王宮の王女
グレースからの話は本題は済んだようだが、彼女の話は尽きる事は無かった。
特にフィーナの魔法についてはとにかく根掘り葉掘り聞かれてしまった。
ボロを出したくないフィーナは彼女の質問に対し曖昧に答えたり魔法の効果や範囲の尺度を抽象的にしたりと……。
その答え方は言質を取られまいと必死な政治家の対応のソレであった。
質問攻めが続いてはたまらないとフィーナはクロエに話を振ったりもするのだが肝心のクロエはフリーズしたまま目の前のアルヴィンをぼーっと見ているのみ。
当のアルヴィンは上官の隣に座している事に緊張しているのかガッチガチである。
チラチラとグレースの様子を気にしているのは日頃から体育会系的な指導を受けている事から来る怯えにも似た感情だろうか……?彼がそこまで繊細だった印象は無いのだが……
「クロエ、お前が城に来たのは私に会うためでは無いのだろう?」
グレースの話の矛先は妹のクロエに移った。
「あ、そうでしたわ! フィーナ様にお会いできてうれしくてつい……王女さまにお会いするんでしたわ!」
グレースの問い掛けにようやくフリーズ状態から復帰したクロエは本来の目的を思い出した様だ。
自分のせいでだいぶ時間を取らせてしまったが大丈夫だろうか……?
「アルヴィン、すまないがクロエを王女様の所まで連れて行ってやってくれ。王宮は妹にとっては危険な所だからな」
グレースが言う王宮が危険というのは権力の集まる場所ではよくある話だ。
名のある貴族令嬢であるクロエに取り入りその権力に肖ろうとする者が居たとしても何も不思議は無い。
ある意味怖い物知らずなアルヴィンならクロエの護衛は立派に務められるだろう。アルヴィンはクロエの手を取り覚束ない足取りで部屋の扉まで歩いていくと
「それではグローブ隊長! 失礼します!」
アルヴィンは頬を染めたままのクロエを連れ部屋を出て行った。アルヴィンの間違いを修正出来なかったグレースのカップを持つ手が震えている。
「まったく、あいつは……。馬鹿じゃなければ見所があるんだが……」
それについてはフィーナは愛想笑いで合わせる他無かった。フィーナがアルヴィンに関わったのはごく短い期間でしかない。
まぁ、確かに彼には少し頭が弱い所があったかもしれないが……。
「私もアルヴィン様のお屋敷で働き始めた頃、夜勤専属だったせいか悪魔と間違われまして……色々と大変でした。」
フィーナも昔を思い出しながらアルヴィンについての思い出を語る。
フィーナ自身、悪魔羽や尻尾を生やしたりして悪ノリしていたのを棚に上げてのこの発言である。
「そ、そうでしたね。手間の掛かる後輩ですよ、まったく……」
グレースは何かを思い出したのか少し気まずそうにしている。それがフィーナがグレースの前で悪魔羽と尻尾を生やして見せた事だとフィーナが気付く事は無かった。
その後、アルヴィンについての話題を含めてクロエの事や仕事の愚痴など二人は世間話に花を咲かせていた。
(……あ)
気がつけば結構な時間が過ぎてしまっていた。そろそろ昼食の時間に差し掛かってしまっている。
「それでは、私はそろそろお暇させて頂きます」
フィーナは退出の意向を伝え、自身が王都の南側にあるニワトリと躍る女神亭で住み込みで働いている事も告げるとグレースに礼を言い、彼女の執務室を後にするのだった。
(う〜ん……)
グレースの部屋を後にしたフィーナだったが見事に王城内で迷っていた。
クロエに案内されて付いて行くのに必死だったためか、城内の目印を覚えておく余裕も無かった。
知らない場所に足を踏み入れた時点で引き返せばよかったのだが、彼女は何を思ったのか片方の壁に手を付いて壁伝いに進むという暴挙に走ったのだ。
人間だった頃のうろ覚えの知識であるのだが、壁伝いに進んで出口に行けるのはその壁が出口に繋がっている場合であり、繋がっていなければただただ迷うばかりなのである。
当然、城内は迷路の様に入り組んでいてもアトラクションとしての迷路では無い。
(ここ……どこ?)
