決意
アルフレッドの部屋に戻ってきたフィーナはベッドに潜り込んだアルフレッドの隣で椅子に腰掛けている。
アルフレッドはいつの間にか静かな寝息を立てていた。回復したとは言えまだまだ病み上がり、疲労も残っていたのだろう。
眠るアルフレッドの額に触れてみるが、もう高熱の症状は出ていない。平熱そのものだった。
(そういえば……)
フィーナふと、ある疑問に思い至った。アルフレッドの高熱が引いた理由がまるで分からないままなのだ。
一昼夜以上神技を使い続けた結果としてなのか、それとも何か他に要因があったのか……今の彼女にはまるで見当が付かなかった。
(レアさん。フィーナです、聞こえますか?)
困った時は同僚に相談。例え人間界とは違う天界であろうと報・連・相は大事なのだ。
(はいは〜い! フィーナちゃんの大親友でこの世界の信仰の対象でもある偉大なる女神のレアさんで〜す!)
相変わらずテンションが高い女神である。エルフィーネとはまた違う意味で、疲れているフィーナのメンタルにボディブローの様に効いてくる言動だ。
(……レアさん、どうでしょう? 歴史は良い方向に変わりましたか?)
アルフレッドの記憶が戻らなければ世界が魔物に蹂躙される様な事も無くなるはずである。
それでも転生者であるアルフレッド関係無く世界が滅んでいくのなら、それはもうこの異世界の管理者であるレアの仕事となる。
(うーん、まだはっきりしてないけど……とりあえずその子の高熱も記憶を取り戻したりも、もう無いみたい)
レアのその返答にホッとした様な寂しさの様な複雑な感情に包まれるフィーナ。
アルフレッドが世界の命運と関わりが無くなったのなら、これで自身の仕事は終わった様なモノだ。
(後は私が見るからフィーナちゃんはこっちに戻すわね)
ーパアァァァー
レアの言葉と共にフィーナの身体が光に包まれていく。この世界に出張に降りて色々あった事が思い出される。
王都で会った有能な衛兵達や気さくな兵士。変化した歴史に不満を持った貴族達やキノコ頭。
過ごしやすかった宿屋と異世界らしからぬフライドチキンの味。
この時代に移ってから出会った人達、オーウェン家の屋敷ではアルフレッドや次男のアルヴィンだけでなくアニタやミレット達、他にも近くの街で知り合ったエルフィーネやクラウス達。
ついでにジェシカ奥や一度も会っていない当主のアルバート・オーウェンや長男のアルスなど。
最後の三人には特に思い入れは無いが、そんな家族の中にアルフレッドを残していくのは……
(…………)
しかし、自分にはここに残る理由は無い。もう仕事は終わったのだ。
本来居ないはずの自分が異世界の歴史に理由無く残る事は単なる我儘に過ぎない。
それは神力を私欲で行使する行為と何ら変わらないただの違反事由の一つになってしまうだけである。
「フィーナさん……」
眠っているアルフレッドが光に包まれているフィーナの手を握ってきた。
夢でも見ているのだろうか起きてはいないようだが、安心し切った顔で眠っている。
全幅の信頼を寄せられている様な寝顔を見たフィーナは
(待って下さい! まだ……まだ帰れません!)
フィーナが脳内でレアに叫ぶと同時に光が収まる。
(まだ、帰れません! 今のこの環境にこの子を残していったら元の木阿弥です!)
フィーナの言葉にレアからの反応は無い。なにやら少し考えている様だ。
(……でも、それは貴女の独断になるわ。上からの仕事じゃなくなるから私も付きっきりでは見ていられなくなるし、神力も経費では落ちづらくなる。それでもいいの?)
レアからの指摘はつまるところ今後の出張は全て自己責任という事である。
これまでの様な天界からの適切なサポートは無く、仕事の成果も出来高払いという訳だ。
(……決意は固いみたいね、仕方の無い娘なんだから。あなたの上司に出張延長の申請はしておいてあげるから、気を付けて帰ってくるのよ?)
レアからはいつものおちゃらけた振る舞いは消え去っている。
流石に真面目な話の時までふざける様な空気の読めない痛い人では無い。
(すみません……。レアさんにお聞きしたい事とお願いがあるんですけど……いいですか?)
フィーナは先日のアルフレッドの高熱について、レアの見解を聞くつもりの様だ。
(なぁに、何でも聞いてごらんなさい?)
と、フルオープンなレアにフィーナは疑問をぶつけてみる事にするのだった。
(この子の高熱の原因は何だったんでしょう?)
この世界の魔法はおろか神技でも全く症状が改善しなかった高熱の原因は何だったのか……?
レアもしばらく考え込んでいた様だが、答えが纏まったのかようやく話し始めた。
あくまで推測だという前置きをした上で……。
(多分だけど……彼の魂そのものに干渉して何かしていたんだと思う)
フィーナが先日遭遇した死霊術士は人の魂を弄び輪廻の輪を乱す忌むべき存在なのだそうだ。
レアの見解では何かしらの目的を持ってアルフレッドを高熱に罹患させたのだろうとの事。
死霊術師はこれまでも歴史の中で何人か出てきたそうだが、これまではレアが直接間接問わず対処してきたのだそうだ。
(死霊術士は私も見つけ次第対応するけど、フィーナちゃんも出会ったらすぐに天界送りにしちゃってね。さーちあんどですとろいよ?)
レアがここまで言うのであれば遠慮は要らないのだろう。さて、もう一つのフィーナの頼みだが……?
(私が王都で泊まった宿屋さんにフライドチキンの作り方を教えてあげて下さい)
アルフレッドが前世の記憶を取り戻した際に活用した前世の知識の産物の恩恵を受けていた宿屋があった。
当然、アルフレッドの記憶が戻らなければその歴史は無かった事となる。
正直、あの料理が無かった事になるのは残念過ぎた。アルフレッドが記憶を取り戻さなくなった今、あの店での出来事はフィーナの記憶の中だけのものとなる未来が確定してしまっていた。
(わかった。後で降りて天啓として伝えとくわね。それじゃ、くれぐれも無理はしない様にね)
その言葉を最後にレアからの連絡は途絶えてしまった。以降の仕事は全て自分が責任を負う事となる。
神力の補充も期待は出来ないため、現在の手持ちの残り四分の三程度の総量でやり繰りしなければならない。
今後は、天界に帰るまで慎重に使っていかなければならない。
(…………)
まぁ、一時的に天界に帰還して自身の貯蓄を取ってくるという方法はあるのだが………
天界に帰ってすぐに戻ったとして、こちらの異世界に不都合が発生しない可能性は無い。
また、天界に戻ってすぐにこちらの世界に戻れるかは不明であり、天界で優先すべき仕事が振られれば当然そちらを遂行しなければならない。
天界に帰っている間にアルフレッドに取り返しのつかない何かがあっては、自分のしてきたこの一年余りの仕事が全て徒労になってしまう事にもなりかねない。
(…………)
とにかく、優先すべきは自分が居なくなってもアルフレッドが幸せに生きていける様な土壌作りである。
しかしながら、本来の彼の保護者であるジェシカ奥があれではアルフレッドがきちんと成長出来る気がしない。
となれば、彼がある程度成長して独り立ちするまでは自分が見守っていかなければならないだろう。
自分の手を握っているアルフレッドの絶対の信頼を寄せているその表情を見ると、ここで投げ出すわけにはいかない。
半端な仕事なんかしたらフィーナ自身一生後悔するのではないかと思う。
転生者全てに幸せな人生を与えられるとは思っていないが、せめて自分の目に映る人くらいは……と、決意を新たにするフィーナだった。




