女神の奇跡
「リーシャさんって言うんですね。お店が忙しくて大変ですね」
階段を降りながらフィーナはピンク髪の少女に話し掛ける。
お互い自己紹介は部屋を出たところですでに終えていた。フィーナにとってリーシャは初対面では無く、彼女とはすでに八年後に会っている。
おそらくこの世界線のリーシャとは違うのだろうが、基本的には同じ人間のはずである。
彼女の話によると、数年前に母親が新しい料理を編み出して以来お店が大繁盛する様になったらしい。
そのおかげでお店はいつもてんてこ舞い。家族を助けられればとリーシャも頑張ってお手伝いしているそうだ。
「おい! 飯はまだかよ!」
階段を降りて二階に着いたところで廊下の奥から一人の男性が声を掛けてきた。
声を掛けるというよりは不躾な怒鳴り声と言った感じだが
「はーい! お待ちくださーい!」
リーシャは慣れた様子で返事をした。問題の男は冒険者風の中年男性でブツブツと言いながら部屋へと戻っていく。
人を身なりで判断すべきでは無いのだろうが……世界が世界なら不審者扱いされておかしくない雰囲気を醸し出していた。
しかも、一瞬だが彼は不気味に笑っていた様な……。
(考え過ぎ……でしょうか?)
一抹の不安を感じつつフィーナはリーシャの後を追った。一階に着くとすでに大量の料理が用意されている。
とりあえず沢山作って必要分を振り分けていく……そんなやり方の様だ。
厨房では店の主人らしい男性が料理を作り続けている。ホールでは女将さんと栗色の髪の女の子が注文取りに配膳に行ったり来たりしている。
リーシャは二人に声を掛けようとしていたが一向に合間は出来ず……
「お待たせしました!」
フィーナの分の料理と二階の中年男性のモノと思われる料理をお盆に用意した。
フィーナとしては後は自室に戻るだけなのだがどうにも引っ掛かる。
リーシャはお盆を持ち中年男性の部屋へいくつもりの様だ。どうしたものかとフィーナが考えている間にリーシャは階段を上に登って行ってしまった。
フィーナも慌ててお盆を手にリーシャの後を追う。
(……大丈夫でしょうか?)
フィーナが二階に着いた時にはリーシャが男の部屋の前で料理のお盆を渡しているところだった。
「それではごゆっくりどうぞ!」
リーシャがお辞儀をし帰ろうとフィーナの方を向いたその時
ーグイッ!ー
部屋から男の手が伸びてきたかと思うと、リーシャの首を掴み強引に部屋の中に連れ込んだのだ。
「ああぁぁぁっ!」
あまりにあっという間の出来事にリーシャには抵抗する間も無かった。
「大変! リーシャさん!」
何も出来なかったのはフィーナも同じでお盆を放り投げて慌てて男の部屋に駆け寄るだけで精一杯だった。
ーガチャガチャー
「ここを開けなさい! リーシャさん!」
とっさにドアノブに手を掛け開けようとするが押しても引いてもドアはビクともしない。
自身の力を思い出したフィーナが神力で解錠を行い部屋に押し入った時には
「リーシャさん!」
赤く染まったベッドに横たわる小さな身体……そして乱雑に開かれた部屋の窓。
窓に駆け寄ると男がこちらを振り返りながら逃げていくのが見えた。
(くっ……!)
今から追いかけても間に合わない。人通りの多さにセイクリッドアローを使おうとした手を留めるフィーナ。
そんな事より、血塗れで横たわっているリーシャの事が優先だ。
ーパアアァァァー
急いでヒールを使い治療を試みるが……リーシャは息をしていない。彼女は既に事切れてしまっていた。
喉元に鋭い刺し傷が残っており首のあちこちに防御創らしきものも残っている。
(そんな……! どうして?)
フィーナにはまるで現状が、理解できなかった。本来の歴史では彼女は普通に八年後を生きていた。
前回の歴史と違うのは自分がこの世界に介入してから五年以上経過している事だ。
しかし、自分の行いがどう影響してこんな事になってしまったのかさっぱり見当が付かない。
しかし、今は原因を探っている場合では無い。彼女が居ない事はアルフレッドの今後にも影響は出るはずだし、何よりこんな理不尽は女神として見過ごせない。
(間に合って……!)
