お茶会
「そうですのよ〜。うちのアルスちゃまは経済学が特にお気に入りでねぇ。やっぱり家庭教師が良かったから……」
「まぁ、その方でしたら知ってますわよ。最年少で宮廷魔術師になられたとか……」
ご婦人方が歓談される中、ジェシカ奥の単なる見栄のための人数合わせとして待機させられているというのは中々に苦痛である。
紅茶のおかわりもそんなに出番があるわけでも無く、お菓子の補充に関しては、長男のアルスが一心不乱にパクついているためそちらはそちらでかなり忙しい。
メイド達がキッチンと客間を往復する様が続いている。クロエは母親と同じ様に時たま紅茶を口にする程度で基本的には大人しく座っている。
クロエはちょくちょくフィーナの事を見ている様で、視線に気付いたフィーナは微笑んで軽く会釈する程度に対応を留めている。
玄関でのお出迎えの時の粗相をまだ引きずっているのか、迂闊な動きは死に繋がるものと慎重に慎重を重ねているのが見て取れるほどにフィーナの動きがぎごちない。
(……それにしても、あの子……どこかで……?)
クロエとは何処かで会った事がある様な気がするがどうにも思い出せない。貴族の御息女に心当たりは無いし思い当たるフシも無い。
あんな綺麗な髪をした女の子かそうそう居るものでもないはずなのだが……。
御婦人同士の会話は薄く広く続いている。やれどこどこの貴金属は良いとか、あの家の息子はバカボンだなどなど……会話の流れとしては、ジェシカ奥が話題を振りマックスウェル婦人が相槌や返答したり意見を言ったりと……。
傍目にはジェシカ奥の自慢話と噂話にマックスウェル婦人が合わせている……そんな印象だ。
アルスとクロエの二人もそれぞれ思い思いに過ごしているだけにしか見えない。
御婦人のお茶会に子供が参加している理由……下世話な話だが政略結婚の為の布石。
アルスとクロエの顔合わせ……と、見えなくもない。こんな考えに至ってしまう自分も相当に毒されたとは思うが、クロエならもっと相応しい相手が居る様に思う。
少なくともお菓子を手掴みで貪る様な品の無いぽっちゃりパッツン男子が相応しいとは思えない。
不幸中の幸いと言うか、アルス自身クロエに興味が無さそうなのが救いかと言えばそう言えるのかもしれない。
(う〜ん……)
しかし、その代わりにむしろ自分がアルスの興味の対象となっている様な気がする。
当のフィーナとしてはクロエに危害が及ばないであろう事には一安心だが、自身の身の安全に一抹の不安を感じ、なんとも複雑な気分である。
どうもアルスには対人スキルに致命的な欠陥がある様に見受けられるが、家庭教師だったクラウスは一般常識は教えておかなかったのだろうか……?
彼が跡取りでこの領地は大丈夫なのだろうかと不安にもなるというものだ。
三男であるアルフレッドの今後の人生はどうなっていくのだろう……?
やはり貴族の子息としては領民の役に立てる様な人生を模索していくものなのだろうか。
確か自分が以前立ち寄った未来においてはアルフレッドは王都の魔法学園に通っていたはずだ。
自身が歴史に介入した事で何かしらの影響が無ければ同じ歴史を歩んでいくはずである。
(……?)
