メイド鍛冶屋
フィーナがドワーフ二人組によって市中を引き回された翌日、グランヴェール鍛冶屋店は朝から大勢の人集りが発生する事態となっていた。
その人集りは殆どが男性であり、グランヴェール鍛冶屋店の客層から考えてもその光景自体にそう不思議は無い。
しかし、基本的に冒険者相手が通常の鍛冶屋の店先に並んでいるのは普通の王都の住民ばかりであり、彼等の目的は店主であるソドムにも皆目見当がついていなかった。
「え〜と、本日はどの様なご用向きで?」
明らかに一見さん的な雰囲気の男性客にソドムが尋ねてみても
「あ、いや。うちの包丁見てもらおうかと……」
イマイチ要領を得ない返答が返ってくるのみであった。彼らは店内をキョロキョロと見回したりしていて落ち着きが無い。
通常の開店時間より早く店を開ける羽目になってしまったため朝食もまだなソドム含めたドワーフ二人組はやや不機嫌な様子である。
「包丁の手入れやなんだと……うちは鍛冶屋なんだぞ。なんだってこんな事に……」
砥石で包丁を研ぎながら一人一人対応していくソドムだが、何故か店内の人混みがなぜか解消されない。
包丁の手入れを済ませた男達が何故か店内を物色しているのだ。
冒険者に憧れる十代半ばの少年じゃあるまいし老若問わずの男性が効果な重装に興味を示すとは考えにくいものがある。
鍛冶屋のメンバー三人が腑に落ちない様子で生活用品の刃物の手入れを進めていると
「皆〜、朝ごはんだよ〜!」
パンの山盛りになった籠を手にアリアを先頭にした女性陣が階段から降りてくると
「うおおおおっ! マジじゃねぇか!」
「あんなメイド服見た事ねぇぞ〜!」
「マジで見間違いじゃなかったんだ!」
男達の視線はアリアの後ろから階段を降りてきた黒いフレンチメイド服のフィーナに向けられていた。
彼女の金髪碧眼は黒を基調としたメイド服だとさらに映える様だ。明らかに人間と違う彼女の神秘性は店内の男性の衆目を集めるのに十分だった。
「皆、準備出来たよ〜!」
店の奥のテーブルに焼きたてパンが並べられ、グランヴェール鍛冶屋店の朝食が始められた。
今日の献立はチーズパンにソーセージ、スクランブルエッグに紅茶の組み合わせだ。
朝から食事無しに働いていた鍛冶屋のメンバーだけでなく、早朝から店に押しかけてきた沢山の男性客達にとってもフィーナ達が用意した朝食は殺人的な内容だった。
店の奥で食事を摂るフィーナ達だが、店内からの視線は中々無視する事が出来なくなり
「チーズパンいかがですかぁ〜? 一個、銅貨五枚でどうかな〜?」
アリアがパンの籠を手に男性客達に売り込みを始めた。
「サービスじゃないなのかよ〜」
「ったく、足元見やがって」
パン一個に銅貨五枚はまぁまぁの値段である。この異世界の金銭感覚としては安い定食が食べられる価格である。
しかし、空腹に焼きたてパンの……それもチーズも合わせた匂いは悪魔的ですらあった。
「毎度ありがとうございま〜す!」
アリアが用意した籠の中のパンは早々に底をついてしまった。
「フィーナぁ、パトリシアもパンじゃんじゃん持ってきて〜!」
幸いな事にパン自体は結構な量があり中身がチーズな事もあり直ぐに駄目になるものでもない。沢山作っておいた事が功を奏した格好だ。
「アリアさん。持ってきたけど……良いの?」
アリアに言われるがままパンの籠を持ってきたパトリシアが尋ねる。何故なら彼女の視線の先にはパンの籠を持ち去られた事に対するドワーフ二人組の恨みの視線があった。
「い〜のい〜の♪ 昨日フィーナを一日中連れ回してたんだから♪」
アリアは今のこの状況はドワーフ二人組が蒔いた種なんだから彼等にも責任を取ってもらいたいというスタンスである様だ。
「は、はぁ……」
アリアに言われるままにやって来たフィーナを待っていたのは
「二個くれ! エルフの嬢ちゃん!」
「こっちは三個だ!」
「よし、四個だ!」
アリアが売り子をしていたさっきとは明らかに男性客の食い付きが違う。
「あ、ありがとうございます」
一人一人にパンを手渡しながらお礼を口にするフィーナだったが、押し寄せる男性客達は一人でさばける数ではない。
そんな彼女がアリアとパトリシアの二人に助けを乞うべく視線を親友達に向けると
「あ、あたし紙袋用意してくるね! ちょっと待ってて♪」
複数のパンの手渡しに難儀していると思ったのか、アリアは店の二階に上がっていってしまった。
(ぱ、パトリシアさん……手伝って……!)
フィーナは残るパトリシアに助けを求めるが
「あ……フィーナさん。良かったらこれも使って? もうすぐパン無くなっちゃうし」
違う。そうじゃない。しかし、パトリシアはパンの籠をフィーナの側に置くとアリアを手伝いに二階に上がっていってしまった。
「すいませ〜ん。パン二個で。それと……も、萌え萌えキュンって言って貰えますか?」
ついには暴挙に走り出す男性客まで現れる始末に。苦笑する事で何とか持ちこたえていたフィーナだったが、流石に助けが欲しいと店の奥の二階に上がる階段を見やると
「フィーナちゃん? これも使って♪」
サリアが焼きたてパンのおかわりをにこやかに運んできた。
どうやら、今がかき入れ時と判断したらしくありったけの資材を投入するつもりの様だ。
実際、男性客はまだまだ居て、完全に捌けるのはいつになるか分からない。
むしろ、朝より増えてきているのではないかと錯覚してしまうまである。
「それじゃ、私はヨーグルトの瓶詰め買いに行ってくるから♪ 後、お願いね?」
サリアはそう言うと上機嫌で店の外へ出て行ってしまった。
(誰か……助けて下さい)
孤軍奮闘……一人店内に残されたフィーナの頭にそんな言葉が思い浮かぶのだった。




