王都の日常
昼時の忙しい時間帯だがフィーナは街に出ていた。夜に向けて必要な食材が切れてしまったため、急遽買い出しの為である。
必要な食材を買い揃えたフィーナがリュックを背に街を歩いていると、帝都の南門の方から大勢の兵士の一団がやってくるのが見えた。
大名行列の様に道を空けて頭を下げる義務は無いが、海を割く偉人の昔話の様に人波が通りの左右に綺麗に別れていくのは王都の民度がある程度の水準を保っている証明でもあるだろう。
フィーナも同じ様に道の端に寄り、兵士達が通り過ぎるのを待っていると
ーパカッパカッパカッー
「お前達は先に城に戻れ。私は所用が出来た」
精悍な軍馬に乗った騎士がフィーナの目の前に止まり、騎士は部下達に先に王城へ戻る様指示を出す。
ースタッー
馬から降りた騎士はフィーナに近付いてきたかと思うといきなり話し掛けてきた。
「これはフィーナ殿、こんにちは。貴女も王都におられたのですね」
騎士が兜を脱ぐと薄い紺色の髪がフワッと背中に流れていく。フィーナ達が王都に来る前、温泉宿で出会った聖騎士のグレース・マックスウェルだ。
結構な数の人々が行き交う王都の目抜き通りで的確に自分が見つけられるとは思っていなかった。
「こ、こんにちは、グレース様。お仕事、終わられたんですか?」
グレース達は定期便の馬車の行方不明者の捜索に付随して南の森の調査を行っていたはずである。
フィーナ達が襲われた南の森一帯が危険な理由などは何か分かったのだろうか……?
「はい。まぁ、色々あったのですが無事に戻る事が出来ました。近々現場に慰霊碑も置かれる予定です」
人目の多い場所で全てを話す訳にはいかないのだろう。グレースは言葉を選びながら話を進める。
「フィーナ殿、勝手な申し出なのですが少しお時間頂けないでしょうか?」
さすがに天下の往来では話しづらい事もあるのだろう。しかし、今のフィーナはお使い中の身であり、宿に戻れば忙しい昼食時の接客が待っている。
その後はアルフレッドやリーシャが学校から帰ってくるため彼らのお世話や剣の稽古…とてもじゃないが自分の判断で今すぐ返答出来る話ではない。
「すみません、今日はお仕事でちょっと難しいです」
フィーナが申し訳なさそうに断ると、グレースも申し訳なさそうに
「……そうですか。ではお暇な時に王城までご足労頂いてもよろしいでしょうか?」
グレースは少し考えながら言葉を続ける。
「門の衛兵には話を通しておきますので。お時間はご都合のよろしい時間で結構です。それでは失礼致します」
最大限配慮したであろう内容をフィーナに告げ、グレースは軍馬に乗り王城へと去っていった。
貴族の青騎士に話しかけられていたという事で、周囲の人々から好奇の視線に晒されていた事にフィーナは改めて気付く。
(あ……)
フィーナは逃げる様にその場を立ち去る。後ろから人々が自分の事をヒソヒソと話しているのを耳にしながら……
昼食時の宿屋に来るお客さんはほとんどが常連客である。王都に着いたばかりの旅行者や冒険者などは大体が表の通りの目立つ店に向かう。
俗に言うランチタイムのメニューも格安ワンプレート料理がメインなので、そこまで手が回らなくなるほど大変な時間帯でもない。
そんな訳で初めてのお客さんというのは本人が思っている以上に非常に判りやすい。
初めてのお客さんに丁寧に接するのもフィーナの仕事の内である。しかし……
「ちょっとー! このお店の料理何? 思ってたのと違うんだけどー!」
こんな感じでクレームがとんでくるのも日常だ。写真付きのメニュー表はおろかメニュー表そのものも無い店である。
これはニワトリと躍る女神亭に限っだ話では無く、紙や印刷技術が一般にまでまだ普及していない世界なのだから仕方が無い。
せいぜい店の外に黒板を出しておくのが精々である。そもそもが識字率百パーセントの世界ではない���だ。