なんだかクロエがもじもじし始めた。隣で談笑中の母親に何か言いたそうにしている。
事情を察したフィーナはクロエに声を掛けてみる事にした。
「クロエ様、お手洗いでしたら御案内致します」
紅茶のおかわりを用意しながら小声で話しかける。恥ずかしそうに頷くクロエをフィーナが客間から離れたお手洗いまで案内する。
「何かありましたらお声掛けなさって下さいね?」
ーパタンー
お手洗いの扉を閉め、フィーナはクロエの用事が終了するまで廊下で待機に入る。
この世界は魔法が発達した中世ヨーロッパ的な世界観ではあるが、お手洗い事情まで中世ヨーロッパな世界じゃなくて良かったと心の底から思う。
流石に電気式のポンプ等は無いため人力に頼らざるを得ない部分はあるが立派な水洗だ。
ちなみにお風呂という文化も古来の公衆浴場から始まった文化を途絶える事無く継承しているため、貴族の屋敷には大浴場があったりする。
順番は後になるが使用人たちも区別される事無く使用できる。
もしお風呂やお手洗いが汚い文化のままだったら過去に介入して歴史を改変してでも導入させていただろうとフィーナは思う。
ーガチャー
フィーナがどうでも良い事を考えている間にクロエの用事は終わった様だ。
二人で客間に戻ろうとしたその時
「フィーナさん、そちらの女の子は……?」
たまたま通り掛かったであろうアルフレッドが声を掛けてきた。
「こちらはマックスウェル家の御息女、クロエ・マックスウェル様です」
フィーナはアルフレッドにクロエを紹介する。年齢が近い二人の方がアルスよりお似合いに見える。
「クロエ様、こちらはアルス様の弟様のアルフレッド・オーウェン様です」
と、フィーナはクロエにアルフレッドを紹介する。やはり年齢的にはアルスとクロエよりこっちの方が……などと、またつまらない事を考えてしまう。
「クロエ・マックスウェルでございます。こんにちは、アルフレッド様」
クロエは玄関でフィーナを魅せた挨拶をアルフレッドに対しても流れる様な動作で行った。
やっぱり絵になるものだとフィーナが微笑ましく見ていると、対するアルフレッドは深々と頭を下げ
「あ、アルフレッド・オーウェンです! 初めまして、クロエ様!」
と、慣れない様子で慌てて挨拶し返すのがやっとの有り様だった。
そういえばアルフレッドに貴族の作法等は教えていなかったのをフィーナはいまさらながら思い出す。
「プッ……」
アルフレッドの慌てた様子が可笑しかったのかクロエは吹き出してしまった。
「ごめんなさい。フィーナ様とアルフレッド様のしぐさがそっくりだったもので……」
肩を震わせながらクロエは申し訳なさそうにフォローを入れる。
相当にツボだったのかごめんなさいと言いながらも笑いを堪えるのに一生懸命だ。
そんなクロエの言葉に、フィーナは玄関での自身の粗相を思い出し耳まで真っ赤になってしまった。
一方のアルフレッドも頬を赤らめてしまっていた。それがクロエに笑われた恥ずかしさから来るものだったのかどうかは分からなかった。
「それではクロエ様、お部屋に戻りましょう。アルフレッド様、後でお部屋にお伺いします。課題、終わらせておく様にお願い致します」
そう言うと、フィーナはアルフレッドに一礼し、クロエを先導して歩き始めた。
「あの……フィーナ様? アルフレッド様におっしゃってたかだいって……?」
客間へと歩きながらクロエが話しかけてきた。
「簡単な文字の読み書きや計算、この王国の歴史や生物の特徴などをお教えしているのでその復習です」
フィーナはアルフレッドが六歳になった頃から少しずつ教育する様にしてきた。
この世界には小学校や寺子屋の様な小さい子達に勉強を教える様な教育機関がまだ無いらしい。
そこで、フィーナ自身、分からないなりにも最低限の教育はしておこうと、自分が人間の時に受けた教育内容を参考にアルフレッドに教えてきたのだ。
国語・算数・理科・社会に相当する授業内容に始まり体育は剣の稽古で賄った。
教育のバランス的には問題は無いはずだ。唯一、魔法に関してはフィーナには教えられないのでその代わりと言っては何だが、神への祈り方などは丁寧に教えている。
神を身近に感じられる程まで信仰心が高まれば神聖魔法として力が使える様になる……ハズである。
「フィーナ様? 私も……私にもおべんきょうをおしえてくださいませんか?」
クロエからの突然の申し出である。これといって断る理由も無いが、他所のお宅のお子様を自分の判断で勝手に連れ回す訳にはいかない。
世界と時代によっては事案とみなされ法で裁かれてもおかしくは無い。
「申し訳ありません。私には判断しかねますので、クロエ様のお母様に良いかどうかお聞きになって頂けますか?」
完全に丸投げであるがフィーナにはどうしようも無い。一方のクロエは母親にうんと言わせる気満々だ。
客間に着き自身の席へと戻ったクロエの様子を眺めるしかフィーナには出来る事が無かった。




