歴史への抵抗
エルフィーネには明日から仕事に就いて貰う事にした。学校ではインビジビリティを使いながらアルフレッドの護衛をして貰う。
万が一、彼女の手に負えない危機的状況に陥ったら事前に渡しておく予定のハンドベルを鳴らしてもらう。
そうしたらフィーナが直接転移で現地に出向き事態の収拾に努めるつもりだ。この際、多少人に見られても構わない。
アルフレッドの身の安全を第一としてそれ以外は些事とする。本当は頭ピンクなエルフィーネにアルフレッドを任せるのは不安もあるのだがこの際仕方が無い。
一応の実力者であるエルフィーネで駄目なら他に方法は無い。とりあえず明日の朝は魔法学校に行ってクラウスに話を通しておく予定だ。
明日からの予定が出来たエルフィーネは護衛の仕事をするなら……と、道具をいくつか買いに出て行ってしまった。
とりあえずアルフレッドの学校に関しては一安心と見て良いと思う。不安要素を上げればキリがないがどこかで妥協もしておかなければ話が進まない。
次に解決すべきは飛行型の魔物達の襲撃に対応出来なかったという護衛の騎士団の件だ。
おそらく、グレース率いる部隊が王女警護の任に就くのだろうから彼女と直接話が出来れば良いのだが……。これも、明日以降に対応すべきか。
そもそも飛行型の魔物達というのがどういった魔物の事を指しているのかフィーナには分からない。
その辺はエルフィーネが詳しいだろうから彼女が帰ってきたら聞かせてもらうのが一番だろう。
ーカランカランー
宿の扉が開きアルフレッドとリーシャが入ってきた。いつの間にか学校が終わる時間になっていた様だ。
「フィーナさん、ただいま」
「ただいま帰りました」
こうして帰ってきて二人に声を掛けられるのも日常になってしまっていた。
「おかえりなさい、二人とも」
無事に返ってきた二人を笑顔で迎えるフィーナ。学校から帰ってきて以降なら自分が目を光らせておけば死霊術師の奇襲は防げるはず。
よくよく考えてみればフィーナ達の住まいの場所が死霊術師に知られているとは考えにくい。王都はこの世界でも有数の巨大都市だ。
そんな大都市でたった二人の人間を当てもなく探し出すのにどれだけ骨が折れるか……しかも、死霊術師はあの風貌である。
あんな目立つ男が近寄ってくれば嫌でも気付けるというものだ。後は何か……死霊術師が付近に現れた時に足止め出来る方法があれば良いのだろうが……
(結界とかバリア的な何かが欲しいですね……)
神力で一定範囲を防護する防壁を展開する事は出来る。しかしながらフィーナ達の住んでいるところは宿屋であり不特定多数の人間が行き来する場所である。
目に見えない防壁を展開するとして、防壁を素通り出来る者とそうでない者の選別方法という問題が出てくる。
残念ながら悪意ある者だけ都合良く弾ける様な便利な物では無いのだ。
特定の者だけを弾くより特定の者だけを通れる様にしておく方が最悪の事態は起こりにくいはずだ。
(物置周辺だけなら……多少絞っても大丈夫ですかね)
宿屋は多数の人間が行き来するが裏の物置なら来訪を許可出来る人間はある程度限定出来る。
(……えい!)
