ。
正門前にてフィーナは音の方向と周囲を確認する。幸いな事に付近に人の気配は無い。フィーナはすぐに神力で姿を消した。
そしてハンドベルが鳴らされている方向を確認すると…
(校舎の方角とは別……?)
音の発生源は実技試験場の方の様だ。それでも正門から実技試験場までは距離がある。
フィーナは転移先を目視で確認しながら短距離転移を繰り返して目的地に向かう事にした。
ハンドベルの音の発生源に十分近付いた時には目視でエルフィーネの姿が見える位置まで辿り着いていた。
場所は実技試験場の裏、魔法の標的の様な物が並べられている木製の壁の角、裏は林になっておりその先には学校を覆う囲いがありその向こうに王都の東側区画の街並みが見える。
(何があったのか確認しなくちゃ……)
フィーナは周りに誰も居ない事を確認するとエルフィーネに駆け寄った。
彼女もインビジビリティを解除しており木製の壁の角から裏手の様子を窺っている。
「エルフィーネさん、なにかあったんですか?」
フィーナはなるべく落ち着いた口調でエルフィーネに現状を尋ねた。
ハンドベルを使うのはよほどの時だけと伝えていた以上、何かしら非常事態が起きている事に間違いは無いはず……。
しかし、フィーナの声に反応したエルフィーネはフィーナの方を見ると自分の右手人差し指を口の前に立て
「シーッ! 静かに!」
と押し殺した小さな声でフィーナに裏手を見る様に左手で合図してきた。
そこに居たのは二人の男女、アルフレッドともう一人は……見覚え無い女の子だ。
緑色の髪はセミロングでこの世界では希少な眼鏡を掛けている。
フィーナが様子を窺っていると、意を決したらしい緑髪の女の子が口を開いた。
「アルフレッド君! あの……好きです!」
唐突な女の子の告白に当のアルフレッドはおろか離れた場所で見ているだけのフィーナもポカンとしてしまった。
思考停止しているフィーナの肩を抱いてきたエルフィーネが
「おお〜、青春ですなぁ〜。若い若い。このまま放っておくと愛しの彼取られちゃいませんかねぇ〜?」
フィーナの耳元で囁いてきた。
一連の状況を理解したフィーナは両手を握りプルプルと震え出した。
「私を呼んだのは……この状況を見せるためですか?」
フィーナは下を向いており表情を窺い知る事は出来ない。そんなフィーナに構う事無くエルフィーネは話を続ける。
「いやいや、フィーナちゃんにとっては一大事でしょ? 悪い虫がついちゃったら……」
ーボフッ!ー
「うぼぁー!」
エルフィーネが全てを言い終える前にフィーナの問答無用のボディブローがエルフィーネのみぞおちに炸裂した。
「こんな事で呼ばないで下さい」
地面に倒れ込んでいるエルフィーネに冷たく言い放つフィーナ。
溜め息を付きつつフィーナが転移の準備を進めていると
「ごめん。……僕には好きな人が居るんだ。ミントさんの気持ちには応えられない。……ごめん」
アルフレッドの申し訳無さそうな声が聞こえてきた。フィーナが思わず裏手を覗き込むと
「そう……なんだ。でも、私がアルフレッド君を好きなのは変わらないから」
緑髪の女の子はそう言うと、フィーナ達の方に駆け出してきた。
(え? あ……あわわわ!)
まさか、こっちに向かってくるとは思っていなかったフィーナは慌てて神力で姿を消す。
ードガッ!ー
地面に倒れているエルフィーネをどうにかする時間は無かったので近くの草むらに蹴り込むのが精一杯だった。
緑髪の女の子はフィーナにもエルフィーネにも気付くことなく走り去っていった。
一人残されたアルフレッドも教室に戻る為だろう、フィーナ達の所に近付いてきた。
壁にピッタリ張り付きフィーナはアルフレッドが通り過ぎるのを待つ。
(……へ?)
アルフレッドはフィーナの傍までやってくると周囲を見回し、フィーナの方を凝視すると不思議そうな顔をして首を傾げながら去っていった。
(……そろそろ帰らないと)
フィーナは転移の法陣を展開すると草むらに倒れているエルフィーネを放ったらかしにして
ーパアアァァァー
宿屋へと転移していくのだった。