料理の説明などは口頭に頼らざるを得なくなるしそれが普通の世界でもある。従って実物が想像と違うと言われても、しらんがな……としか言い様が無い。
異世界だからお客様は神様という解釈を間違え易い言葉が一人歩きしているという事は無い。
のだが……金を払っているから偉いという認識の人間が少なからず居るのが異世界の現状だ。
そんな問題ある客を受け流すのもフィーナの仕事の一環である。
ようやくランチタイムも終わり、一息ついたところで女将さんに明日の午前中にお店を抜けさせてもらって大丈夫か確認してみる。すると
「なんだい? 男かい? いいよいいよ、どうせなら一日行っておいで」
と笑いながら許可してくれた。多分に誤解を含んではいるが……。
「そういうのじゃありません! 知り合いの女性の方に話があるからって……」
女将さんからあらぬ誤解を受けている現状を全力で否定するフィーナだが……
「わかってるよ、あんたはあの子一筋だもんねぇ。いやぁ〜若い若い」
こうして女将さんにまでからかわれる始末である。
「ちちち違います! どうしてそうなるんですか!」
顔を真っ赤にして否定するフィーナ。いい加減ムキになるからからかわれる事を彼女も学習すべきである。
アルフレッドとリーシャが帰ってきたところで休憩となるのがフィーナの毎日のスケジュールである。
アルフレッドは大抵はお茶を飲みながら読書で過ごし剣の稽古に移る。リーシャも剣の稽古は一緒に行うのだがお茶は遠慮しているのか、あまり参加する事は無い。
フィーナとしては二人の仲が深まっていってほしいのだが……八年後の別の世界線でも二人もゆくゆくは恋仲になっていたのだから今の世界でもそうなるはずなのだ。
公衆浴場に行く時も相変わらずアルフレッドとリーシャに左右から手を繋がれて行くのが日課となってしまっている。
二人共そこが定位置と言わんばかりに迷いが全く無い。
(いつまでこうなんでしょうか……?)
フィーナとしてはアルフレッドとリーシャの二人で仲良く手を繋いで行って欲しいのだが……。
二人が出会ってまだ一ヶ月だから仲が深まらないのだろうか……?お互い十歳位なのだから好きな人が出来て良い頃である。
公衆浴場で石造りの浴槽に浸かっている時にリーシャにアルフレッドの事を聞いてみたりもするのだが……どうも、クラスメイト以上の感情がある様には見られない。
宿に戻ってからアルフレッドにリーシャの事を聞いても答えは似た様なものであった。近くに住んでいるただのクラスメイト……。
(……うーん)
やはりまだ早いのだろうか。二人が親密な仲になるまでやはり気長に見ていくしか無いのだろう。
夜の店の手伝いにおいても、アルフレッドは裏方、リーシャは接客と見事に接点が無い。
一日を終え、フィーナはベッドで横になりながら隣のベッドのアルフレッドに尋ねてみた。
「アル? アルは好きな人とか居ないんですか?」
アルフレッドはフィーナに背を向けたままベッドに横になっている。少しの沈黙の後
「……フィーナさんが好きです」
アルフレッドからの返事はフィーナの期待に応えるものでは無かった。
彼が自分を好きなのは以前聞いた。長年保護者代わりなのだからそう思われていても不思議は無い。
「違います。そういう好きじゃなく男の子として……」
フィーナが途中まで言いかけたところで
「ぼ、僕はフィーナさんが好きなんです。前からずっと……、おやすみなさい」
アルフレッドは話は終わりとばかりに寝に入ってしまった様だ。フィーナは少し様子をみていたが、どうやらアルフレッドは本当に寝てしまったらしい。
(そういう事じゃないんだけどなぁ……)
やはりまだ早かったのかもしれない。これから思春期を迎えていけば彼もリーシャも変わっていくのだろう。
「おやすみなさい、アル。また明日……」
フィーナは少し急ぎすぎていた事を反省しつつ眼を閉じるのだった。




