悪魔
「ところで私からもお伺いしてよろしいですか?」
アルヴィン達がやってきた事で話の腰が折れてしまったが、フィーナには少し気になる事があった。
「何でしょう? 私にお答え出来る事であれば」
グレースのフィーナに対する態度は変わらない。尊敬する対象を見る者の眼差しだ。
「聖女様ってどういった存在なんですか?」
フィーナはこの世界における聖女というものが何なのかまるで知らなかった。
過去に冒険者のエルフィーネからそういう話を聞いたような気もするが……。
具体的な特長などは何一つ聞いてなかった気がする。まさか自分が間違われるとは思ってなかったし、グレースは物事に詳しい様だから今後の為にも聞いておいて損は無いだろう。
また、それとは別にフィーナには一つの思惑があった。
(どうかうまくいきます様に……!)
フィーナはグレースに質問しつつ、さっきの思い付きを実行する事にした。
「聖女様は過去様々な奇跡を起こしたと言われておりまして……え!」
フィーナの質問に答えるグレースだったが、言葉の途中で絶句しフィーナの背後の一点を凝視していた。
フィーナのお尻から伸びる黒く細長いモノ……先端にはまるでハートマークの様に膨らんだ様になっている。それはまるで悪魔の尻尾そのものだった。
その尻尾がフィーナの後ろでユラユラと左右に揺れている様にグレースは目が離せなくなってしまっていた。
「せ、聖女様は人々が困難に直面した時に……えー、どこからともなく現れ……死霊術師を成敗してきたのも聖女様だと伝えられております」
グレースは平静を装うが明らかに動揺していた。その様子を内心ドキドキしながら彼女の様子を伺うフィーナの目にもグレースのフィーナに対する疑念は明らかだった。
(私は聖女じゃないんです。崇めないで下さい……!)
わざと悪魔のフリをする事……聖女の疑いを掛けられたフィーナにとって苦肉の策だった。
この世界の人間達の悪魔に対する考え方が分からなかったから、最悪聖騎士であるグレースに斬り掛かられる事も考えていた。
「そこになおれ! 討ち取ってくれる!」
などと言われたらどうしよう……と不安になっていたところだったが、最悪の事態になる雰囲気は無い様だ。
どちらかと言うと、悪魔の尻尾に気付いたグレースが気付かないフリをしてくれている様にすら感じる。
「聖女様って、どんなお姿をされてるんですか?」
「えー、記録では金色の髪をした二十代位の女性という事らしいです」
引き続き、フィーナからの質問に答えるグレースだったが彼女にとっては、どうしてもフィーナの悪魔の尻尾が気になるらしい。
チラチラと視線が悪魔の尻尾に向けられているのがよく分かる。
(……もう大丈夫でしょうか?)
グレースの様子は明らかに困惑の色が隠せなくなってきていた。
フィーナに対する表情も崇拝や尊敬などの色は消えてしまっている。
「あ、それではお話はここまでにしましょう。お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」
グレースはフィーナ達にお礼を言うと聞き取りの終了を宣言した。
彼女自身、目の前の状況をいち早く整理したかったのだろう。
やっと終わったという態度で外へ出ていくシルバーベアと彼に続いてテントを出て行くるミレットの二人組。
彼らに遅れない様にとグレースに礼をしたフィーナもアルフレッドを連れテントの出口に向かう。
悪魔の尻尾はそのままにしている為、フィーナのお尻から伸びているのが後ろに居るグレースにもよく見えているはず……。
しっかりと彼女に目に焼きき付けて貰おうとフィーナがわざと左右に揺らしていると
「ひゃっ!」
突然尻尾から何とも言えないこそばゆい感覚がフィーナの全身に走った。
見ると、隣のアルフレッドが不思議そうな顔で悪魔の尻尾を掴んでいるのが分かった。
