英雄を小間使いに
シトリーが宿屋に再びやってきてから数日、フィーナは毎日の仕事をこなしながらシトリーの話の内容を思い返していた。
今から一ヶ月以内に南の森で行われる慰霊式典。
その式典に向かう王女一行が魔物に襲われ多大な犠牲が発生する事。
アルフレッドが拐われた挙句にフィーナ自身も死霊術師であるソーマに連れ去られてしまう事。
(…………)
連れ去られた後がどうなるかは聞いていないし考えたくも無い。
分かっているのはこのまま何もしなければシトリーの言う歴史をなぞるだけとなり最悪の結果を招いてしまうという事だ。
(うむぅ……)
フィーナは対処方法を思案しているが、今回は自分一人で対応出来る気がしない。せめて天界からのサポート位は欲しい。
そう思って天界のレアに連絡を試みてはいるのだが、未だに反応が無い。
あちらもあちらで他の異世界仕事が忙しいであろう事は想像が付くのだが……。
天界の考え方は信仰心至上主義と言っても差し支えは無い。結果的に信仰心が集まるのなら人の生き死にについては二の次なのだ。
仮に多数の人間が死んだとしてもほとんどが転生し世界の礎となる。
天界からすればそれらはほんの僅かな時間の些細な出来事でしかない。
しかし、元人間であるフィーナにとってはどうしてもそういった割り切りが出来ないでいた。
歴史が天界の望まない方向に進むのなら天界も積極的に介入するのだが、今回の王女一行への襲撃はどうなのだろう……?
多大な犠牲が出るとは言え、シトリーの話によるとその大半は護衛の騎士や兵士達だ。
フィーナの経験上こういった場合、天界の働きには期待出来無い。
また、フィーナの職務は転生者が起こすトラブルの解決と、必要であればその予防措置なので異世界の問題解決は本来の仕事から逸脱してしまう行為となる。
しかし、惨劇が起きると分かっていながら見過ごせる程、フィーナは天界の考え方に染まってはいない。
歴史の修正を試みる事で天界に不都合が出なければ多少動いたところでお咎めは無い……ハズだ。
(う〜ん……)
とりあえずアルフレッドが拐われなければフィーナ自身が無力化される事も無く第二波の飛行型の魔物達の襲撃も退けられるはず……。
となるとアルフレッドを死霊術師に拐わせなければ良いのだが、神出鬼没な死霊術師相手にどう動くべきか……?
フィーナとしてはアルフレッドの安全は最優先事項なので彼を四六時中護衛するのも吝かでは無いのだが……フィーナには日々の仕事もある。
ただでさえ最近休みがちなのにさらに一ヶ月も休むと言うのは……今後の王都での生活を考えるとあまり勧められた選択肢では無い。
(困りましたね……)
フィーナが何の気なしになんとなくホールを見回してみると朝食を食べ終え、テーブルに突っ撫して寝息を立てているエルフィーネが目に付いた。
彼女はゴブリン討伐の一件で新人冒険者達と共闘はしたものの、新人冒険者達はエルフィーネをパーティーに受け入れるのを辞退したのだ。
彼らの力量に大きな差がありすぎたのも理由の一つなのだが、新人冒険者達が以前に追放したスカウトの少年を再びパーティーに呼び戻して人数が増え過ぎてしまったのも理由であった。
スカウトの少年を一度は役立たずとして追放したが、スカウトの重要性をゴブリン討伐の最中エルフィーネが新人冒険者達に懇々と解らせたらしいのだが……それはまた別の物語である。
他のパーティーも人数は充分だったのでエルフィーネはいらない子扱いされてしまい、ここ数日ニワトリと躍る女神亭で飲んだくれていたのだ。
幸いゴブリン討伐の際の報酬と違約金が入ったため金銭的には余裕があるらしい。
そのお金を落として貰えるのだから立派な太客ではあるのだが……。
「エルフィーネさん、ちょっとよろしいですか?」
フィーナは幸せそうに寝息を立てているエルフィーネに声を掛けた。
こんな朝から寝られていても営業妨害でしか無い。
……が、少し声をかけた程度では起きそうに無い程熟睡している。
この木製のテーブルに椅子では起きた時は身体がバッキバキになっているだろうが、そんな事はお構い無しの様だ。
