千客万来
リーシャのイジメの問題が起きてから数日が経過した。彼女は今日も元気にアルフレッドと共に学校に通っている。
剣術の稽古を始めた事で自信が出てきたのか、学校内でオドオドする様な事は無くなったらしい。
リーシャの様子が変わった事で興味が無くなったのか飽きたのか、カトリーヌ様とその取り巻き達に絡まれる事も無く平和な日々を過ごせる様になったそうだ。これはアルフレッドからの情報ではあるが。
フィーナも気がかりが無くなり安心して仕事に精を出す事が出来る様になっていた。
宿は相変わらずの満員御礼であり、忙しさはまるで緩和されそうな見込みはない。
唯一の救いと言えば酒場のメニューの種類が少ない事で注文の手間が軽減されている事である。
やれ牛肉だやれ豚肉だやれサラダだのと某国の回転寿司屋の如く大量に種類を増やす事無く、この宿屋が鶏の揚げ物一本で営業が成り立っているというのは驚きでもあった。
前に一度女将さんに話を聞いた事があった。神様から鶏の揚げ物のレシピの天啓を受けた時の話を。
ある時女将さんが夢の中で見たのだそうだ。鶏の揚げ物を手に陽気に躍る女神様の姿を……。なにやら神々しい光をピカピカさせて鼻歌交じりにレシピを教えてくれたらしい。
該当の女神は間違いなくこの異世界の女神レアである。確かにレシピを教えてあげてほしいとお願いしていたが方法くらいは吟味してほしかった。
光をピカピカとしてたと言う事は、少しでも神様らしく演出しようと頑張った結果なのだろう。この宿の名前が変わったのも女神様にちなんで代えたのだそうだ。
(はぁ……)
心の中でフィーナは溜め息をついた。自分の事ではないのだが同僚の奇行はやはり恥ずかしい。
最初の頃はおっとりした美人な女神だと思っていたのだが彼女は感情のままに動く事が多い気がする。
フィーナにメイド服を強制しているのもレアのプロテクトの影響が効いているせいであるし、もう貴族家から離れたのだからメイド服である必要は無いはずなのだが今だにプロテクトは解除されていない。
投げっ放しにされたフィーナからすれば良い迷惑である。
(ははは……はぁ)
心の中で乾いた笑いと溜め息がフィーナの中に同時に来た。
ーカランカランー
「いらっしゃいませ〜。」
入り口が開く音に反応しフィーナが声を掛ける。
「フィーナ先輩! お邪魔します! セット六人前でお酒付きでお願いしまーす……ニャ」
入ってきたのは数週間前に北の方に仕事で出ていったミレット達白銀の群狼の一行だった。
「ふぅ〜、腹減ったなぁ」
「そうっすねアニキ!」
「セット大盛りで頼むぜ」
「あ、酒も人数分頼むな〜!」
白銀の群狼のオオカミさん達は朝っぱらから酒をご所望の様である。
こうして帰ってきたという事は仕事は首尾よく終わらせてきたと言う事なのだろう。
「お邪魔します……」
彼等の後ろには少しオドオドした感じのプロージットの姿も見える。冒険者としてはまだまだ新米だが、そんな彼女が無事に戻ってきたのは一安心といったところか。
今はまだ昼前の時間であり現代世界で言うところのモーニングの時間帯である。
食堂のあちこちではまだ朝食を摂っている常連のお客さんも多い。お酒を出して騒がれるのも困る。
「お客様……、お酒はお出ししますが他のお客様のご迷惑にならない様、お願い致します」
やや他人行儀にミレット達に釘を刺すフィーナ。そんなお店側からの要望に不満を顕にしたのが白銀の群狼の男衆だった。
「んだとぉ! この店は客に注文つけんのかよ!」
とリーダーのファングが語気を強める。
「そーだそーだ!」
「お店のくせに生意気だぞ!」
「店員の教育どーなってんだよ!」
リーダーに続く三下達。そういえば彼らの名前はまだ聞いていなかった。仕事終わりでテンションが上がっているのか、彼らは大人しく言う事を聞いてくれそうにない。
困ったフィーナが女将さんの方を見ると、彼女はフィーナに任せると言わんばかりに手を払う仕草を見せた。