「アル? こ、これは何でも無いんです。良い子ですから手を離しましょうね?」
単に興味本位で握ったであろうアルフレッドの行動だったが後ろで見ていたグレースにとっては疑念が確信へと変わった様だった。
また触られては大変とフィーナは目的を果たした尻尾を消す事にした。
アルフレッドを連れ宿へと入っていく二人。そんな二人の後ろ姿を見つめながら
「……アルヴィン、お前は正しかったのかもしれん」
近付いてきたアルヴィンにグレースは話し掛ける。
話の分かってないアルヴィンをよそにグレースは目の前で起きた事実の消化に務めるのみであった。
「く、うぐ……どうして……どうして僕がこんな……」
薄暗い石造りの地下遺跡、まさに迷宮と言った場所に黒ローブの男は居た。
いつも通りの素材集めのハズだった。運良くお気に入りに加えようとしていたエルフも見つかった。
罠も用意して後は生け捕りにするだけだったのに……
「くそっ! ぼ、僕の……防御結界が……破られる……なんて……はぁ……はぁ……」
息も絶え絶えに施設の奥へと進んでいく。
回復魔法を掛け続けている男だったが傷の程度が激しい為出血量に対して魔法による補充分がまるで足りていなかった。
このままでは傷が再生する前に意識が無くなり回復魔法も途絶えてしまう。そうなれば待っているのは死だけだ。
施設の奥へとやってきた男を出迎える様に全裸の女性が近付いてきた。
長い金髪の美人、しかしその女性の表情に生気は無く、まるで生ける屍だ。
歩くのもやっとだった黒ローブの男は金髪の女性に向かって倒れ込む様に体を預け金髪の女性も彼を優しく抱き留めた。
しかし、その動きは明らかに無機質なものだった。
男は荒い息を吐きながら女声の顔を見つめる。
「シェリーシャ……君……は僕を……見捨てな……いよね? 助けて……くれるよね?」
シェリーシャと呼ばれた女性の豊満な胸に抱かれながら男は彼女に語りかける。
次の瞬間、男は強引にシェリーシャの唇と自らの唇を密着させた。
男はシェリーシャから何かを吸い取るが如く濃厚な口付けを続ける。
次第にシェリーシャの身体は力が抜けていく様に……ガクガクと立っているのも辛そうに震え始め
「ごめんよ、シェリーシャ。僕のために……」
息の整った男はシェリーシャだったモノを突き飛ばすと右手を彼女に向け火炎弾を放った。
ーゴオオオオー
シェリーシャだったモノはあっと言う間に燃え上がった。
苦悶の表情を浮かべながら焼き尽くされていく光景を見ながら男は呟く。
「お気に入りの人形だったのになぁ……。酷い事するよなぁ」
いつの間にか傷が完治していた男は一頻り笑った後で天井を見つめ
「面白くないから魔族領に行こうか……。人間も虚しいし」
何かを決めたかの様に男は施設の中を燃やし始めた。まるで自分が居た痕跡を全て消し去る様に……
「それにしてもあのエルフ! まるで聖女じゃないか! ムカつくなぁ!」
男の感情に合わせる様に歩の強さが増した。燃え盛る炎を見つめながら男の中に黒い感情が沸き立ってくる。
「くそっ! エルフってのはどうしてどいつもこいつも!」
男は何かを思い出したのか悪態をつく。本当ならあのエルフを捕まえていて好き放題にしていたハズだったのに……。
あの甘ちゃんにいきなり全力で攻撃されるなどとは夢にも思っていなかった。
つまらない芝居にも騙される様なお人好しの甘ちゃんだと……彼女を侮っていたのだ。
しかし、今回の彼女はぜんかいとまるで違っていた。初めから明確に命を取りに来ていた。
今の状態では何をしても返り討ちに遭うだけだ。彼女に分からせてやるには策を練らなければならない。
それと並行して新たな保険も確保しておく必要がある。
「まぁいいさ。僕にとってチャンスは無限なんだから」
施設内の目ぼしい物を全て処分した男は魔法陣を発動させると何処かへと消えていったのだった。