(え〜と……)
フィーナが女将さんの方を見るとGОサインを出している。その様子を見ていたアンもお玉とフライパンを手にフィーナ達の所へやってきた。
「すみません、少しうるさくなります。適宜耳を塞いでくださ〜い」
フィーナとアンの二人で周囲のお客に声を掛けていく。この店の迷惑客対策が始まろうとしていた。
お客さんへの注意喚起も終わり二人は位置に着いたところで再度フィーナがエルフィーネに声を掛ける。
「エルフィーネさん、起きて下さい。朝ですよー?」
肩を揺すって優しく声掛けを行うがやはり反応は無い。よだれまで垂らして幸せそうに寝ていられるのは微妙に腹立つものである。
フィーナはアンに目配せすると、大きく息を吸い込んだ。そして
ーカンカンカン!ー
「魔物だー! 魔物の襲撃だー! 起きろー! 殺されるぞー!」
アンがお玉とフライパンでけたたましく騒音を撒き散らしつつフィーナが耳元で異世界特有の狼が来たぞー!的な害獣警報をエルフィーネの耳元で叫んだ。
「ふぁっ! え? 敵?」
ーゴロゴロ! ドサッ!ー
これにはエルフィーネも飛び起きざるを得なかったらしい。椅子から転げ落ち寝ぼけたまま周囲を見回すが、自身が宿の食堂で寝ていた事を理解するのにかなりの時間を要した様だ。
「なーんだ、脅かさないでよ。魔物に犯されるかと思っちゃったじゃない」
エルフィーネは冗談交じりにフィーナに抗議するが、フィーナはそんな彼女の意見を一蹴した。
「朝からここで寝るの止めて下さい。寝たいなら部屋を取ってから好きなだけ寝て下さい」
そう言うと、フィーナは自分の仕事に戻った。もうすぐランチタイムなだけに事前の準備は整えておかなければならない。
「フィーナちゃ〜ん、コーヒーちょ〜だ〜い」
忙しい最中、暢気に追加注文を飛ばしてくるエルフィーネ。若干イライラしながらフィーナはコーヒーを淹れエルフィーネのテーブルに運ぶ。
ートン!ー
「そんなにお暇なら私のお手伝いして貰いたいくらいなんですけど?」
フィーナがテーブルにコーヒーを置くとエルフィーネはコーヒーカップに飛び付いた。熱さに悶えながらエルフィーネはコーヒーをすすりつつ
「手伝いって……? あなたみたいな格好すんのはイヤよ?」
フィーナに手伝いの内容を尋ねる。仲間も仕事も無く暇しているのは間違い無さそうだ。
そんなエルフィーネであっても、フィーナと同じ格好をして働くのは嫌らしい。
「アルの護衛を一ヶ月、特に学校に行っている時間を重点的に……お願い出来ますか? 報酬は銀貨十五枚です。」
フィーナは仕事の内容をエルフィーネに伝える。さっきからずっと考えていたが、これしかアルフレッドを守れそうな手段は思い付かなかった。
後はエルフィーネが請けてくれるかどうかになるのだが……
「あの坊やの護衛って何かあったの?」
エルフィーネが率直な疑問を口にする。確かに比較的治安の良い王都で護衛の仕事などよくよくの話である。
今回の経緯全てを話して信じて貰えるか分からない、フィーナはアルフレッドが例の死霊術師に狙われているらしい事のみを簡単に説明した。説明を聞き終えたエルフィーネは
「そういう事なら手伝ってあげてもいいけど……もうちょっと報酬上がらない?」
ちゃっかり賃上げ交渉をしてきた。銀貨十五枚はフィーナがオーウェン家で働いていた時の給金一ヶ月分相当である。
決して安い金額では無いはずだ。それに
「エルフィーネさん、数日前の粗相忘れたわけじゃありませんよね? 私が気付かなかったら一大事だったんですからね?」
フィーナは数日前のエルフィーネの失態を引き合いに出した。井戸に向かって嘔吐するという紛れもないバイオテロであった。
フィーナが対処しなければ当分井戸が使い物にならなかったであろう大惨事を未然に防いだファインプレーだ。
危うく前科者になりかけたエルフィーネはフィーナに逆らう事は出来なかった。
「分かったわよ……。やれば良いんでしょ。やれば」
契約成立である。フィーナはエルフィーネに仕事の指示を事細かに伝えるのだった。