ーパアアァァァ!ー
フィーナは両手に神力を集めると輝くその両手をリーシャに押し当てた。
リーシャの身体が光に包まれ首の傷が治っていく。身体の傷は治ったがリーシャはまだ光に包まれており、手を当てているフィーナもそのままだ。
(彼女の魂は……?)
フィーナは意識を辺り一帯に広げリーシャの魂を探す。
もし、既に天界へ行ってしまっていたら手遅れになってしまうかもしれない。
リーシャの魂が自身を形作っている内に連れ戻さなければ……!
(……見つけた!)
フィーナの意識は天に向かおうとしているリーシャの魂を見つけ彼女の手を取ると、やや強引に彼女の身体の元に連れ帰ろうとする。
無意識に天に行こうとするリーシャを身体の元に連れて行くのは一苦労だが、フィーナはさらに神力を加えてリーシャの行動を抑える。
(リーシャさん! あなたはまだ天界に行くには早すぎます! 今はまだその時じゃありません!)
フィーナは神力を使いながらリーシャの魂に必死に呼び掛け続ける。
彼女の声が届いたのかリーシャの魂は天界に向かうのを止めた様だ。
ゆっくりとフィーナに手を引かれ今、正にフィーナが女神の奇跡を使っている最中の宿屋の一室に戻ってきた。
リーシャの魂はフィーナに促されるまま自身の身体へと帰っていく。
(これで後もう少し……!)
フィーナは続いて離れてしまった魂の定着作業に入った。
リーシャを包んでいる光が一際輝きを増して徐々に光が弱まっていく。
「はぁ……はぁ……ま、間に合った。よかった……」
完全に光が収まった後、全てを終えたフィーナはぐったりしてしまっていた。
「あともう少し……」
最後の力を振り絞り、汚れた部屋を綺麗にしたところで彼女は気を失ってしまった。
「あの……フィーナさん? 大丈夫ですか?」
自分を呼ぶ誰かの声が聞こえる……。頭の中で自分の状況を再確認したフィーナが目を開けると
「フィーナさん? ここでどうしたんですか? お部屋違いますよね?」
キョトンとした顔のリーシャがこちらを覗き込んでいた。
「え……あ、そうですね」
フラフラする頭を抑えながらフィーナは改めて経緯を思い出す。
(リザレクションは……成功したみたいですね)
たった今フィーナか使ったのは蘇生魔法であるリザレクションだ。
この世界では神の奇跡とされ、使える者はもはや誰も居ない失われた魔法である。
天界からも人間が使うには問題があり過ぎるとされた魔法でもある。
女神の神力でもこの有り様だから人間では手に余るのは確かだろう。
現にフィーナの神力は大分消費されてしまった。最近まで四分の三はあったのが今では半分強まで落ち込んでしまっている。
これからは今まで以上に節約しなければならないだろう。
天界の女神レアと連絡が繋がれば神力の融通をお願いする事も出来るのたろうが……。
現在のこの世界への出張はフィーナの独断であって天界からの指示では無い以上、当然天界からの支援を当てに出来る立場では無い。
「あの〜、フィーナさん?」
一人考え込んでいるフィーナにリーシャが話し掛けてくる。リーシャにはさっきの記憶は無い様だ。
覚えていないならその方が良いし無理に思い出させる必要も無いだろう。
(…………)
気がかりがあるとすれば逃げた男の事だろう。
逃げたという事は自分のした事は理解しているだろうからこの付近には当分近寄らないだろう。
それにあの手合いは次の転生では懲罰転生か魔界行きで決定だ。
間に合えば自分からも上に報告するから奴には逃げ場などどこにも無い。
「すみません、リーシャさん。行きましょう」
フィーナはリーシャを連れていわく付きの部屋を後にした。
廊下に出たフィーナが自身が放り投げた料理の事を思い出し慌てて掃除する事になるのは別の話である。




