宿屋の少女
自分の不始末を片付けたフィーナはリーシャにお礼を言いながら一階へと戻った。
後から考えたらきちんと収納空間にしまっておけば良かったのだが、目の前で少女が拐かされたら慌てるのも仕方無い。
リーシャにさっきの事をそれとなく聞いてみたが、どうしてあの部屋に居たのか分からないのだという。
どうやら、自分と出会った後の記憶の一部が無くなってしまった様だ。
見ず知らずの大人にあんな事をされればショックを受けても無理は無い。
なにかしらのトラウマにならなけれぼ良いが……
「はい、お待たせしました!」
リーシャが元気に料理をお盆に用意してくれた。
フィーナはリーシャにお礼を言い、改めて三階を目指す。
今度こそ三階まできちんと運ばなければ……と、狭い階段を慎重に登っていく。
自室に着いたフィーナを待っていたのは、目の前の料理に全く手を付けずひたすら自らの欲望と葛藤していたミレットと、ただただ待っていてくれたアルフレッドの二人だった。
彼はフィーナの表情の変化に気付いたのか
「フィーナさん……? なんか疲れてるみたい、大丈夫ですか?」
と、心配そうに聞いてきた。
フィーナには階下でリザレクションを使った影響がまだ顔に残っていたらしい。彼に話す訳にもいかないので大丈夫ですと笑って誤魔化すしかない。
「それじゃ、ご飯にしましょう! それにしても、鶏肉の揚げ物良い匂いですね〜!……ニャ」
いつだったか天界の女神レアに、この宿屋にフライドチキンの作り方を教えておいて欲しいとお願いした事があった。
事の始まりはアルフレッドが前世の記憶を利用してこの店にフライドチキンの作り方を教えていたというものなのだが、以前フィーナがこの店を訪れた時に食べたチキンの味に感激した事があった。
歴史修正により無かった事になるのが惜しかったので、レアにそれとなく教えておいて欲しいと伝えておいたのだ。
心なしか前回食べた時よりさらに美味しさが上がっている様な気もする。
付け合せにポテトも増えているあたり、新商品を試行錯誤している痕跡が伺える。
(…………)
これでビスケットとコールスローサラダもあったら本格的にあのチェーン店だなぁ……と、フィーナが暢気に考えていると
「先輩! 今日はどうするんですか? 私は冒険者ギルドに登録しておくのもアリだと思うんですよね……ニャ」
ポテトをつまみながら彼女なりの今後の方針を提案してきた。
確かに冒険者として認定を受ければある程度の身元保証にはなるが、正直なところ冒険者一本で食いつないでいくのはフィーナ自身あまり乗り気はしない。
アルフレッドの世話が間違い無く疎かになるし、日雇いの仕事ばかりでも無いだろう。
単独でこなせる仕事が毎回入っているとも限らない。
(……でも、行くだけ行ってみても有りかもしれませんね)
ミレットの誘いを無下にするのも心が引ける。それに、保険として登録しておくのは良いかもしれない。
登録だけなら歴史に影響云々の話にもなる事は無いだろう。それに、さっきリーシャを襲った男の件も気になる。
リーシャも蘇生したし彼女の記憶も無い以上、証拠らしい証拠は残って無いのだが相手の情報を集めておくに損は無い。
「それじゃ、私はアルを連れて学校を探してみます。その後で冒険者ギルドに登録に伺います」
今後の生活の在り方も大事だがアルフレッドの身の振り方も大事である。
オーウェン家でのメイド仕事で貯め込んだ給金の銀貨約千枚が無くなる前には生活を安定させなければならない。
最悪、フィーナが神力で通貨を密造するという選択肢はあるのだが、道徳的に褒められた行為では無いしこの世界のインフレにも貢献してしまう事になる。
(早く仕事を何とかしないと……)
食事を終えたフィーナ達が一階へと降りてくる頃には昼食時の混雑は和らいでいた。
食器の返却にカウンターに行くと女将さんが迎えてくれた。
「あら、お出かけかい? それお盆ごと部屋の前に置いておいてくれて良かったのに、わざわざありがとうねぇ」
ニコニコと愛想よくお盆を受け取る女将さん。
「はい、新しく出来たという学校にこの子を通わせようと思ってまして。それに仕事と住む所も探さなければなりませんし…お料理ごちそうさまでした」
フィーナは深く頭を下げてお礼を言う。つられてお辞儀とごちそうざまをするアルフレッド。
「とーっても美味しかったでーす……ニャ」
続いて元気にお礼をするミレット。挨拶をおえたフィーナ達が店を出ようとすると
「あ! お前さん達! ちょっと良いかい?」
突然女将さんに呼び止められてしまった。代金がたりなかったかな……とフィーナが首を傾げながら近付くと
「この子も学校に連れて行ってやってくれないかい? 学校に通わせたいんだけど中々手続きに連れていけなくってね」
と、女将さんの傍らに立つリーシャを紹介されてしまった。
「え?わ、私で良いんですか……? まだそんな……」
リーシャとはまだまだ初対面に近い。そんな状態で世話を任せるのはあまりに無用心ではないのだろうか……?