生半可な知識で行動するべきでは無かった……フィーナ自身方向音痴の自覚は無かったが、石造りの壁に囲まれた日光の入らない複雑な城内は初見では正に迷路だった。
階段も何度か上り降りしている為、自分がどこに居るのか完全に分からなくなってしまっていた。
(もう、こうなったら神力で……)
周囲に誰も居ない事を確認した上でフィーナは転移の意志を固める。このままでは誰かに会わなければこの迷宮からは出られそうに無い。
行き先をいつもの物置にしておけば誰かに見られる事も無いだろう。フィーナが行き先も設定し、いざ転移!と意気込んだその時
「あら? どなたですか?」
誰かに話しかけられたフィーナはビクッと肩を震わせる。
恐る恐る声の主の方に振り向くと……美しい金髪の少女がフィーナを不思議そうに見ていた。年齢は十二〜三歳位だろうか。
アルフレッドやリーシャ、クロエ達よりは歳上だがアルヴィンよりは幼い感じだ。
服装はラフそのもので白いブラウスに膝丈位の藍色のスカート、白のソックスと黒のワンストラップシューズという清楚な印象そのままの清潔感溢れる衣服の少女だった。
王城に居るという事は高貴な方なのだろうが……城内で久しく会えなかった他の誰かに出会えた嬉しさにフィーナは安堵感と軽い感動を覚えていた。
そんな様子のフィーナを不思議に思ったのか、少女は首を傾げている。
「あの〜……、エルフの方?」
少女のその声に我に返ったフィーナは少女に駆け寄ると
「すみません。私はフィーナと言います。今日はグレース・マックスウェル様のお誘いで王城に来たのですが……その帰りに迷ってしまいました」
結構早口で捲し立てる様に喋り終えた。自分が不審者で無い事をいち早く主張しようとしたからこその行動だったが、逆に不審者まる出しになってしまった。
フィーナの勢いに少し圧倒され引き気味だった少女だが、話の内容は理解してくれた様だ。
「つまり、フィーナ様は迷われてしまって助けを求めておられたという事ですね。それでしたら、私に付いていらして下さい。出口までご案内致しますわ」
そう言うと少女はフィーナを先導して歩き始めた。前を行く少女と逸れない様に必死に後を行くフィーナ。
それにしても今日はクロエに案内され少女に案内され……なんとも大人としての尊厳に疑問を感じざるを得ない一日だ。
子供の後を必死で追う大人というのは情けない限りである。両耳が垂れてしまっているフィーナがすっかり落ち込んでいると
「もうじき中庭に着きます。そこからなら出口まですぐですわ」
後ろを確認しながら歩く少女がフィーナに声を掛けてきた。空気を読んで励ましてくるあたり気遣いの出来るとても良い子である。
間もなく二人は中庭に着く事が出来た。少女はベンチの一つに腰をかけるとフィーナにも座る様手招きした。
「私が案内出来るのはここまでです。ここからなら出口まで行けますよね?」
確かにここからなら出口まですぐのはずだ。これで迷ったらいよいよ何らかの病気を疑われるレベルである。
フィーナが少女の横に座ると少女は朗らかな笑顔で
「フィーナ様はお城は初めてでいらっしゃるのですか?」
と、尋ねてきた。フィーナが恥ずかしそうにはいと答えると少女は
「……でしたらお会いするのも初めてになりますよね?でも、なんだか初めてという気がしません」
そう言ってまた笑った。確かにフィーナにも彼女とはどこかで会った事がある様な不思議な感じがしていた。
言葉に出来ないその違和感にフィーナが戸惑っていると
「それでは、私はお部屋に戻ります。そろそろ帰らなければじいやに怒られてしまいますから」
少女は立ち上がるとフィーナに軽くお辞儀をしその場をあとにしようとした。フィーナも慌てて立ち上がり
「あ、あの、お忙しいところありがとうございました。失礼ですけどお名前は……?」
帰ろうとする少女に声を掛けた。少女は振り返ると微笑みながら
「私はプリシアと申します。ごきげんよう、フィーナ様」
花びらが舞う中庭に立つその少女は正に深窓の令嬢といった感じだった。
気品のあるその立ち振る舞いにフィーナですら見とれてしまう程に尊さを感じさせた。
(…………)
色々な点で負けてるだろうな……と、一人敗北感に打ちのめされながら王城の出口に向かう女神であった。