これは言う事を聞かなければ退店やむなしの意思表示である。
「お酒はお出しします。騒いだら出禁になりますがよろしいですか、オオカミさん達? ギルドにも連絡しますよ?」
なにかトラブルを起こしたら冒険者ギルドに報告するという警告をする事にした。
相手がどこの誰なのか分かっている場合はこれが一番効く。
「ぐぬぬ、お前等騒ぐんじゃねーぞ」
「はぁ〜い」
「仕方ねぇーかぁ」
「せっかくの打ち上げがぁ〜」
これには逆らえず男衆は不承不承フィーナからの警告を大人しくする事を受け入れた。
「先輩? 今日は先輩のトコに泊めさせてもらえませんかぁ? オオカミさん達と一緒だと身の危険を感じてまして……ニャ」
ミレットからは予想外の要望が来た。フィーナ達の住んでいる物置は女将さんの厚意で住まわせて貰っているだけあって正式に借りている訳では無い。
だから、宿泊に関する物事の決定権は女将さんになる訳だが……
「フィーナちゃんのトコに泊まるなら銀貨三枚だね」
女将さんは即答だった。銀貨三枚あれば普通の宿屋で二泊食事付きでいける。素泊まりで一泊銀貨三枚は暴利である。
「あの部屋綺麗に使ってもらってるしその位はね。どうしてもって言うなら、夜からお店の手伝いしてくれ。それならタダでいいよ」
女将さんからの条件はお店が忙しい時間帯の手伝いと引き換えというものだった。
ミレットさんが手伝ってくれるなら今日の夜は助かりそうだな〜と、フィーナが暢気に考えていると
「それじゃフィーナちゃん、お前さんの服貸してやっとくれ」
女将さんから自然な流れでフィーナに不自然に話が振られてきた。
「はい。分かりまし……え!」
思わず聞き流しそうになったが言葉の意味を反芻しようやく理解できた。
「フィーナちゃんの服装人気あるんだよ。娘達に着せるのはアレなんだけどフィーナちゃんの知り合いなら大丈夫だよね?」
女将さんはあっけらかんと話している。フィーナのメイド服は同じ物を何着かで着回ししているのを洗濯物の状況で知っているのだろう。
知り合いに着てもらうのに特に抵抗がある訳では無いのだが……
「わかりました。後で先輩のお部屋行きますね。プロージットさんはどうします?……ニャ」
もはや働く気満々のミレットだが、気がかりなのは一人で白銀の群狼のオオカミ達の中に取り残される形となるであろうプロージットの事の様だ。
「私は個室お借りするので大丈夫です」
と、彼女にはさも当然の様に答えられてしまった。
「それでは後で準備しておきますので、ミレットさんは勤務前に私の部屋にいらして下さい。」
フィーナはミレットにそう告げると料理の配膳の為に白銀の群狼のテーブルを後にするのだった。
その日の夕暮れ、いつも通りにアルフレッドとリーシャへの剣術稽古と公衆浴場での入浴を終え、夜の部の仕事の前にフィーナはミレットを連れ自室に戻っていた。
仕切り板で区切られたスペースの中でフィーナは悩んでいた。
(……どうしましょうか?)
彼女が悩んでいるのはミレットに着せるメイド服に関してである。
最初は自分と同じ物を着てもらえばいいか……と、適当に考えていたのだが、どうせなら自分より人の目を引く色やデザインにしてしまうのもアリではないかと考える様になってしまったのだ。
毎日の様に好奇の視線に晒されているフィーナにとっては一日とは言え、そんな羞恥から逃れられるのならこれ以上ありかたい話は無い。
ミレットには申し訳ないが今夜だけは被害担当艦となってもらおう……と、やっている事は先輩の都合を後輩に押し付けるだけというエゴでしかなかった。
フィーナが神力で生成したのはピンク色のフリルの付いたメイド服だった。これを猫耳少女が着るのだから目立たない方がおかしいだろう。
フィーナが出来上がったメイド服をミレットに見せると
「あー、それを着せられるんですね……ニャ」
彼女はお返しとばかりに諦めの表情を見せてくれたのだった。いつもはピンとしている彼女の猫耳が項垂れているのが分かる。