思い立ったら即実行とばかりにフィーナは物置周辺に目に見えない防壁を展開した。
許可するのはフィーナとアルフレッド、リーシャを始めとした宿屋の家族、ミレットとプロージット……。
それ以外の部外者が立ち入ろうとした時は何人たりとも侵入を防ぐ神の防壁が自動で展開される優れものである。これでひとまずは安心といったところだろう。
フィーナはアルフレッドとリーシャのお茶の用意をするために物置に戻る事にするのだった。
その日の夜、フィーナが夕食時に勤務に戻ったところでエルフィーネが返ってきた。
「たっだいまぁ〜! 我が親友フィーナちゃん、夕食の用意をしてくれたまえ!」
宿屋に帰ってくるなりこの態度である。フィーナが酒とおつまみの乾燥豆をエルフィーネのテーブルに提供に行くと
「うむ、ごくろう。余は満足であるぞ」
エルフィーネはテンプレ通りの王様の対応を見せてくれた。笑顔で木製のジョッキを手に取る彼女に対し少しイラッとしたフィーナは
ースパァァァン!ー
エルフィーネの頭を迷う事無くひっぱたいた。
「いったぁ〜!」
あまり強く叩いたつもりはなかったのだが、思ったより力が入ってしまっていたのかもしれない。
「すみません。蝿が止まっていたもので」
何食わぬ顔でしれっとフィーナは答えた。もちろん、蝿など影も形も無いのは言うまでも無く……。
「エルフィーネさんにちょっとお聞きしたいんですけど……よろしいですか?」
フィーナは頭を抑えてわざとらしく痛がっているエルフィーネに質問をしてみる事にした。
「なぁに? 年下の彼の口説き方とか夜の作法とかかしら?百戦錬磨のエルフィーネさんが迷えるフィーナちゃんに手取り足取り……」
ースパァァァン!ー
再びホール内に軽快な音が響き渡った。さっきより音が大きかった気がするが、力の入れ具合に変化があったのだろう。
「違いますよ! 真面目に聞いて下さい!」
フィーナは顔を真っ赤にしてプルプル震えている。
これ以上ふざけたら平手打ちじゃ済まなそうなのは流石のエルフィーネでも分かってきた様だ。
「わかったわかった。それで聞きたい事って?」
おつまみの乾燥豆を口に放り込みつつエルフィーネが尋ねる。
「飛行型の魔物ってどういう種類があるんですか?」
仕事中であまり時間を掛けたくないフィーナは単刀直入に聞いてみた。
エルフィーネの話によると地域によって差があるらしいが、魔物とされている生き物に限定するとハーピーやコカトリスが一般的ではないかと言う事だ。
魔族の勢力圏である西方ならグリフォンやワイバーンのみならず奥地などへ踏み込めばマンティコアやキマイラなどにも会えるだろうとの事。
そんな相手と仮に戦うとしたらどんな手段が考えられるのかも聞いてみたところ、飛び道具を使う位しか対抗策は無いらしい。
魔術師が居るのなら魔術師任せでも良いらしい……が、燃費も考えると物理的な飛び道具がもっとも現実的な選択らしい。
特に高い威力が見込める長弓がオススメと断言されてしまった。エルフィーネが最も得意とする武器だとも。
威力だけならクロスボウもあるがエルフィーネは好きになれないらしい。
彼女が言うには機構上どうしても連射出来ない為、自分は使わないのだそうだ。
「でも、どうしたの?いきなりそんな話して。もしかして冒険者やる気になった?」
ようやく仲間が出来ると目を輝かせながらフィーナに擦り寄るエルフィーネだったがフィーナから帰ってきたのは
「違います。ただ聞いただけですから勘違いしないで下さい。私、仕事中ですから」
実に素っ気ない態度だった。
「心の友よー!」
と言いながら口付けしようとしてくるエルフィーネを振り払うのには難儀したが
ードガッ!ー
彼女の頭に肘を振り下ろしたので事無きを得た。
「んぎゃあぁぁぁぁ!」
エルフィーネは絶叫しながらもんどり打って転げ回っていたが仕事中なので気にしない事にした。
「いらっしゃいませ〜! 五名様ですね、空いてるお席にどうぞ〜!」
お客さんが次から次へと入店してくる状況だ。あまり、一人にかまけていられる時間帯では無い。
ーガチャー
裏口の扉が開きアルフレッドとリーシャが入ってきた。いつも通りにお店の手伝いに来てくれたのだ。
アルフレッドは厨房にリーシャはホールで接客となる。二人揃ってやってきた様を見ていたエルフィーネが
「あらあらぁ〜! フィーナちゃん失恋? 寝盗られ? やっぱり同じエルフ同士、恋は実らないものなのねぇ〜♪」
エルフィーネはニヤニヤしながらフィーナに抱きつき、彼女の頭を抱えると自分の貧相な胸を押し付けてきた。
「さぁ、私の胸でしっかりと咽び泣きたまへ!」
分かった風な物言いでうんうん頷いているエルフィーネと抱き寄せられているフィーナは店内で見事に浮いてしまっていた。
ーガツン!ー
「んぎゃあぁぁぁぁ!」
フィーナの肘打ちが再びエルフィーネの頭蓋骨に炸裂した。
夜の帝都にエルフィーネの叫び声がこだました。