現世の日本という土地の昭和中期から後期という限定的な時代の片田舎であればギリギリあるかもしれないが……仮にもここは都会であり様々な人々が行き交う場所である。
これから一晩泊まろうと言う客をホイホイ信じるのはどうなのだろう?と、フィーナが内心困惑していると
「こんな風に人を信じちゃおかしいかい? あんた、何か夢に出てきた女神様に似てるんだよ」
女将さんが話しているのは間違いなく女神レアである。やはり同じ女神だけあってどこかしら似ているのかもしれない。
「それにそっちの子も随分懐いてる様だしね。あんたなら大丈夫! じゃ頼んだよ?」
強引に任されてしまった。リーシャはペコリと頭を下げたかと思ったらフィーナのところまでやってきてすぐに手を取ってきた。
「そ、それじゃ……あの、お預かり……します」
流されるままリーシャを預かる事になったフィーナは皆を連れて宿屋を後にした。
宿を出る時にフィーナの空いた手をアルフレッドが握ってきたのは言うまでも無い。
宿を出たフィーナ達はとりあえず王都の目抜き通りまで出てみる事にした。
やはり人通りは激しく小さい子なんかは目を離したらすぐに逸れてしまうだろう。
「二人共、絶対に手を離しちゃいけませんよ?」
アルフレッドとリーシャの二人を見回しながらフィーナは二人に言い聞かせ、その言葉に素直に頷く二人。
「それじゃ私は冒険者ギルド探しておきます! 日が暮れる頃には宿屋に戻りますから!……ニャ」
ミレットはそう言い残すと一人で行ってしまった。確かに手分けした方が効率は良いし、冒険者ギルドに小さい子を連れて行く訳にもいかない。
「リーシャさんは新しく出来た学校の場所、分かる?」
学校の場所が分からないフィーナはリーシャに尋ねる。いくら女神とは言え千里眼など使える訳も無い。思ったより女神も万能では無いのだ。
「えーと、あっちです」
リーシャが示したのは目抜き通りの先、王城の方だった。その方角なら八年後に行った事がある フィーナなら迷う事は無い。
「ありがとう。それじゃ行きましょうか」
フィーナは二人を連れ人通りの多い目抜き通りを進んで行った。
通りを進むフィーナ達の前に背の高い柵で囲われたエリアが現れた。以前来た時は無かったはず……。
以前はこの辺りも建物が続いていたのだが、背の高い柵が作られており奥へは行けない様になっていた。
柵の向こうには広葉樹の林と新しめの学校らしい赤い屋根の建物が見える。
柵の向こうに行くには通りに面した正面にある門を通らなければならない様だ。
門の両側には長い槍を携えた衛兵が立っている。
(行ってみるしかないですよね……)
フィーナは前回の経験を踏まえて門に近付いてみる事にするのだった。




